第6話 似た者同士の『無自覚』
木々の隙間から差し込むオレンジ色の朝日が、焚き火の跡を照らしていく。昨日は、日が暮れかけていたため、近くの街へ泊まろうというヴァレントと、野宿で良いという主の話し合いの末、結局野宿をすることになった。
結局、『辺境まではまだあるのでしょう? 体力の余っている今は、野宿すべきだと思うわ』というイリスに、『さすがイリスだな! 確かに先は長い。明日は街で馬を買おう。馬車より早く着くから、安全だし安上がりだろう?』『ええ! 良いアイディアだと思うわ!』なんて掛け合いをしていたのだ。
普通、侯爵令嬢が野宿を提案するか? それも、あれだけのスピードで進んできたのに、英雄も二つ返事で野宿を承諾するのかよ、と思ったオイラだったが……多分、似た者同士なんだよな、主とコイツ。であれば、言っても無駄だと、オイラは口を閉じたのだった。
そして、現在に至る。朝の清々しくも冷えた空気が肺に染みる。朝露に濡れた草の匂いと美しい朝焼けに目を覚ました主と、前半は少し休んだが、夜中から寝ずに番をしていたヴァレント。二人は大きな背伸びをしてから、近くの川に向かった。
朝日を受けた川はキラキラと輝き、まるで光が踊っているかのようだ。主とヴァレントは顔を洗い、口をゆすいでから身なりを整える。
昇りゆく朝日に背を向け、主は敵国――自分を捨てたはずの王都がある方角に向かって静かに膝を折った。穢れのないオレンジ色の魔力が、朝露に濡れた草花を淡く照らす。
『……やれやれ。あんな連中のために、まだ祈りを捧げるのか。お人好しも過ぎると、毒だぞ』
オイラの皮肉に、主は祈りを終えて、困ったような、それでいて柔らかな微笑みを返すのが日課だった。
すると、街と逆の方向から、女性の悲鳴が聞こえてきた。主とヴァレントは、急ぎ現場に駆けつける。いや、何で自分たちから問題に首を突っ込みに行くんだ? 早く辺境に帰りたいんだろうに。そういや昨晩、馬を買うとか言ってなかったか? まあ今は、それどころではないか。
「ガキ――ン!」
近づくほどに聞こえてくるのは、鉄のぶつかり合う音だった。誰かが争っているのだろう。すぐに現状は理解できた。襲われているのは老夫婦で、賊らしき身なりの男たちに囲まれている。
「やめるんだ!」
ヴァレントが大声を出し、敵の視線をこちらに向けさせようとするが、賊たちは構わずに老夫婦の護衛に斬りつけていた。
「イリス!」
「任せて!」
ヴァレントが敵の攻撃を、巨体をひらりと翻して避けながら、老夫婦の目の前にたどり着いた。
「お怪我はありませんか!」
「ああ、婆さんが足を捻ってしまったんだ。それで、逃げることもできなくて」
「爺さんだけでも逃げてと言っているのに!」
「婆さんを置いていけるわけなかろう! 必ずワシが守ってやる!」
「あー、うん。それはとても良い話だと思うんだが、少し馬車側に移動できるだろうか? 俺の剣に巻き込まれないようにしてくれよ」
そう言うと、ヴァレントは老夫婦を守りながら剣を振るい始めた。戦場では、動き回るイリスを守りながら戦っていたのだ。座り込んでいる老夫婦を守りながら戦うくらい、ヴァレントにとっては余裕だった。
あっという間に全員を倒し、主が即座に治療した護衛たちが賊を捕らえる。できるだけ急所を外し、殺さないように倒したヴァレントだったが、賊の中には今にも事切れそうな者もいた。
「ヴァレント様、この者たちも治療してよろしいでしょうか……」
「イリス……ああ、構わない。君は本当に慈悲深いんだな」
困ったように微笑んだ主は、賊たちに治癒魔法をかけ始めた。それを見た賊たちはもちろん、老夫婦も驚きを隠せない。
「あ、ありえねぇ……俺たちを斬った男が、こんな慈悲深い女神様を連れてるなんて……」
「まさか、噂の『聖女様』じゃねぇのか?」
「そうだとしたら……。オレら、年貢の納め時かもな。オレ、これからは足を洗って真面目に生きようかな……」
「ああ、助けてもらった命だ。大事にしよう」
うん? 賊が改心しているな……。まあ、無償で治癒魔法なんて受けられることが奇跡のようなものだからな。治癒魔法師の絶対数も少ないから当たり前の反応か。
「そ、そちらのお嬢さんは、治癒魔法使いでいらっしゃることは理解していたが、賊にまで御慈悲を?」
治療に集中している主は答えない。代わりにヴァレントが老夫婦の隣に腰を下ろして話し出した。
「イリスは、三年戦争で活躍した聖女様だ。俺にとっては女神様だけどな!」
「ふふふ。では、あなた様は噂の英雄様ですか? あら? たしかにヴァレント様と呼ばれておりましたわよね?」
老夫婦は慌て始める。自分たちを助けてくれたのが、三年戦争の英雄だと気づいたからだろう。
「ん? ああ、俺はヴァレント=バルクレイ。今回の戦争の功績はすべて彼女のものだと、仲間は皆言っているんだがな……。国は頼りにならないから、俺の故郷に連れて帰るんだ」
「バルクレイ辺境伯領へ、ですか?」
「ああ。今の辺境は、男どもの半分は怪我人なんだ。足を失った父を憐れんでくださった聖女様が、我が領地に共に来てくれるんだ。なんて慈悲深いんだろうな……。そして、とても美しい……」
蕩けた瞳でイリスを見ていれば、誰でも気づくだろうが……。こいつの惚け具合は見ていて恥ずかしくなるほど酷いな。
「おお、隠そうともなさっておられないのか……。応援しておりますよ、英雄様」
「ん? 何をだ?」
「もちろん、英雄様と聖女様の恋愛を、ですぞ?」
「れ、れ、れ、恋愛だとっ!」
『お前、じーさんたちに惚気てたぞ。そう言われて当たり前だろ』
「ま、まじかっ! ま、まあ、たしかに好ましく思っているが――」
「ヴァレント様?」
「うわあああ――!」
「え? えっ?」
『主、気にしなくて良い。いつもの発作だ』
「発作?」
「シャドー! 余計なことは言わんでよろしい!」
オイラとヴァレントがギャアギャア騒いでいる隙に、主は老夫婦の前に跪く。
「おじいさん、おばあさん、お怪我はありませんか?」
「ああ、婆さんが足首を捻ったようなんじゃ」
「まあ、それは大変! おばあさん、触れますけど大丈夫ですか? 痛かったら言ってくださいね」
「ええ、大丈夫ですよ。ありがとうねえ」
主が瞬時に集中モードへ入り、ばーさんの足が「パァ――ッ!」と明るいオレンジ色の光に包まれて、光が収まると、痛みはすっかり引いたようだ。
「おばあさん、どうかしら。立てそうですか?」
「ええ、立てますよ、ありがとうね、お嬢さん……。あら? 長年辛かった膝の痛みも消えているわ! ああっ、なんて奇跡かしら!」
「なんだって!? それは礼を尽くさねば!」
「礼なんて要らないぞ。俺らは助けたかったから助けただけだ。見返りを求めてじゃない」
「そんなっ! どうか、何かお礼をさせてください!」
このままでは「是非お礼を」と「要らん」の押し問答となりそうだったから、二人が受け取りやすく、かつ実用的な案を考えてヴァレントに伝えた。
『ふうーん。……ヴァレント、馬を売っている場所を聞けば良いんじゃないか? 良い馬を知っていたら一石二鳥だろ』
「ああ、そうだな。それじゃあ、馬を買いたいんだが、信頼できる馬主を知らないだろうか?」
「もちろん、存じ上げております! うちの護衛に案内させましょう」
こうしてオイラたちは、上等な馬……立派な魔馬を譲り受けるべく、紹介された馬主の元へと足を運ぶことにしたのだった。




