第十二話
郊外のコーヒーショップのチェーン店内に喫煙者用のスペースがある。そこに座した二人の客は、荷物を開いた席に置いてスペースを占拠していた。それでも店側が注意しなかったのは、客が少なかったからであろう。
「プレミアムホットのラージを2つお願いします」
横幅の広い体をちょこんと小さな椅子の中央に乗せた客が、小柄なウェイトレスに注文する。席上の彼がわずかに体をよじると、椅子の足に負荷がかかり悲鳴のように軋んだ。
「すみません。話が長くなりそうなんで、勝手に頼んじゃいました」
来客者の一人は、レッドモバイル店舗担当営業の大久保だった。台詞とは裏腹に、悪びれた様子は見受けられない。隣席に置いた、ジャンボビジネスバックから資料の束を取り出して、対面の御国に手渡す。
「御国さんは同世代だから話し易いですよ。ご高齢のおじさま方は一筋縄ではいかない」
今日の会話には、他人に聞かれたくない話題も混じるだろう。喫煙席を占拠したのは大久保の確信犯だった。
「現在キャリア間のシャア争いでは大苦戦を強いられています。この苦境でも、ライズレイさんには奮闘いただいており、感謝しております」
両手を膝について窮屈に腰を折る大久保に対して「やめてください」と御国が恐縮する。
「目と鼻の先にライバル店ができても、粘り強く売り上げを堅持しておられる御社を、弊社でもモデルケースにしようと考えています」
「久野を始めとするスタッフの尽力の賜物です。褒めるなら、彼女たちを褒めてやって下さい」
御国は、運ばれてきたコーヒーの片方を大久保に差し出す。
「いや、ライズレイさんは賢明ですよ。社内資格の手当てを満額スタッフに還元しているのですから。全額代理店で頂戴しているケースなんてザラにありますからね」
「スタッフの努力で獲得したものなのだから、スタッフに還元するべきです」
御国を引き立てる大久保に対して、常識的な見解で受け応える。
「御国社長から、何か話しておきたいことはないですか。今のうちにまとめて聞いておきますよ」
御国はコーヒーで湿った舌で前歯の裏を舐めながら不満を吐き出す。
「割賦販売が始まって以来、説明事項が増えて受付時間は倍増した。それなのに収益が下がるのはおかしいと、うちのスタッフが口を揃えて言っている。その点は改善されないんだろうか」
大久保が頷きながら切り返す。
「新料金プランの提供が、ユーザーのみならず代理店様の救済にもつながるとお考え下さい。私どもが得る料金を大幅に削る分、契約が取りやすくなる訳ですから」
模範解答を寄越した大久保に対し、御国は何も言えなかった。
コーヒーのラージを飲み終えた大久保がおかわりを注文している。外見どおり水分を大量に必要とする体のようだ。
「では、そろそろ本題に入りましょうか」
周囲を見渡した大久保が真剣な面持ちになる。極端な前傾姿勢になり、御国の目前に面積の広い顔面を突き出した。
「今からする話は、絶対に内密にしてください。社員にも家族にもです。万が一、他の代理店の耳に入ると大変な事になる。いいですね?」
大久保の垂直に立てられた太い指は、小ぶりの鼻を全て覆い隠していた。
「噂になっている、代理店選別淘汰の話。あれは全て事実です」
常に大声の大久保の声のボリュームが極端に落ちた。にもかかわらず、ゆっくりと相手の耳に流し込むように話すので、御国はしっかりと聞き取ることができた。
「その中でも戸園店は“残す方”に入っています。これは今後の発展性を加味した上で支社が決定した事項です。今日は社長に安心していただくために、ここにお呼びしたんですよ」
最近の収益体系の傾向を分析すれば、自ずとそのことは理解できる。〔ボリュームインセンティブ〕すなわち、販売台数が一定数に到達すると入ってくる手数料が、極端に大きくなっているのだ。その代わり、1台あたりの成約手数料は少なくなっている。
元々来客者数が少なく、新規獲得数が少ない店舗には大打撃だ。強者を擁護し弱者に厳しい方針を示すキャリアには、代理店各社から激しい非難の声が上がっている。
だがキャリア側とすれば、露骨に「あなたの店舗は存在意義が薄いので閉店して下さい」とは、口が裂けても言えない。多少あざとくとも、手数料の体系を調整して無言のメッセージを送る他ないのである。
大久保は同じ口で“切る方”の店舗にも「ご拡販、ありがとうございます」とのたまっているのであろう。
“残す方”か……。では、鶴田の店舗は“切る方”に選別されてしまったのだなと、御国は理解した。たとえキャリアは違っても、方法論は変わらない。
薄々感づいてはいたが、明確に伝達されると改めて不信感が湧き上がる。
「今後はロケーションの良い店舗しか残さない方針です。駐車場が広く、来客者数が多い店舗。ちなみに戸園店はその双方を満たしています。今は苦しい時期かもしれませんが、あと少しの辛抱です」
「あと少し、というのは“残さない方の店舗”が音を上げて潰れてしまうまで、ということですか?」
御国がおしぼりを両手で絞り上げながら、大久保を睨めつける。その迫力に気押されて、大久保の寸胴がわずかにのけぞる。
結局大久保はその問いに答えを返さなかった。
大久保は、資本主義の非情な原則に対して良心の呵責を禁じえない御国に対して、好印象を受けていた。インセンティブ確保のための不正契約などが横行している代理店には、なにより法令順守の精神が求められる。御国のような人物が経営者であれば、その点は安心できる。
料金プランの激しい値下げ合戦で、ユーザーから入ってくる利用料金は下がる一方だ。キャリア側としても、無駄な店舗はなくして経費を落とさねばならない。成長曲線が上向きだった昔は、将来性を見込んで残していた店舗もあった。しかし、競合他社が増えて大幅な利用者増が見込めなくなった今、大鉈を振るうときが訪れたのだ。
「店舗数が減れば、その分残った店舗には厚遇を用意できる。スタッフの数も増やせますし、給料も引き上げることができる」
大久保が握手のために差し出した右手を力強く振るわせる。条件反射でそれに応えようとした御国は、差し出した手を途中で引っ込めた。
「これからも共に歩んでいきましょう。良きパートナーとしてね」
大久保の台詞に対し無言で一礼した御国は、コーヒー代の伝票を持ってカウンターへ向かった。




