第十六話
「あれっ。まだ携帯つながらない」
怪訝な表情で制服姿の女子学生が唸った。彼女が手に持った携帯電話には、まばゆいばかりのビーズがたっぷりデコレーションしてある。
「メールは駄目なん? 確かめてみーよ」
相手のディスプレイを覗き込みながら、もう一人の女子学生が言う。
「メールも駄目だった。ユカリはどうなん」
「あたしのレッドつながるよ。やっぱシルバーやけん駄目やないと~」
ユカリは言うなり、ディスプレイの電波マークをひけらかす。
色黒で大柄なユカリが胸を張ると、異様な迫力がある。付属品だらけで容積を増した携帯も、彼女が持つと普通のサイズに見えるから不思議だ。
「くっそ~、頭来た。解約してやろっかな」
「でもマリエ、2年契約結んどるやろ。多分違約金掛かるよ」
「それなら2年以上使っとうけん大丈夫」
「いいや、2年ごとにある更新月やないと解除料かかるよ。知らんかったと?」
得意げに話したユカリは、意外と携帯通だった。常に3大キャリアのカタログをチェックして、友人たちの良き相談役となっているのだ。
「マリエそんな話ぜんぜん聞いてない。バーリチャクくない、それって。店員に文句言ってやろ」
契約時は機種だけ決めて、説明は上の空だったことなど、忘却の彼方だ。
「あたしの彼氏もシルバーだけど、ぜんぜんつながらない。上りも下りも駄目なのか……」
事態の深刻さに気が付いたユカリがうなだれる。
「ちょうどいいや。キツネに直接文句言おっと」
二人は高校の情報処理演習の授業を受け終えたばかりで、目前のデスクトップパソコンでSNSにアクセスするところだった。むろん教室ではご法度だがお構いなしだ。
SNSをする著名人は多いが、その中でもシルバーモバイルの佐田松は飛びぬけて熱心なことで知られている。普段は男性歌手グループの追っかけよろしく、特定の相手のつぶやきしか見ないマリエたちだったが、珍しくアクセスする別人に興味津々だった。
SNSは、佐田松及びシルバーモバイルに対する批判のメッセージで埋め尽くされていた。ページが不特定多数の悪意で目まぐるしく更新されていく。
「ひょっとして、戸園だけなんかな」
高速で更新されていくメッセージを注視していたユカリが言った。
「これっておもしろそうやん。あたしも言ったろ」
言葉の波に便乗して、にわかの愉快犯となったマリエがキーボードを叩く。アイシャドウの下の瞳が、陰湿な加虐心で燃え上がる。
《アタシ、親指族の族長なのに、携帯つながらなくて皆に示しがつきません。ドーしてくれるんですか、コレ》
批判の文面に、マリエの語呂の乏しさがもろだしになってしまう。だが、直後のレスポンスに二人は目をむいた
《すみません族長。すぐに復旧させるので、しばしお待ち下さい》
「ええ~っ! マジで」
「まさか本物の社長? 嘘やろ」
勢い良く立ち上がったマリエの短いスカートが跳ね上がり、パンツが丸見えになる。そのメッセージは、たった今佐田松から送られてきたものに違いなかったからだ――。
――所変わって、シルバーモバイル本社の社長室。佐田松の指がキーボードの“I”を離れると、非難一辺倒だったSNS上のメッセージが賛否に二分されていく。それを見ても徒労感しか感じない。
『ユーザーと直接対話する身近な社長』というポジションを得るため、印象作りに勤しむ佐田松だったが、焼け石に水をかけるような単調作業には嫌気が差していた。
最初に電波障害の報告を受けたときは高を括っていた。多くのユーザー同様に、いつもの基地局の不具合だと考えたのだ。しかしそれが長期化するにともない、見通しが甘かったことを痛感しつつある。
保守担当責任者は、戸園近辺の基地局には不具合は発生していないと言い張っている。同時に地元の電波を監視していた総合通信局から、何者かによる意図的な妨害である可能性が高いという報告が入っていた。
SNS上で好き勝手に毒を撒き散らすネット民が、犯人と同類の愉快犯めいて見えて腹立たしい。原因が何者かによる工作だという点は、ごく一部の関係者を除いては知らない状況のはずだが……。
《おい、化け狐。冗談も休み休み言えよ。こちとら携帯つながらずに仕事にならないんだ。親指族なんか放っとけ》
《みんな、こんな糞キャリMNPで脱出しようぜ。カイザーかレッドだったらまず安心だ。レッツエスケープエブリワン!》
中傷コメントが佐田松の胃酸を煮沸させる。我慢しながらつぶさにチェックしていたが、それも限界に達した頃、そのメッセージが表示された。
《突然だが、お宅の基地局に爆発物を仕掛けた。妨害電波発生装置をひとつでも撤去してみろ、ドカンだよ》
佐田松の形相が一変した。同時にSNS上も疑問の言葉で溢れかえる。
《悪戯自重しろ。いくらなんでも笑えねーよ》
《でも現場には警官みたいなのがぞろぞろ。これって本物やないと?》
報道協定終結下での情報漏れはあり得ないはずなので、単なる当てずっぽうとは考えにくい。しかしひょっとすると、佐田松に対して反抗心を持つ身内かもしれない。そう思いかけたとき、同一人物から2つ目のメッセージが届いた。
《嘘だと思うのなら、妨害電波の発信源の数を当ててやろうか。18だよ。すでに撤去した2つは数に含めないで数えた場合だがな》
コメントを確認するなり、佐田松は犬のストラップを掴んで携帯電話を手繰り寄せた。当然現地への確認のためだ。
「本物なら動けない。まずいことになったな……」
リアルにつぶやいた佐田松は、眉間の皺を人差し指で強くなぞった。




