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第39話 運命と絆、そして始まりの祝杯

 公国の役人たちが、今頃は「あの連中、魔物に悲鳴を上げているだろう」と、温かいベッドの中でニヤついているであろう時間。血のような夕陽が地平線に沈み、空が群青色に染まり始めた頃。

 

「少し間引いておかないと、流石に夜中に騒がしくなりそうだからな」

 

 そんな軽い調子で言いながら、俺と親父は大剣を振るっていた。森から這い出てくる魔物を、文字通り「酒のつまみ」を調達するような感覚で狩りまくり、後ろでは領民たちが慣れた手付きで次々と解体を進めていく。

 

 日が落ちれば森の住人たちが活発になることなど、死地と隣り合わせの辺境で育った俺たちには、呼吸をするのと同じくらい当たり前の知識だ。昼のうちに、魔除けの効果がある特製の松明(たいまつ)を等間隔に配置し、防衛線を絞るための即席の柵も設置済み。

 

 万全の準備を整えていたおかげで、怪我人の報告はゼロ。暗闇が本格的に降りてくる頃には、周囲には滴る脂と香ばしい肉の匂いが立ち込め始めていた。

 

「お、やっているな! 祝いの酒を持ってきた、皆で飲んでくれ!」

 

 馬の蹄の音と共に現れたのは、レイモンドだった。運ばれてきたのは、何箱もの頑丈な木箱。中には、公国自慢の銘酒がぎっしりと詰まっている。

 

「おーっ! こりゃあありがたい! 公子様、恩に着ますぜ!」

 

 親父がわざとらしく大袈裟な礼を言うと、作業をしていた領民たちからも威勢のいい唱和が上がった。

 

「「「いただきま――す!」」」

 

「ははは! 我らがレオニア公国へようこそ。今日からバルクレイは我らの大事な仲間であり、国民だ。困ったことがあれば、いつでも私に言ってくれ」

 

 両手を広げ、心からの歓迎を体現してくれるレイモンド。俺に対しても、公子という立場を捨てて対等な友として接してくれる。……いや、すでに立太子が済んでいる彼を呼ぶなら、今は世子(せいし)と呼ぶべきか。

 

「悪いな、レイ。助かるよ」

 

「ヴァン、気にするな。この土地は好きに使っていいと言っただろう? ……まあ、元々は魔物が多すぎて、我が国の騎士団でも手を焼いていた『手に余る地』なんだがね」

 

「なんだ、公国の連中はこれほど『宝』が溢れている土地を放っておいたのか? もったいない話だな」

 

 俺が本気で首を傾げると、レイモンドは少し困ったように眉を下げて笑った。

 

「ふふっ。君たちのように、魔物を『宝』と呼ぶ猛者が多ければ良かったんだが。公国は長い間、平和を愛し、戦争を避けてきた。それ自体は誇れることだが……どうしても、実戦や過酷な環境には疎くなってしまっていてね」

 

「なるほどな。まあ、食うか食われるかの緊張感の中に放り込まれれば、嫌でも慣れるさ」

 

「そういうことか。……ああ、そうだ。あの湖だが、一つだけ忠告させてくれ。中には凶暴な『レインボーアリゲーター』が棲み着いている。かなりの個体数がいると報告されているから、水辺には不用意に近づかないことだ」

 

虹鰐(にじわに)か! あいつの肉は、絶品なんだよな!」

 

「えっ? ……美味しいのかい?」

 

 予想外の反応だったのか、レイモンドが目を丸くする。

 

「ああ。弾力があって、噛むほどに旨味が溢れ出すんだ。串焼きにしてもいいし、ステーキにすれば脂の甘みがたまらない。レイ、お前も食いに来るか?」

 

「……ヴァンがそこまで言うなら、興味が湧いてきたよ。是非、ご相伴に預かりたいな」

 

「決まりだな。なら、明日の夜だ。親父! 明日は湖で狩りをするぞ! 虹鰐のステーキパーティーだ!」

 

「やった――! ワニ肉だ!」

 

「ご馳走だぞ――!!」

 

 男たちが歓喜の声を上げ、子供たちが飛び跳ねる。

 

「ヴァン様、捌くのは俺らに任せてくだせえ!」

 

「腹いっぱい食えるように、しっかり働きますぜ!」

 

 あまりの熱狂ぶりに、レイモンドは「そんなに旨いものなのか……」と、呆気に取られた様子で喉を鳴らしていた。

 

「さあ、肉が焼けたぞ! 皿を持って並べ!」

 

「「「「は――い!」」」」

 

 巨大な鉄板の上で、肉が弾ける快音を立てている。子供たちが我先にと駆けていくが、列を乱す者は一人もいない。

 それどころか、「お前、昨日体調が悪かったんだろ? これ、大きい方やるから早く元気になれよ」と、年上の子が年下の子を気遣う光景が当たり前のように広がっている。

 

 王国の辺境という、奪い合えば全員が滅びる不毛の地で培われた、彼らなりの『高潔な生存戦略』だ。俺が幼い頃から見てきた、バルクレイの誇るべき伝統でもあった。

 

「レイ、お前も食って行け。……ただし、酒はほどほどにしとけよ?」

 

 この半年間の共同生活で、俺は彼の酒癖の悪さを嫌というほど知っていた。だが、この記念すべき夜の号令は、どうしても彼に取ってほしかった。俺たちが今日こうして笑っていられるのは、彼が信じるに足る行動を示してくれたからだ。

 

「あはは。大丈夫さ、今日は一杯だけにするよ。馬で帰らなければならないしね」

 

「ああ。ここはまだ道が荒れているからな。ヤワな馬車じゃあ全滅しかねない」

 

 そうこうしているうちに、二千人の領民全員に、焼きたての肉と飲み物が行き渡った。

 

「おーし! 今日は記念すべき公国生活一日目だ! レイモンド、乾杯の音頭を頼む!」

 

 俺がそう叫ぶと、二千人の領民から、地響きのような拍手と歓声が上がった。

 レイモンドを「よそ者」としてではなく、「自分たちを救ってくれた英雄の友」として正しく受け入れている。焚き火の光に照らされた人々の顔には、確かな親愛の情が浮かんでいた。

 

「ふふっ。少し照れるけれど、一言だけ。……バルクレイの皆、ようこそレオニア公国へ! 私は、君たちを心から歓迎する。今日から共に歩んでいこう。乾杯!!」

 

「「「「「「乾杯――――!!」」」」」」

 

 夜空にコップが掲げられ、子供たちの弾けるような笑い声と、大人の豪快な飲みっぷりが夜の荒野を彩っていく。明日からはまた、魔物と対峙しながらの過酷な家作りが始まるだろう。

 

 それでも、俺たちはもう迷わない。信じ合える仲間、自分たちの誇り、そして受け入れてくれたこの公国の恩を胸に。

 隣で同じようにグラスを持つイリスと微笑み合い、俺は力強く、自分たちの未来に祝杯を上げた。

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