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第40話 策士の計略、軍師が仕掛ける「地獄」の芝居

 宴の喧騒が心地よい背景音となった頃、レイモンドが不意に「ふふっ」と喉を鳴らして笑った。手にした酒杯を揺らし、焚き火の光に目を細めるその表情があまりに愉快そうだったので、俺は思わず顔を向けた。

 

「どうした、レイ。そんなに俺たちの飲みっぷりが珍しいか?」

 

「いや、期待以上だったからね。……理由を明かしてもいいかい?」

 

 レイモンドは視線を俺に戻し、少しだけ声を落とした。そこには親友としての顔だけでなく、一国を背負う世子としての鋭い光が混じっていた。

 

「実はな。父上に英雄殿……君たちを受け入れたいと進言した時、弟である第二公子側の派閥は、あからさまに不快な顔をしたんだ。世子である私が君という『英雄』を引き抜いたとなれば、彼らの出る幕がいよいよなくなると危惧したのだろうね」

 

「ああ、なるほどな。(まつりごと)の事情ってやつか。……にしては、よくこんなに良い土地をあっさり領地としてくれたもんだな」

 

 俺が皮肉を込めて笑うと、レイモンドは「ふふっ、そこだよヴァン」と、楽しげに指を立てた。

 

「私は君たちと半年もの間、寝食を共にし、戦い、君たちが抱える生活の悩みや望みを知っている。この土地は、公国では『広いだけで使い道のない危険地帯』だと認識されていた。だが、君たちにとっては……」

 

「楽園だな。食い物に困ることもない。川ではなく湖が水源だから、氾濫のような災害が起こる心配も少ない。魔物さえ管理できれば、これ以上なく安全な領地になるだろうよ」

 

 俺の言葉に、レイモンドは満足げに頷いた。

 

「そう言ってくれると思っていたよ。私が父上にこの土地を譲ろうと言い出した時、第二公子側は一切反対しなかった。魔物の被害が頻繁に報告される、管理の面倒な『事故物件』を押し付けられたと、彼らはほくそ笑んでいたはずだ」

 

「なるほどな。俺たちは美味い水と食い物さえあれば、他は特に問題ないからな。……そこまで計算して、奴らを黙らせたのか?」

 

「もちろんさ。それに、この場所は公国にとっても戦略的に重要な拠点なんだ。首都から隣国へ渡る際、必ずここを通る必要がある。だが、これまでは年に数回、魔物に人が襲われる被害が出ていた」

 

 レイモンドは立ち上がり、暗闇に沈む湖の向こうを見据えた。

 

「君たちがここに住めば、その被害はなくなる。君たちが魔物を間引き、狩り続けてくれれば、自然と治安も良くなる。バルクレイの二千人がのんびり暮らせる場所を提供すると約束しただろう? それは君たちへの恩返しでもあり、公国を救う一手でもある。……私とバルクレイにとって、これ以上素晴らしい土地はないんだ」

 

 にっこりと為政者らしい顔を見せたレイに、俺は「やはりやり手だな」と感心しつつ、不敵に笑い返す。

 

「本当に好きにしていいんだな? あとで後悔するなよ?」

 

「ああ、構わないさ。君が公国の民に牙を剥くようなことはしないと信じているからね」

 

「それは当然だ。やるとしたら……せいぜい、魔物の養殖や猛獣の飼育ぐらいか?」

 

「おいおい……。くれぐれも安全第一で頼むよ」

 

 俺たちは声を合わせて笑った。冗談めかしてはいるが、互いの信頼は岩のように揺るぎない。

 

「くくっ、任せとけって。人が往来するなら、そのうち店を出したら儲かるだろうしな。まずは皆が住む家を作るんだが……森の木はある程度、間引いても問題ないか?」

 

「ああ、問題ない。魔物を狩りやすくするんだったね」

 

「そうだ。俺の大剣を思い切り振り回せるぐらいの広さはほしいからな。それに、今はただの獣道だが、女子供が安心して薬草を採りに行けるような小道も作っておきたいんだ」

 

「さすがだな。次に何をすべきか、君の頭の中にはすでに完成図があるのか。……無駄がないね」

 

 愉快そうに笑うレイモンドは、開拓の槌音が響き始めたこの土地に、初めて見る光景への期待感を隠せないようだった。

 

「レイ、お前。何だか楽しそうだな?」

 

「まあね。公国民には地獄のような場所が、バルクレイの手にかかれば天国に変わる。第二公子たちが仕掛けたつもりの嫌がらせが、君たちにとっては一顧だにする価値もないなんて、愉快じゃないか」

 

 俺は焚き火に薪を投げ入れ、爆ぜる火花を見つめた。

 

「ああ。あいつらはここを『地獄』だと思ってるんだろ? なら、大人しく地獄に閉じ込められているフリをしてやるよ。……だがな、あいつらが真実に気づいた時には、ここはあんたを支える『最強の牙』になってるぜ」

 

「あははっ、それは心強いね! 楽しみにしているよ、ヴァン」

 

 静かな夜の森に、二人の笑い声が溶けていく。

 それからというもの、レイモンドはこの領地が劇的に姿を変えていく様子を観察するために、公務の合間を縫って頻繁に訪れるようになったのだった。

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