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第47話 あの光をカタチに

 場違いなほど美しい店内の装飾に若干の居心地の悪さを感じながらも、俺はレイモンドに背中を押されるようにして入店した。足を踏み入れたのは、公国でも指折りの歴史を誇る老舗宝飾店だった。

 

 磨き上げられたショーケースの中には、星の欠片を閉じ込めたかのような宝石たちが、ベルベットの敷布の上で静かに、だが圧倒的な輝きを放って並んでいる。

 

「久しぶりだね、オーナー。この御仁は私の恩人でね。最高の品を出してやってほしいんだ」

 

「いらっしゃいませ、レイモンド様。先日はご連絡をありがとうございました。本日は貸切にしてありますので、どうぞごゆるりとお選びください」

 

「ああ、助かる。ありがとう」

 

 深々と頭を下げた店主は、店員から受け取った、目も眩むほど大きな宝石が乗ったトレイを俺の前に差し出した。

 

「こちらは当店自慢のエメラルドとなります。大きさ、透明度、そしてこの深い色。他のエメラルドとは比べものにならないほど希少な一品かと」

 

「いや……もっと明るい色を探しているんだ。ただ輝けばいいというわけじゃない」

 

「これなんてどうだい、ヴァン。この真紅のルビーなどは情熱的で、愛の告白にはうってつけだと思うが」

 

 レイモンドが楽しげに指差す。だが俺は即座に首を振った。

 

「……いや、違う。赤すぎる。強すぎるんだ」

 

「では、このサファイアは? 聖女殿の清廉なイメージに合うと思うが」

 

「……それも、俺の探しているものとは違う」

 

 俺が探しているのは、もっと特別な、唯一無二の色だ。真剣な眼差しで宝石を見つめ続ける俺の様子に、店主が怪訝そうな、それでいて確かな品格を感じさせる顔で「どのようなお色をお探しで?」と尋ねてくる。

 俺は喉の奥に詰まった、あの日からずっと消えない記憶を絞り出すように言葉にした。

 

「……光だ」

 

「はい……?」

 

「ただの宝石じゃない。夜明けの空が白み始めた時のような、黄色に近い、温かなオレンジ色だ。……彼女が初めて魔法を使った時、俺は絶望の淵にいた。その暗闇を、一瞬で払ってくれた……あの、どうしようもなく綺麗だった光の色なんだ」

 

 俺の言葉を聞いた瞬間、店主の目が変わった。単なる「高い買い物客」を見る目ではなく、「一人の女性のために、魂に刻まれた色を探す男」を見る、職人の目になった。

 

「……左様でございますか。それならば、一つだけ心当たりがございます」

 

 奥から恭しく運ばれてきたのは、これまで目にしたどの石とも違う、不思議な美しさを湛えた石だった。

 内側から淡く発光しているかのような、透明度の高い黄色。だが、角度を変えるたびに柔らかなオレンジが混ざり合い、まるで意思を持って呼吸をしているかのように色彩を変える。

 

「これは……」

 

「『暁光石(ぎょうこうせき)』という宝石です。公国の高山で、朝日に照らされた瞬間にしか見つからないと言われている稀少な石なのですよ。まさに夜明けの光を閉じ込めたような石でしょう?」

 

 見つめていると、あの日の光が鮮烈に蘇る。

 戦火の中で、泥にまみれ、死を覚悟した俺の前に現れた、彼女の慈愛に満ちた魔法。あの時、彼女が纏っていたのは、まさにこの色だった。

 ただの黄色ではない。芯に柔らかなオレンジを秘めた、夜明けの空を切り取ったような、優しくも力強い輝き。

 

「ああ、これだ……。イリスが初めて魔法を放った時、俺の暗闇を払ったあの慈愛に満ちた光、そのものだ。これがいい。いや、これしかないんだ」

 

 提示された値札を見れば、俺が数年かけて貯め込んできた貯金が一度に吹き飛ぶような額だったが、一毫(いちごう)の迷いもなかった。隣でレイモンドが「……本当に熱いねぇ、ヴァン」と呆れたように、けれどどこか誇らしげに呟くのが聞こえた。

 

「次は、腕輪のデザインですね。石をどのように(しつら)えますか?」

 

 いくつものサンプルがトレイの上に並べられるが、どれも重厚すぎて、イリスの持つ儚くも芯の強いイメージからはかけ離れていた。何より、彼女の細い手首には邪魔になりそうだった。

 

「もっとシンプルで、極限まで細いものはないのか?」

 

「細い、ですか……? しかし、これほどの石を支えるには相応の土台が必要ですが」

 

 店主の困惑を見かねたレイモンドが、苦笑しながら公国の伝統を教えてくれた。

 

「ヴァン、公国で贈る腕輪と言えば、幅が広くて宝石の大きさが優先されるのが常識なんだよ。いわば男の甲斐性を、その腕の輝きで誇示するわけだ」

 

「公国の男は、そんなことで(ふところ)を試されるのか? そりゃ大変だな。俺はあいにく、見栄を張るために彼女に重い思いをさせたくはない」

 

「ぶふっ! し、失礼しました……!」

 

 俺のあまりにあけすけな物言いに、ついに店主が吹き出した。レイモンドが「面白い男だろう?」と愉快そうに店主と顔を見合わせている。


「派手なのは彼女の邪魔になる。聖女としての務めの時も、バルクレイで畑に出る時も、肌の一部のように馴染むものがいい。……ああ、あそこにあるあれくらいの細さが理想だ」


「あちらは、ネックレス用の極細のチェーンなのですが……」

 

「それを腕輪に加工はできないのか?」

 

「……不可能ではありませんが、これほどの宝石を据えるには前例のない試みになりますな」

 

「良いじゃないか、オーナー。英雄が聖女に贈った特別な品だと話題になれば、公国に新たな流行が生まれるかもしれないぞ?」

 

「な、なんと……! ただ者ではないと思っておりましたが、まさか噂の英雄様でしたか! もちろん、当店としましては、持てる技術のすべてを注ぎ込みます!」

 

 「英雄」という単語を聞いた途端、コロリと態度を変えてやる気を見せた店主に、俺は苦笑いを浮かべつつ本題を切り出した。

 

「それは助かる。……それで、俺のイメージとしては、この宝石をあえて砕いて、その細いチェーンに散りばめたいんだが、できそうか?」

 

「そ、それは……! 宝石は大きさこそが価値。砕いてしまえば、資産的な価値は著しく下がってしまいますぞ」

 

 困惑する店主に、俺は自分の胸の内に確固としてあるイメージを丁寧に伝えた。

 

「彼女の魔法は、一粒の大きな光じゃない。人々を優しく包み込む、無数の小さな光の集まりなんだ。俺は、その輝きをそのまま形にしたいんだ」

 

 しばしの静寂の後、店主は感銘を受けたように深く頷いた。

 

「……なるほど、想いの籠もった、世界に一つだけの贈り物になりそうですね。分かりました。すぐに職人を連れて参りますので、詳しいイメージをお教えください」

 

 店主が裏の工房から連れてきたのは、頑固そうな一人の老職人だった。

 

「細い腕輪、ですかい。この石を砕く? ……ふむ。もう少し詳しく聞かせろ」

 

 俺は職人の鋭い視線を受け止めながら、イリスの魔法がどれほど美しかったか、そしてブレスレットの具体的なイメージを熱く語って聞かせた。

 

「……面白い! 宝石の価値を誇示するのではなく、その『光』そのものをデザインしたいというのか。そんな注文、あっしの長い職人人生でも初めてだ。よし、あっしの技術のすべてを懸けて、あんたの見た光を腕輪に閉じ込めて見せましょう! すぐに取り掛かりますぜ!」

 

 情熱を燃やし、バタバタと工房へ戻っていく職人の背中を見送りながら、少しの不安を覚えていると、レイモンドが耳元でこっそりと囁いた。

 

「彼は偏屈ですが、公国一の腕利きですよ。必ずやイメージ通りの逸品を作ってくれます」


「そうか。レイが言うなら間違いないな。……ああ、出来上がるまで、イリスには絶対に内緒だぞ?」

 

「ふふっ、分かっているさ。サプライズの成功を祈っているよ」

 

 俺は力強く頷いて、激戦を終えた後のような、だがどこか満たされた心地よい疲れに身を任せたのだった。

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