第26話 策士の盤面、王子の覚悟
私がイリス殿に振られて一週間ほど経ったある日、私の影が報告書を持って現れた。
「やはり、お二人は厄介払いされ、辺境に追いやられたようですな」
全ての書類に目を通した側近は、苦虫を噛み潰したような顔で口を開いた。
「彼らの活躍は、我が国にまで伝わっているというのに、彼らの価値を理解していないというのか?」
「そうだとしか思えませんな。聖女様に与えられた褒章が、他の『洗浄係』と同じ額だったそうですし。ご両親が亡くなったことすら伏せられていたと……」
「くっ! なんて酷いんだ! 確かに彼女が抜けたら、間違いなく勝てなかっただろう。だが、両親の死すら伝えられていないとは!」
呆れを通り越して、怒りが湧いてくる。親の死に目にすら会えないなんて、国として、あってはならないことだろう。国の前に一人の人間であり、国の民なのだから。
「英雄殿に拾われていなければ、聖女様はもっと酷い扱いを受けていたかもしれませんな」
「許せない! お二人とも素晴らしい人格者で、私ですら彼らを尊敬しているというのに!」
「どうやら、王と第一王子が酷いようです。前回勝利した、北のグラディウス王国から巻き上げた金を散財し、底を尽きたからと、次は西の国に戦争を仕掛けようとしているようですね」
「なんだって? まさか、また英雄殿を招集するつもりじゃないだろうな!」
そんな扱いを受けるなんて酷すぎる。普通の領地であれば、やっと落ち着いて生活を始められるようになった頃だろう。辺境には聖女様がいらしてくださったから、他所よりは活気があると思うが。
「可能性は高いですね。この領地を隅々まで見て回り、領民に話を聞いたのですが、聖女様がいらっしゃるまでは、穀物の育たない土地だったそうです。それこそ英雄に与えるような土地ではありませんし……」
「まさか、わざと不毛な地を与えているのか!? お優しい辺境伯たちの気持ちを振り回し、領民のために働けと……領民を食わせるために食糧と引き換えに、戦争に出ろと言うのか!?」
「ええ、間違いないと思われます。彼らは国に振り回され、人々の命すら、自分たちの駒として弄んでいるのでしょう」
プツンと、私の中で何かが切れた。開き直った私は、しっかりと覚悟を決める。
「そんな扱いをするのであれば、私が彼らを預かろう」
「そうですね。ここまで酷い扱いであれば、彼らには『選ぶ権利』があります。預かるのは、英雄様のご家族と聖女様ですか?」
「馬鹿を言うな。彼らの素晴らしさは、領民も全員含まれるだろう。こんな不毛の地で、文句も言わず、領主のために働いているんだぞ? それも、聖女様が来る前からだ! どんなに素晴らしい領主でも、ここまで領民の統率を取ることはできまい」
「た、確かにそうなのですが……。まさか、辺境伯領の領民まですべて受け入れるおつもりですか!?」
「王は私が説得する。上手くいけば、この領土も公国が引き取ろう。この領地は不毛の地だと分かって与えているはずだ。簡単に明け渡す可能性は十分にある」
「殿下がおっしゃるのであれば、そうなるのでしょうが……いささか強引ではありませんか?」
「私の強引さなんて、王国のずる賢さに比べたら、可愛いものだろう? くくっ」
「ああ、殿下を本気にさせるなんて。王国も終わりましたな……」
ニヤリと悪い笑顔を浮かべた私の側近ジョルジュは、とてもやり手で賢い。これからどうするかを彼と話したかったのだが……。
「それでは、まずは辺境伯に全てを伝えましょう。私どもが手に入れた情報は、彼らに必要なものですし、彼らを無視して進めるべきではありません」
確かにそうだな。たとえこの行動がまごうことなき正義であったとしても、本人たちを無視して進めるべきではないだろう。
「分かった。辺境伯に時間を取ってもらえるよう頼んでくれるか」
「かしこまりました」
★★★
その日の夜、食事の後に時間を取ってもらい、辺境伯家の者たちと聖女様に集まっていただいた。側近が口頭で報告しつつ、辺境伯に書類を開いて確認させる。
「……と、いうことでした。このままでは、また戦争に巻き込まれてしまうでしょう」
「思っていた通りになったな。まあ、大丈夫だろう。今回はパスできるはずだ」
「そうだな」
辺境伯と英雄殿は分かっていたようで、ケロッとしている。しかし、パスできるとはどういうことだ?
「王家との決まり事でもあるのですか?」
「ああ、領内の戦える者が半数以上、前回の戦争に参加したからな。その場合、次の戦争は出なくてよいというルールがあるんだ」
「……それは、守られるのでしょうか?」
「あちらとしては、『食糧がないなら働け』と言っているのだろうが、今の辺境伯領では穀物が採れるからな。『今回は辞退させていただきます』と返事をするつもりだが……。またうちの領民を傷つけさせるわけにはいかないからな。何としてでも、戦争は回避したい」
「手があるのですか?」
「最悪は、俺が一人で王城に行ってくるさ。英雄が顔を出して断るのだから、さすがに駄目だとは言いづらいだろう」
ヴァン殿が名乗り出た。だが、それでは駄目だろう。英雄だけでもと強引に駆り出されるはずだ。
「駄目よ! ヴァン、そうやって一人だけ犠牲になろうとしているでしょう! 約束を忘れたの!?」
ヴァン殿の隣に座っていたイリス殿が、彼の胸に縋りつき、泣き出してしまった。
「い、イリス、大丈夫! 大丈夫だから、な? 必ず約束は守るから、泣かないでくれ」
「貴方のせいで涙もろくなってるのよ。ちゃんと責任取って……ぐすん」
「わ、分かったから。頼む、泣かないでくれ。イリスの涙にはどうしても弱いんだ」
状況は深刻なのだが、なんとも微笑ましい雰囲気だ。ヴァン殿はしどろもどろで、聖女殿には耐えがたい内容なのだろうが。
「聖女様、私どもに考えがあるのですが、お聞き願いますか?」
少し落ち着いてきたイリス殿に、ジョルジュが優しく声をかけた。
「……ヴァンが王都に行かなくて済むような、考えですか?」
「はい、もちろんです」
私の側近は、水を得た魚のように勢いよく、朗々と話し始めたのだった。




