第十五話
「あっ、FAX来てる」
啓子の台詞を聞いた鮫島が、届いたFAX用紙を急ぎ確認する。
「昨日の電波障害、本物でしたね」
鮫島が、FAXの用紙を啓子の前に置く。
「21時から翌1時間は通話可能という点がいかにも怪しいですね」
「ええ。電波障害が人為的にもたらされている可能性は高いでしょう。レッド狙いの強い悪意を感じるわ」
鮫島の洞察に対して啓子も同意を示す。
21時から翌1時までは、シルバーモバイル最大の武器〈レッドプラン〉で通話無料にならない時間帯である。ちょうどこの時間帯だけさけて通話不能になるということは、悪意を持ってキャリアを狙い撃ちしている証拠と言える。
「これは大きなチャンスですよ。最大限活かすべきです。私たちが良心の呵責を感じる必要はどこにもない」
鮫島が眼光鋭く力説する。彼の性格なら当然そう考えるだろう。しかし、啓子は人の弱みに付け込んで契約数を伸ばすことに抵抗を覚えていた。
「そうですよ。ほらほら、家族連れゲットしたよ。ゲーム機一番乗りぃ!」
的野が昨日獲得した家族連れの申し込み用紙をヒラヒラさせている。
「込書を雑に扱わないで! 開店の準備、まだ終わってないでしょ」
啓子は的野を売場へ追い払うと、真剣な面持ちで鮫島と向き合う。
「需要があるのであれば、しかるべき準備はします。ただし、レッドからの乗り換え希望者に対して、電波障害は一時的なものである可能性が高いと伝えてほしい……」
「……久野さんの話、今回は同意しかねます。あなたのことは認めていますが、人が良すぎるのが欠点ですね」
眼鏡のブリッジに指を添えつつ、鮫島が持論を述べる。
「そこまでしてライバル社を擁護する必要はない。そもそも、シルバーモバイルは今までインフラ整備に消極的だった。そのツケを、どこかで払わないと、根本的な意識改革はできないでしょう。今回の件はいい薬です」
弱々しく吐息した啓子の表情は冴えない。いつもは勝気そうな眉毛から鋭角なラインが消えている。
「あなたを不愉快にするつもりは毛頭ないが、よく考えてください」
語気を抑えた鮫島は、話を切り上げると売場へ戻っていった。啓子は頬杖を突き、誰も居ない壁側に遠い眼差しを向けている。
鮫島が入社して間もない頃、啓子と鮫島はよく意見を戦わせていた。『自分ならこうする』という、明確な行動指針を持つ鮫島とは、反りが合わなかったのだ。
共に働く期間が長くなるにつれ、鮫島は啓子に従うようになった。働きぶりを見定め、啓子の能力と責任感を認めていったのだ。啓子の方も、彼の性格を得がたい個性だと認識して、次第に認め合うようになったのだ。
今回のケースは鮫島が言うとおり、躊躇なく新規契約を獲得すべきなのだろう。このまま気持ちを固めずに、ぐらぐらした心境で接客に入るわけにはいかない。
啓子が店内の様子を窺うと、自動扉の前に10人近い人だかりができているのが見えた。
「店長。これって、皆シルバー絡み?」
的野が狼狽しつつ、啓子に意見を求める。
「可能性はあるでしょう。中には下見だけって人もいるかもしれないけど……」
目を見張った啓子が瞬きを止めてその光景を見やる。
「在庫は夕方の3時頃に入ってくる予定です。予約も積極的にとっていきましょう」
鮫島が朝礼代わりの号令をかけると、周囲の二人がそろって動き出す。
時計の針が10時をさす1分前、ガラス越しのプレッシャーに負けた的野が扉を開錠する。開業時の盛況を超える、怒涛の一日が始まろうとしていた。




