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第40話 濁る群青

*

行きつけの店の看板が見えてきた頃、ふと、空気が変わった。

街灯の光が届かない路地の先に、一人の男が立っている。

最初に気づいたのは、トウゴだった。

背の高い黒い外套。肩の落とし方。足を置く角度。

――何年経っても、見間違えるはずがなかった。

中学の頃、行き場のなかった自分を拾い、何も言わずに隣を走らせた人。

三年前、組織に何も告げず消えた。それきり、一度も連絡はなかった。


「……カガリさん?」


足が、勝手に前へ出ていた。

「知ってる人?」ジョウが小声で聞く。

「ごーさんの師匠だよ」ヨシの目が細くなった。「でも、あの人は組織に愛想を尽かして失踪したはずだ。封印派に付くような人じゃない」

「どもー、よっさん、お久しぶり★」


背後から声がした。少女が蛇のように身体を揺らしながら、

ヨシに薄気味悪い笑みを向けている。

「……澪《みお》」

ヨシの声から、余裕が消えた。

「誰だよ、あいつ」

「空音澪《そらね みお》。封印派の若い幹部だ」


トウゴが男から目を離さないまま答える。


「なぜカガリさんが、あの女と」


言い終える前に、風を切る音がした。

勘だけで、鍵を盾にした。凄まじい衝撃が金属音とともに鍵を叩く。

防ぎきれなかった刃が、右頬を深く掠めた。赤い線が走り、血が床に滴る。


「……カガリさん?」


カガリの手には、トウゴのものと同じ群青の鍵が握られていた。

何年も待った再会のはずだった。


「久々の運命の再会っ! あはっ、感動ものだねー★」


棒読みの澪を、ヨシが睨む。いつの間にか、手には白銀の鍵があった。


「何を企んでいる」

「別にー。会いたいって言うから、連れて来ただけ」


カガリが、無言で距離を詰めた。トウゴは鍵で受ける。火花が散る。

だが打ち合うたび、師の群青が、少しずつ濁っていった。


「どうしてですか、カガリさん……!」


後退るトウゴの腹に、鍵の柄がめり込んだ。肺の空気が抜け、身体が床を転がる。


「ごーさん――っ!」


駆け出したジョウの足元の床が、見えない衝撃で抉れた。


「あれぇ? あんた達の相手は、私だよ?」


砂煙の向こうで、澪が鍵を構えて立っていた。

ファルセットの光が、不可視の刃となって空気を震わせる。


「麗しき師弟の再会に、外部の人間が邪魔しちゃ、だ・あ・めっ♪ 特にヨシ。同じ高音域のあんたには、用があるんだよね」


澪は二人を見比べて笑った。


「カガリさんね、堰《せき》さんが見つけてくれたの。ボロボロだったけど、いい鍵だったから、ちゃんと使ってあげてるの★」

「……堰《せき》が?」


ヨシの目が細くなる。


「B-ブロード、だっけ? 封印も解放も中途半端な寄せ集めで、よく『三声』なんて名乗れるよね。ミッドのあんたも、纏めて潰してあげる★」


ヨシとジョウは、釘付けにされた。トウゴの方へ行けない。

その間に、カガリが低い声を放った。


「――クローズ」


トウゴの術と、同じ音だった。

床に、どろりとした暗闇が滲み出す。影が伸び、トウゴの両足を捕らえた。

膝が折れる。身体が鉛のように重い。

視界の端から色が抜け、セピアに、そして黒に沈んでいく。


「まずい……ごーさんが、封印されかけてる……!」

「ごーさんっ! 起きてくれ、ごーさんっ!」


ジョウの叫びが、分厚いガラスの向こうのように遠のいていく。

トウゴの意識は、暗闇の底へ落ちた。


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