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第46話 ヴァンの頼み事

 「ネズミ捕り」の一件が一段落し、周囲に人影がないことを確認してから、俺は隣を歩くレイモンドに声をかけた。

 

「レイ、少し……相談というか、頼みがあるんだ」

 

「ああ、この前言っていたあれだな。ヴァンが私に頼み事とは珍しい。魔物の討伐に関する策か? それとも新しい剣の調達か?」

 

 レイモンドはいつもの余裕のある笑みを浮かべてこちらを見た。だが、俺の口から出た言葉は、彼の予想を大きく裏切るものだった。

 

「……公国の風習について聞きたかったんだ。大切な相手に、その……贈り物をしたいんだ。公国では、添い遂げたい相手に何を贈るのが習わしなんだ? どんなものが相応しいのか教えてほしい」

 

 レイモンドの動きが止まった。一瞬、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした後、その口角がニヤリと吊り上がる。

 

「何、面白……おっと。失礼。なるほど、そういうことか。ついにヴァンも決意を固めたというわけだね。いやあ、めでたい!」

 

「茶化すな。俺は真剣なんだ。……それに、俺は普段そういった場所には出入りしないだろう? 一人で店に入れば、店主に不審者だと思われて衛兵を呼ばれる可能性だってあるからな。レイ、お前の行きつけや、信頼できる店を知らないか? 紹介してほしいんだ」

 

「なるほど、確かに。君のような大男が凄みを利かせて一人で宝石店に踏み込めば、店主も思わず金庫を隠してしまうかもしれないな」

 

 レイモンドは肩を揺らして笑うと、ポンと俺の肩を叩いた。

 

「分かった。折角だから、私が付き添ってあげよう。私の紹介という形にすれば、頭ごなしに断られたり、相場以上の値をふっかけられたりすることもないだろう。ふふっ。公国の貴族御用達の店なら、私が一番の贔屓(ひいき)にしている宝飾店があるんだ」

 

「助かる。だが、あまり目立ちたくはないんだが……」

 

「安心したまえ。そのあたりは私が上手く調整しよう。さあ、そうと決まれば善は急げだ。聖女殿に悟られないうちに、こっそりと計画を練るとしようじゃないか」

 

 そう言って悪戯っぽく笑うレイモンドを見て、俺は少しだけ後悔した。こいつを連れて行けば、後で何を言われるか分かったものではない。

 だが、懐にある、戦場で稼ぎ、開拓で蓄えた金の入った麻袋の重みを確かめ、俺は覚悟を決めた。不器用な俺にできる、最大級の気持ちを形にするために。


「そうだな、まずは……公国では指輪ではなく腕輪が主流なんだ」


「ほお、腕輪か」


「公国では古来、騎士が遠征する際に、無事を祈る恋人が自分の髪を紐などと共に編んで、手首に結んだのが腕輪の始まりなんだ。『永遠の()』であり、手首という急所を護る象徴でもある。武骨な君にはぴったりだと思わないかい?」


「なるほどな。王国での刺繍したハンカチみたいなものか。実戦的で悪くない」


 レイモンドが「そうだ」と頷く。真面目な話をしていたはずなのに、彼が顔を上げた時には、口元をニヤニヤとさせながら、「あの恋愛とは無縁そうなヴァンがねぇ」と肘で脇腹をつんつん突いてくる。


「うるさい、お前しか頼れるやつがいないんだから仕方ないだろう。俺だって公国の民となったのだ。公国のやり方で……それに、イリスの『男避け』としても必須だと思っているしな」


「ああ、最近はイリス嬢の美しさに目が眩んだ男たちが、バルクレイ領によく来ると言っていたな」


 魔物の被害も出なくなり、今では公国内で一番治安の良いと言われるまでになったバルクレイ領には人が集まるようになっていた。

 ワニの串焼きを片手に、装飾品や武器武具などを見て回る者たちで、領内はかつてない活気に満ちている。


「ああ。人が増えたせいで、売り子の手伝いをしていたイリスに、ちょっかいをかけてくるやつが増えているんだ。誰が守っている女性(ひと)なのか、はっきりさせておく必要がある」


「そうか、そうか。そりゃあ『虫除け』が必要だよなあ」


「茶化すなよ、レイ。俺には大問題なんだからな!」


「ふふっ、分かっているよ、ヴァン。そうだね、日時が決まったら、私からの呼び出しとして城から馬を出そう。そうすれば怪しまれないでバルクレイ領から出られるだろう?」


「ああ、そうしてくれると助かる」


「なに、それくらい容易いさ。公国は、君たちバルクレイに返せないほどの恩もあるしな。まあ、私としては、こんなに面白……愉快……幸せそうなヴァンを応援できて嬉しいしな!」


「おい、色々と心の声が漏れていたぞ……。まあ、お前に頼むしかないから今は目を瞑るが」


 二人で楽しげに、あるいは必死に会話しながら歩く後ろ姿が、どれほど周囲の目を引いているかに気がついていない俺たちは……。


「ヴァン、レイモンド殿下。そんなに顔を突き合わせて、何を話していたの?」

 

 戻ってきたイリスの純粋な瞳に射抜かれ、俺は思わず懐の麻袋を強く握りしめ、言い訳を必死に考えた。俺はいつも直球な性格だから、こういうのが一番苦手なんだ。耳の裏まで「カ――ッ!」と熱くなるのを感じた。戦場での負傷など比ではないほど、今は心臓が騒がしく警鐘を鳴らしている。

 

「あ、いや、その……次の、ワニの……討伐ルートの話をな!」

 

「……ワニ? さっき食べたばかりなのに?」

 

 不思議そうに首を傾げるイリス。冷や汗をかく俺の隣でレイモンドは「くくっ……」と必死に笑いを堪えていたのだった。

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