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死地を駆け抜けた者たちのスローライフ〜用済みと捨てられた聖女と英雄。辺境で隠居のはずが、隣国王子に国賓スカウトされました〜  作者: 月城 蓮桜音


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第7話 隠された傷と、解かれた苦しみ

 老夫婦の護衛に案内され訪れたのは、街の外れに広がる長閑な牧場だった。視界の先には巨大な厩舎が鎮座し、数多の魔馬たちが力強い(いなな)きを上げている。

 

 オイラたちが案内されたのは、その最奥。牧場主が「今、最も自信がある」と胸を張る二頭の前だった。確かに、その筋骨逞しい体躯と艶やかな毛並みは、素人目にも一級品だと分かる。

 

「おっ! 俺はこの漆黒の魔馬が気に入ったぞ! 筋骨隆々で、まるで俺の戦友みたいだ!」

 

「ええ、お目が高い! こちらは重い荷を引こうが二人乗りをしようが、決して軸を乱さぬ脚力の持ち主。まさに英雄様に相応しい魔馬です!」

 

「そうか、そうか! ……イリス、君が気に入った馬はいたか?」

 

 ヴァンが声をかけるが、(あるじ)はある一頭の馬をじっと見つめたまま動かない。その馬は他の個体から引き離され、頑丈な柵の中に隔離されていた。

 

「そいつは血統も力も最高なんだが、なぜか急に暴れだすようになってな……。今じゃ誰の手にも負えねぇ。残念だが、もう売り物にはならんのです」

 

 牧場主の言葉を証明するように、周囲の男たちが柵に近づくと、その馬は怯えたように目を剥き、激しく暴れ狂った。

 

「この子は怒っているんじゃなくて、怖がっているわ」

 

 主が静かに呟く。そして、困り果てた様子の牧場主へ真っ直ぐな視線を向けた。

 

「近づいても、よろしいでしょうか?」

 

「構いませんが……。お嬢さんのような方が怪我をなさっては――」

 

「俺がすぐ後ろにいる。大丈夫だ」

 

 ヴァンが主の背後にスッと立つ。

 ……こういう時だけは頼りになるんだよな、こいつ。なぜ普段はあんなにおかしくなるんだろうか。

 

「……毒? 首の後ろに熱がありそうね。ねえ、お願い。触らせてくれる?」

 

 主が魔力を込めた指先で、馬の鼻先をツンと突いた。

 途端、暴れていた魔馬が「ブルルルン!」と大きく首を振る。そして信じられないことに、自ら膝を折り、主が調べやすいように地面へ伏せたのだ。

 

「あ、あの狂馬が……嘘だろ……」

 

 主は馬の体に触れるか触れないかの繊細な動きで、その首筋をなぞっていく。そして、ふさふさとしたたてがみを優しく掻き分けた。

 

「……これね」

 

 そこには、痛々しく腫れ上がった傷跡があった。

 

「誰かがナイフで刺そうとしたみたい。奥まで刺さらなかった代わりに、毒を塗ったのね。……残っている毒を洗い流して、すぐに治してあげるから。もう少しだけ、我慢してね」

 

 主が聖なる水を操り、傷口に付着した汚れと毒を丁寧に洗い流していく。透き通った光の粒が傷口に集まり、魔法の光が霧散したときには、どこに傷があったのかも分からないほど綺麗に塞がっていた。

 

「もう大丈夫。痛かったわね、頑張ったわね」

 

 痛みが消えた瞬間、魔馬は主の肩に顔を埋め、まるで子供のように甘えだした。慈愛に満ちた表情でその馬を抱きしめる主。……と、それを見ていた男が、案の定暴走を始めた。

 

「馬の心まで一瞬で射止めるなんて……やはり俺のイリスは、世界を救うために舞い降りた天使。いや、全生物の母……!」

 

『おい。馬に嫉妬するな。見苦しいぞ』

 

「それにしても、なぜこの子がこんな怪我を……」

 

 主の問いに、牧場主が苦々しく口を開く。

 

「恐らく……他の馬を高く売りたい競合の嫌がらせかと。この子の才能を妬んだ誰かが、暴れ馬に仕立て上げようとしたのでしょう」

 

 言葉を持たない生き物を傷つけた卑劣な行為。

 ヴァンの瞳に一瞬、冷徹な「戦士」の怒りが宿った。――が、真面目だったのは本当に一瞬だった。

 

「……馬の言葉を心で聞くなんて。やはりイリスは、慈悲の女神の化身。全生命の守護聖人。……いいな、俺もあの馬になりたい……」

 

『おい。最後の一言、心の声がダダ漏れだぞ。しかもかなり気持ち悪いぞ』

 

 ドン引きしている牧場主たちに気づくこともなく、主は慈愛の微笑みを(たた)えたまま尋ねた。

 

「わたくし、この子と共に旅をしたいです。よろしいでしょうか?」

 

「ええ、もちろんですとも! この子を救ってくださり、本当にありがとうございました!」

 

 こうしてオイラたちは二頭の魔馬を手に入れ、街道へと並んで走り出した。

 

「漆黒号! 行くぞ――!」

 

『そのまんまかよ。少しは(ひね)れよ……』

 

「あなたは……そうね、アンバーなんてどうかしら?」

 

「ヒヒ――――ンッ!」

 

「おお、喜んでるみたいだな!」

 

『こんなところも似た者同士かよ……』

 

 オイラの溜め息は、魔馬が切り裂く風の中に溶けて消えたのだった。

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