↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お飾り聖女は、三行で消えるはずの花嫁でした ~生贄として嫁いだ氷の辺境伯は、前世の最推しです~  作者: 真白のあ
終章 我は、汝の隣に、坐す

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
89/110

第73話 前編 「履きつぶせ。そうしたら、次のを作る」

◆ セラ


 北の城では、雪がゆるみはじめていた。


 屋根から雪の落ちる音が、日に何度も響く。城壁の石の隙間から、雫が落ちる。竜の涙の滝が、氷の下で鳴りはじめている。


 その朝、中庭の泥を踏んだとき、靴の底が、とうとう、ぱくりと口を開けた。


 冷たい泥が、指のあいだに入ってきた。


 泥の中に立ったまま、しばらく自分の足を見ていた。


 それから、執務室へ上がって、扉を叩いた。


「入れ」


 机の上に、長靴はなかった。


 閣下は帳簿を書いていた。顔を上げて、私の足もとを見る。泥の足跡が、扉から机の前まで続いていた。


「閣下」

「何だ」


 十年、言ったことのない言葉だった。言い方を知らなかった。だから、いちばん短く言った。


「あの長靴を、ください」


 閣下のペンが、止まった。


「兵士さんの分でも、子どもたちの分でもなく。私が、欲しいんです」


 閣下は何も言わずに立ち上がり、隣の私室へ入っていった。すぐに出てきた。両手に、長靴を持って。


 革は、あの日よりも光っていた。


 閣下は、私の前に膝をついた。


 口の開いた古い靴を、そっと脱がせる。泥だらけの足を、自分の外套の裾で拭く。


「閣下、外套が」

「黙っていろ」


 左の長靴が、足を包んだ。ぴったりだった。


「……どうして、大きさが」

「マルタが、毎晩、お前の靴をかまどの脇で乾かしている。一晩借りて、村の靴屋へ持っていかせた」

「いつですか」

「峠の、十日前だ」


 息が、止まった。


「戻らなかったら、どうなさるおつもりだったんですか」

「戻ったら、渡すつもりだった」


 右の長靴が、足を包んだ。


「戻った。だから、渡した。お前は、断った」

「……はい」

「今、受け取った。話は、それで終わりだ」

「大事に、履きます」

「大事にするな」


 閣下は、膝をついたまま言った。


「履きつぶせ。そうしたら、次のを作る」


 次の、と閣下は言った。


「……どうして、ここまで」


 訊くと、閣下は少し黙った。


「帳簿には、載せていない。ギルバートが勝手にやったことにも、していない」

「はい」

「私が、そうしたかった」


 閣下は立ち上がって、私を見下ろした。それから、少しだけ目を逸らした。


(逸らしたお顔も、朝からよろしい)


「似合う、とは言わない。泥の上で見る」


 その日、私は中庭のいちばん深い泥の上を、わざと歩いた。


 冷たくなかった。


 古い靴は、捨てなかった。麻袋には入らないので、寝台の下に、そろえて置いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。