第28話 淡金の咆哮
「よっさん――っ!」
倒れ伏したヨシの元へジョウが走り出す。
「行くな、ジョウ!」
慌ててトウゴが声を上げた。だが、ジョウは止まらない。
地面に倒れたヨシはピクリとも動かない。完全に意識を失っている。
その窮状の中、綴がゆっくりとトウゴへと視線を戻した。
「統護」《トウゴ》
綴が、その名を呼んだ。
トウゴの肩が、わずかに動いた。
「お前は見せしめだ」
トウゴが、ほんの一瞬、足元へ目を落とした。
その間に、綴の足が沈んだ。次に見えたとき、綴はトウゴの真後ろに立っていた。
「三人で動いていることは、とうに上に届いている」
来縁の言葉が、頭をよぎった。本腰、というのはこういうことだったのか。
「B-ブロードなどという名を掲げた瞬間から――お前の破滅は、既に確定していたのだ」
トウゴの手の中で、群青の鍵が激しく明滅し、急速に弱まっていく。
「……っ、くそ……!」
足が動かない。攻撃が出来ない。
綴の手が、トウゴの首筋へ伸びていく。
ヨシに向けたものとは違う動きだった。声ではなく、命を取りに来ている。
その瞬間。
ジョウの喉の奥で、これまでの人生で一度も感じたことのない質量の何かが、
鳴り響こうとしていた。
無音の中で、自分の鼓動だけが聞こえた。
トウゴが、殺されようとしている。
その時、ジョウの喉の奥で、封印が軋んでいた。
内側から何かが押し上げてくる。けれど、まだ破れない。
それはもはや思考ですらなかった。言葉になる前の、
原初的な生存本能としての拒絶。
身体の全細胞が、その結末を拒んでいた。
(ごーさんが、死ぬ)
ジョウは何も考えなかった。喉の奥から、声が迸った。
「――っ!!」
言葉ではなかった。ただ、空間を震わせる響きだった。
頭の中で、何かが割れる音がした。
半分だけだった。完全には、解けていない。それでも喉が、ふっと軽くなった。
淡金の光が溢れ、一本の鍵が現れる。
以前のような揺らぎがない。半透明の刃が、くっきりと空間に立っていた。
綴の動きが、完全に止まった。
トウゴの命を刈り取ろうとしていたその手が、ピタリと静止する。
綴がゆっくりとジョウを見た。
ノイズによる視線の逸れなど一切起きない。
真っ直ぐに、ジョウの瞳の奥を射抜くように凝視した。
「……その、声紋は……」
綴の息が、驚愕によって止まったかのような、奇妙な間が生まれた。
ジョウは実体化した淡金の鍵を真っ直ぐに構えた。
全身は激しく震えている。
けれど、手の平はしっかりと武器を握りしめていた。
「ごーさんから、離れろ……っ!!」
その声が、無音の領域を強引に圧し潰し、空間全体へと気高く響き渡る。
完璧な筈の無音の空間に、ジョウの『ミッド(中音域)』の声が完全に通り抜けた。
綴の目が、警戒と不審によって細められた。
けれど、その揺らぎは一瞬。
綴は静かに手を下ろし、伸ばしていた指先をゆっくりと握り込んだ。
まるで、握りしめることで何かの結論を確定させるかのような仕草だった。
「――確認できた」
誰に向けた言葉でもなかった。
綴の視線が、ジョウへ戻る。戦意はもう、そこになかった。ただ、見ていた。
「……あの家系に、酷似した波形だ」
ジョウの心臓が跳ねた。意味は分からない。けれど、何かが照らし合わされたのだと、身体が先に理解した。
「……ふざけるな」
声が震えた。品定めされている。喉の奥で、封印の熱がまだ燻っていた。
「怒る必要はない。今日のところは、な」
綴の口調には、揶揄も嘲りもなかった。ただ、淡々とした事実だけがそこに残った。
「統護」
最後に、壁に囚われたままの男を見据える。
「次はないと思え」
それだけ綴は言葉を吐く。次の瞬間……
世界を縛っていた無音が、ガラスが割れるように一気に解けた。
綴の姿は、最初からそこに誰もいなかったかのように掻き消えていた。




