↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
30/47

第29話 半分だけの鍵

静寂が満ちていた。

けれどそれは、先ほどの虚無とは違う。世界の音が、正しく戻りはじめていた。

風の音や虫の声が、次第に耳に馴染んでくる。

それでも、三人ともしばらくはその場から動けなかった。

ジョウは淡金の鍵を固く握りしめたまま立ち尽くしていたが、全身の震えが止まらず、喉の奥が焼けるように熱い。

封印が強引に割れた部位が、痺れるように激しく痛んでいた。

鍵は、まだそこにあった。

淡いゴールドの光が、消えることなく、手の中で揺らめいていた。


「……ごーさん」


ジョウが、掠れた声で呼んだ。

トウゴが、ゆっくりと壁から背を離した。足元の呪縛はすでに解けている。

極度の負荷のせいで膝がガタガタと笑っていたが、

彼は自らの足でしっかりと立っていた。


「……ああ、無事だ」


「よっさんは――」


トウゴの促すような視線に従い、二人は同時に地面を見下ろした。

ヨシが、泥に汚れた手を地面につき、激しく咳き込みながらも

ゆっくりと起き上がろうとしていた。

声紋鍵を強制破壊された反動で、その顔は死人のように真っ青だ。

けれど、その目はしっかりと開かれていた。


「今回は……完全にやられちゃったねぇ〜……」


ヨシが言った。声はガラガラに掠れていたが、いつもの調子を崩そうとしない。


「よかった、無事なんだね」

ジョウが慌てて隣にしゃがみ込んだ。

「無理に動かないで。……鍵は、大丈夫なのか?」

「少し、待ってくれたら……またすぐに出せるようになるよ」


そこに灯る、淡いゴールドの光を、ヨシは見つめた。


「鍵……ちゃんと出せたんだね」

「うん。半分だけだけどね」

「半分でも――あの絶望的な場面で出せたなら……」


青白い顔のまま。掠れた消え入るような声のまま、

ヨシが、ふっと口角を上げて笑った。


「十分すぎるよ」


トウゴが二人の元へと歩み寄って来た。言葉は何も言わなかった。

けれど、ヨシの反対側へと静かにしゃがみ込み、

彼の身体の状態を確認するように一瞬だけ視線を這わせた。


「……立てるか」

「立てるよ。……たぶんね」

「たぶん、ではない」

「……うん、立てる」

「なら立て。長居する場所ではない」


ジョウとトウゴが、ヨシの両脇を支えるようにして肩を貸した。

三人で、しっかりと地面を踏みしめて立ち上がる。

ジョウの手の中で、金色の光が優しく揺れている。

封印はまだ半分残ったままだ。けれど、こうして目の前にある――その事実だけは、確かにここに存在した。


*


拠点の地下室で、ヨシは簡易ベッドに横たわっていた。

その身体には、誰の手によるものか、分厚い毛布が一枚そっと掛けられている。

本人はそれに気づくこともなく、泥のように深く眠り続けていた。

トウゴはコンクリートの壁にもたれかかって座っていた。

一睡もしていない様で、その手の中で、群青の鍵を出しては消し、

まるで、自らの武器がまだそこにあることを、必死に確かめているかのように、

消しては出すという行為を静かに繰り返している。


ジョウは床に膝を抱えて座り、自分の喉元にそっと触れていた。

金の残光が、今もかすかに皮膚の隙間から揺らめいている。

封印の割れた裂け目から、少しだけ光が漏れ出しているのだ。

昨夜の戦いの直後に比べれば、消耗のせいで光はひどく弱々しい。

けれど、決して消えることはなかった。

部屋の中は静かで。 長い間、誰も何も喋らなかった。

ヨシが目を覚ましたのは、夜が明ける頃。

ゆっくりと目を開け、見慣れた天井をじっと見つめてから上体を起こした。


「……みんな、おはよう」

「起きたか」


トウゴとジョウが顔を上げた。


「二人とも、もしかして一睡もしてないの?」

「俺は少し寝た」


明らかな嘘にジョウはすぐに分かったが、あえて何も指摘しなかった。


「ジョウは?」

「寝てないよ」

「寝てよ」

「眠くないんだ」


ヨシがベッドから身体を完全に起こし、自分の左腕を見つめた。

昨夜の壮絶な戦闘の痕跡が残っている。

鍵を強制封印された反動は、外傷としては現れない。

けれど、身体の内側が、鉛を詰め込まれたように酷く重かった。


「鍵は?」


ジョウの問いに、ヨシは手を広げて深く息を吐き出した。


「出せるよ。なんとかね……」


微かな精神の集中とともに、彼の掌から――白銀の光が、頼りなくも溢れ出た。

昨夜に比べれば格段に薄い光だが、具現化の領域まで回復している。


「よかった……」


安堵のため息を漏らすジョウに、ヨシが優しく問いかけた。


「ジョウの方は、どう?」

「半分だけ使えるみたい。昨夜よりはちょっと弱くなっちゃってるけど」

「過度に消耗したからね。しっかり休めば、ちゃんと元に戻ると思うよ」

「本当に?」

「……たぶんね」

「たぶん、か」

「だって、封印が『半分だけ割れた状態』なんて前例がないんだ。だから、たぶんとしか言えないさ」


ジョウは再び、自分の喉に指先を当てた。


「……不思議と、痛くはないんだよね。でも、なんか――変な感じがするんだ」

「変な感じ?」

「封印が割れている隙間から、何かがずっと漏れ出している感じがする。声じゃない。でも、声に酷く似た何かが……」


ヨシが、その言葉を聞いてほんの少しだけ目を細めた。


「それが多分、ジョウの……『ミッド』の声紋鍵の本質だよ」

「声紋鍵が、漏れてる?」

「完全に封印されてたときも、かすかなノイズとして漏れ出してはいたんだよ」

ヨシは白銀の光を手の中に仕舞って答えを続けた。


「半分解けた今は――もっと明確に主張し始めている。ジョウの身体が、まだその出力に慣れていないから違和感があるだけさ」

「慣れたら、普通になるのかな」

「なると思うよ」


トウゴが、手の中で弄んでいた群青の鍵を静かに仕舞い込んだ。

「ジョウ」

「うん?」


「昨夜は――よく、あの状況で声を絞り出したな」


短く、淡々とした声音。感情の起伏はまるでない。

けれど、その言葉の奥には、確かに剥き出しの何かが存在していた。

あのトウゴが、明確にジョウを肯定している。


「ごーさんが死にそうだったからさ。気づいたら、勝手に声が出てたんだ」

「勝手に人を死なせるな」

「いや、実際死にそうだったって」

「……まあ」


トウゴが気まずそうにふいと視線を逸らした。


「……助かった……礼を言う」


蚊の鳴くような、ひどく小さな声。聞き落としてしまいそうなほどの微音。

ここで何も言わずに受け止めることこそが、唯一の正解だと二人は知っていた。

不器用さを受け止めるだけでいい。それが、いちばんの返事になると、

二人とも分かっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。