↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
31/48

第30話 三つの影

完全に朝になった。


ヨシ行きつけの喫茶店のマスターが、

常連であるヨシを気遣って差し入れてくれたもの。

寝起きのヨシが、わざわざ地上まで取りに行ってくれた、

出来立てのおにぎりが三つ、長机の上に並べられている。

三人は黙って食べた。

ヨシが二つ目に手を伸ばし、トウゴが無言で茶を注ぎ足す。

ジョウの膝の上で、空になった包みが小さく折りたたまれていった。


「……ごーさん」


おにぎりを咀嚼しながら、ジョウが切り出した。


「……なんだ」

「昨夜、綴《つづり》が言ってたことなんだけど。『次はない』って」

トウゴは答えなかった。ただ、静かにおにぎりを口に運ぶ。

「封印派から、また何か刺客が来るかもしれない」

「……かもしれないな」


ジョウは、トウゴの横顔を真っ直ぐに見つめた。


「その時が来たら……ごーさんは、どうするの?」

トウゴを動かしていた口が、ぴたりと止まった。


ヨシが、二人の様子を交互に見つめる。何も言わずに、静観していた。


「……分からん」


長い沈黙の末、トウゴがぽつりと言った。


「正直に言えば、俺にもまだ答えは出ていない」

「うん」

「だが――」


トウゴは、食べかけのおにぎりをゆっくりと皿に置いた。


「昨夜、ジョウが死に物狂いで鍵を出現させた、あの瞬間を見た」

「うん」

「あれは……絶対に、封印されるべき光ではない」


地下室が、水を打ったように静まり返る。


「封印派の人間としての正義を語るなら、俺のこの思考は間違いだ。……だが、見てしまった。あの声を。あの光を。あれを力ずくで封じることが正しいとは、俺にはどうしても思えなかった」


ヨシが、嬉しそうにその口角を滑らかに上げた。


「ごーさんがそう言ってくれるなら」

「……何が言いたい、よっさん」

「いや? ただ、ごーさんがそう言ってくれるなら、これからはもう、大丈夫かなって思っただけさ」

「何が大丈夫なんだ」

「全部だよ、全部」


いつもの調子で、飄々と言ってのけるヨシにトウゴは盛大に舌打ちをした。

けれど――その口元が、ほんの少しだけ、照れ隠しのように綻んでいた。

ジョウがおにぎりを最後の一口まで綺麗に食べ終えた。


「ワシ、もっと強くなるよ」

「唐突だな、お前は」

「昨夜、ほとんど何もできなかったから。鍵は半分しか出ないし、よっさんは倒されちゃうし、ごーさんは死にそうになるし……。ワシだけ何もできなくて、見ていることしかできなかった。それが、一番きつかったんだ」

「昨夜、お前は紛れもなく鍵を出して俺を救っただろう」

「あれは追い詰められて、がむしゃらに出ただけだよ。ちゃんと自分の意志で使いこなせてない」

「……それでも、出した事実は変わらん」

「次は、ちゃんと自分の力として使いたいんだ」


ヨシが手元の缶コーヒーを、カチャリと音を立てて開けた。


「特訓、しちゃう?」

「する」

「その、封印が半分しか割れていない不安定な状態で?」

「できることから、意地でもやるよ」


ジョウの真っ直ぐな言葉を聞き

トウゴが呆れたように、けれどどこか満足げにぽつりと呟いた。


「……仕方ないな」

「え、ごーさんも付き合ってくれるの?」

「まだ付き合うとは一言も言っていない」

「でも、否定もしてないよね?」

「……うるさい。黙ってろ」


トウゴの答えにヨシが笑った。声を上げて、心底楽しそうに笑った。

ジョウも釣られて笑った。 トウゴは頑なに笑わなかった。けれど――

彼の手の中で、群青の鍵がまるで呼応するようにかすかに優しく輝いていた。


*


朝の光が、地下室の地上に面した小さな高窓から差し込んできた。

コンクリートの床に、影が三つ並んでいる。ここにいていいのだと、

影が言っているようだった。

ジョウは、その影をじっと見つめていた。


喉の奥が――かすかに、チリチリと鳴っていた。

封印が強引に割れた場所から、何かが制御できずに漏れ出していくあの感覚。

いつもの単なる振動じゃない、もっと血の深い場所、

遠い記憶の底から湧き上がるような共鳴。


(もしかしたら……)


ジョウがゆっくりと目を閉じると――

それは、あまりにも唐突に脳裏へと滑り込んできた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。