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第48話 俺の中に見た光と、君に贈る光

 穏やかな陽光が降り注ぐ昼下がり。綺麗に舗装された道をヴァンと並んで歩きながら、わたくしはバルクレイ領がさらなる発展を遂げる未来を思い描いていた。

 

「ヴァン、ここに大きな市場を作りましょう。あちらには、みんなが学べる学校を。……そして、あそこにはわたくしたちの……」

 

「ああ、分かってる。一番日当たりのいい場所に、大きな家を建てよう。……子供たちが、いくらでも走り回れるような、そんな家をな」


 言葉にして愛を囁くことは少ないけれど、ヴァンの真っ直ぐな想いがわたくし一人だけに向けられていることは、痛いほど理解していた。

 だから、それ以上の言葉を急いで求めたりもしなかったのだけれど。

 

「イリス、あの丘から見る夜景が綺麗だと親父たちが言っていたんだ。あそこは夜でも安全だから、一緒に見に行かないか?」


「ふふっ。ヴァンがいてくれたら、どこへ行っても世界で一番安全でしょうけどね。綺麗なバルクレイの夜景、わたくしもぜひ見てみたいわ」


 笑顔で頷くわたくしに対し、今日のヴァンはどこか落ち着きが無い。散歩に誘うだけでもソワソワしてしまう彼を微笑ましく思いながら、あまり気にせずに日が暮れるのを静かに待っていた。


 夕食を終え、食後のお茶をセシリア様と楽しんでいると、ヴァンが迎えに来てくれた。セシリア様がヴァンの背中をバンバンと力強く叩いていたけれど……一体、どうかしたのかしらね?


 ヴァンに手を引かれ、ゆっくりと緩やかな丘を登って行く。小さな丘から見渡す景色は、バルクレイに住まう人々の生活の灯りが、まるで星のように美しく瞬く場所となっていた。


 かつてわたくしたちがいた場所は、夜といえば命を狙う刺客の気配と、凍えるような静寂しかなかった。けれど、今目の前に広がる灯りは、人々の営みの証。あたたかな夕食の匂いと、家族の笑い声が聞こえてくるような、慈愛に満ちた優しい光だった。


「国を欺き、死地を越えて……。ようやく手に入れた俺たちの場所だ」


「ええ、そうね。やっと、落ち着くことができたわ。貴方がわたくしの手を引いてくれたお陰よ。ありがとう、ヴァン」


「それは……イリスが俺を信じて、隣にいてくれたからだ。王国には許せない者がいるかもしれない。……それでも。今は、バルクレイの民を守り、彼らと共に穏やかな生活を築いていきたいんだ」


「ええ、わたくしも同じ気持ちよ」


 二人の間を穏やかな時間が流れている。幸福な充足感に満たされていると感じた時、不意に熱を帯びたヴァンの視線がわたくしを射抜き、心臓が跳ねた。……そんなに真っ直ぐ見つめられたら、高鳴る鼓動が彼にまで聞こえてしまいそうだわ。


「イリス、これを君に」


 ヴァンの無骨な手のひらから現れた小さな箱を、彼がそっと開いて見せてくれた。その中には、細い銀細工のチェーンに、内側から発光するような小さな宝石が散りばめられたブレスレットが収められていた。


「まあ……なんて、綺麗……」


「その……公国の風習では、プロポーズには腕輪を贈るらしいんだ。俺はあまりセンスが無いから迷ったんだが……。この石は、イリスの魔法を初めて見た時の……あまりの美しさに息を呑んだ、あの光に似ていたから。これに決めたんだ」


 戦場では決して揺らぐことのなかったヴァンの声が、今は不安げに微かに震えている。それがおかしくて、それ以上にどうしようもなく愛おしくて。わたくしの視界は、瞬く間に熱い膜で覆われてしまった。


「ヴァン……っ」


「な、泣かないでくれ、イリス! 俺はいつまで経っても、君の涙には弱いんだ」


 慌てて大きな手を伸ばしながらも、触れていいのか戸惑う彼。わたくしはその手を自ら引き寄せ、濡れた頬でふふっと笑った。


「ふふっ。これは嬉し泣きだもの。許してくれないと困るわ」


 わたくしの言葉に、ヴァンの強張っていた頬が劇的に緩んだ。まるで雲間から陽光が差し込むように、彼の表情が純粋な喜びに染まっていく。


「じ、じゃあ……」


 こんな時だものね。一生に一度くらい、わたくしも我が儘を言っても許されるかしら?


「……もっと、ちゃんと言ってくれる?」


「イリス……。お、俺と結婚してくれ――!!」


 バルクレイ領の全域に轟くほどの声量で叫んだヴァンに、気づいた領民たちが家の外に続々と出てくるのが見える。……これはまるで公開プロポーズね。


「ふふっ、喜んで!」


「「「「わ――っ!!!」」」」


 わたくしの返事を聞いた途端、丘の下から地鳴りのような歓声が上がった。松明を手にした領民たちが、小さな丘に次々と集まって来る。


「おめでとう! ヴァン様! 聖女様!」


「明日はお祭りだね!」


「おめでとう――!」


「これでバルクレイは安泰だな!」


 口々に祝いの言葉を伝えてくれる彼らの顔は、誰もが自分のことのように輝いていた。


「ふふっ。わたくし、今までも十分幸せだと思っていたけれど……もっと幸せなことが、まだこんなに待っていたのね」


「イリス……。俺が、必ず一生幸せにしてやるからな!」


「ヒュ――ヒュ――! ヴァン様、男だねえ!」


「格好いいぞ! ヴァン様!」


「ヴァン様、万歳!」


「イリス様、万歳!」


「「「バルクレイ領に幸あれ――!!」」」


 夜空に響き渡る万歳の声。

 こうして、わたくしたちの騒々しくも幸せな生活は、これからも続いて行くのでした。


 【第一部・完】

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