第9話 15年前の矛盾の指切
* * *
二十年前。
当時はまだ、二つの宗派の溝は、まだ、浅かった。
閉じ込めるのではなく、外へ出し、然るべき形で消化しようとする者たち。解放派。
異形も扉も、すべて閉じ込めることを正義とする者たち。封印派。
解放派の一人、来縁がジョウを見つけたのは、同じ解放派の莢が世界の扉の鍵となってから、間もなくのことだった。
小さな子供が、そこにいた。
幼い頃のジョウだった。
まだ何が起きたのか理解できていない顔で、ただぽつんと立ち尽くしている。
莢の面影が、その顔のあちこちに宿っていた。
来縁は、その場から長い間動けなかった。
「……莢」
思わず、その名が口をついた。
ジョウが顔を上げる。
くりくりとした目が、来縁を真っ直ぐに見上げた。
「おにいちゃん、だあれ?」
来縁は、思わず笑ってしまった。こんな時に笑える自分を、どこか他人事のように眺めていた。
「ワシは来縁。ただの、母さんの知り合いだよ」
「おかあさん、しってるの?」
「うん。よく知ってる」
ジョウは少しの間、来縁を観察するように見つめてから、不意に手を伸ばした。
来縁の人差し指を、小さな手でぎゅっと掴む。
「じゃあ、いっしょにいて」
その小さな手の温度を感じながら、来縁は深く息を吐いた。
守ろうと思った。それは紛れもなく本物だった。
この子を、莢の子を、世界の理不尽から守り抜く。それだけを、来縁は望んでいた。
けれど同時に、頭の中ではもう一つの思考が、動き始めている。
扉は、完全には封じられていない。封印派の術をもってしても、足りなかったのだ。
いつか、世界の均衡は再び崩れる。その時に何が必要になるのか。来縁は、もう知っていた。
「……ごめんな、莢」
誰にも聞こえない声で呟く。
ジョウは来縁の指を握ったまま、不思議そうに顔を上げた。
「なんていったの?」
「なんでもないよ」
来縁はジョウの手を握り返し、歩き出した。
この子を守ること。そして、いつかこの子に選択を迫ること。
その二つが、自分の中に同時にある。来縁は飄々とした笑顔の下に、それを静かに仕舞い込んだ。
同じ矛盾を抱えた人間を、来縁はもう一人知っていた。封印派の一人、宝璽だ。
莢が鍵となった夜から、宝璽は封印派の長になった。笑って舌打ちをしていた青年は、それきり、誰にも重さを分けなくなった。
抱え込む理由は違えど、誰かに重さを分けられないという点で、来縁も宝璽も、結局は同じ人間だった。




