↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
39/47

第38話 呼び続けた名前

「――封印術式だ」


トウゴは後退しながら、白銀の刃を構えるヨシから目を離さず、

背後のジョウへ告げた。

「記憶への強制介入、あるいは、意識そのものの乗っ取りだ」

「どういうことだよ……! なんでよっさんがワシらを!?」

「目の前にいるのはよっさんであって、よっさんじゃない。あいつの身体を、別の誰かの術式が無理やり動かしている」


ヨシの身体が、再び爆発的に加速した。速い。空間を十文字に裂くように、

トレブルの鍵が白銀の斬撃を放つ。

トウゴは群青の鍵を振り下ろし、障壁で弾いた。床に亀裂が走る。


「ジョウ、窓側に回れ! よっさんの真後ろに立つな、死角から狩られる!」

「でも、止めないと――!」

「今は動きを封じることだけを考えろ。絶対に傷つけるな!」


白銀の猛攻を紙一重で捌きながら、トウゴは考えた。

これほど精度の高い精神封印を扱える者は、封印派でも数えるほどしかいない。


(――綴《つづり》だ)


気配も音もなく術式を埋め込み、対象に自覚すら持たせない。

無音は、音を奪うだけの力ではない。反応を、意志ごと奪う。

おそらく昨日、ヨシが一人で出かけた先で嵌められたのだ。

ジョウへの再封印の術式を握り潰した自分への、組織からの見せしめか。

それとも――。


「くそが……っ」


舌打ちの隙を突いて、ヨシの身体が軌道を変えた。標的はトウゴではない。

ジョウだ。


「ジョウッ!」


叫ぶより早く、ジョウは駆けていた。 直線的な刺突を、紙一重で滑って躱す。

ただ逃げたのではなかった。ジョウは回避の慣性のまま体勢を翻し、

凶刃を振るうヨシへ、無防備に両手を伸ばした。正気の沙汰ではない。

その掌に、ミッドの鍵はなかった。


「お前、何を考えている!」

「よっさんの手を、掴む!」

「馬鹿か! 肉を削がれるぞ!」

「切られたっていい!」

「よくない!」

「ごーさんだって、首から血がボタボタ出てるじゃんか!」


怒鳴り合いながらも、連携は乱れなかった。

トウゴが低音の波動でヨシの突進を鈍らせ、その一瞬に、ジョウが泥臭く肉薄する。

異変は、その直後に起きた。 ヨシの剣筋に、ブレが生じ始めた。

内側から別の意志が、外からの命令に歯向かっているかのように、

トレブルの切っ先がガタガタと揺れる。


「……よっさんが、中で戦ってる!」

「分かっている。なら、これしかない」


トウゴは群青の鍵を逆手に構え直した。家伝の封縛術。

外せば、ヨシの鍵ごと壊れる。躊躇う時間は、一秒もなかった。


「ジョウ! あいつの名前を呼び続けろ! 声を絶やすな!」

「それだけでいいの!?」

「それだけでいい。お前の声はミッドだ、まっすぐ届けば楔になる。

刃が揺れたのは、お前が近づいた瞬間だった!」


ジョウは、一秒も迷わなかった。


「よっさん――!!」


薄暗い研究棟に、限界まで張り上げた声が響く。


「よっさん! 聞こえてる!? ワシの声、届いてる!?」


ヨシの白銀の刃が、目に見えて跳ね上がった。


「ワシも、ごーさんもここにいる! ちゃんと、よっさんの目の前にいるよ!」


白銀の光条が、狂ったように震え始める。


「だから――戻ってきてくれ!!」


今だ。 トウゴは地を滑った。バスの鍵が低く、重く、空気を圧縮していく。

床を這って広がった群青の光輪が、ヨシの足元を捉えた。


「――クローズ」


地鳴りのような低音が迸った。

ピキ、と空間が凍る音がして、ヨシの身体が止まった。

一指も動かせないまま、人形の無表情で、その場に縫い付けられる。

トウゴは一歩、ヨシの目の前へ歩み寄り、焦点の合わない瞳を正面から見据えた。 喉の奥で、いつもの呼び名が引っかかった。「よっさん」では届かない。

根拠もなく、そう思った。 息を吸い、止め、それから絞り出す。


「――ヨシ」


敬称も略称もない、剥き出しの名前だった。


「聞こえているなら、意地でも抗ってみせろ。解放と封印、その両方を扱えるお前が、こんな安物の呪縛に遅れを取るな……!」


部屋が、水を打ったように静まり返る。 ジョウが隣へ滑り込み、縫い留められたヨシの両手を、自分の両手で強く包んだ。


「よっさん……っ!」


ジョウの声が、空間の障壁を押し広げていく。だが、暴走を続ける白銀の残光が、近づくジョウを拒むように火花を散らし、その掌の皮膚を切り裂いた。 ぷつぷつと、血が噴き出す。 ジョウは、手を離さなかった。指の関節が白くなっている。それでも、握る力は緩まない。掌の傷が増え、鮮血が二人の手を赤く染めていく。

その瞬間、ヨシの手の中で、白銀の鍵が激しく震え、ガラスの砕けるような音を立てて霧散した。

同時に、ヨシの身体から糸が切れたように力が抜けた。崩れ落ちる身体を、トウゴが踏み込んで受け止める。 焦点が、ゆっくりと戻り始めた。曇りが晴れるように。


「……ごーさん……」


カサカサに乾いた声だった。


「いるぞ」

「ジョウ、は……」

「ワシならここにいるよ、よっさん」


ジョウが、血に染まった手を握りしめたまま、顔を覗き込む。

ヨシの目元が、静かに滲んだ。いつものおどけた表情も、飄々とした仮面も、

そこには何も残っていなかった。


「……ごめん、なさい……」


ジョウは、傷だらけの手で、ヨシの手をぎゅっと握り直した。


「謝らなくていいよ」

「でも、僕は……」

「よっさんはずっと、中でワシらのために戦ってた。ワシには、ちゃんと分かってたから」


トウゴは、何も言わなかった。腕の中のヨシの身体を、ほんの少しだけ強く抱いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。