第27話 公国側からの『提案』
ジョルジュは皆に向かってゆっくりと話し始めた。
「ここだけの話ですが、王城には我々の仲間が潜り込んでおります」
「まあ、そうだろうな。あれだけ詳細な資料を手に入れられる人間は、そうそういない。優秀な間諜がいるのだろう」
「はい、その通りでございます。私は彼らに、王城の中で味方を作るように伝えました。表向きではなく、心から英雄様と聖女様に心酔していらっしゃるような、『信者』と言ってもいいほどの方々をです」
「俺らのか? イリスはたしかにいそうだが、俺にはいないだろう。というか、俺がイリスの一番の信者だからな!」
『落ち着け、今はそこではない。せっかく最近は真面目……ではなかったが、まともになったと思っていたのにな』
呆れたオイラがヴァンに視線を向けると、満面の笑みでドヤ顔をしてきやがった。おいおい、間違いなく褒めていないからな。
「ごほん。それでですね。水面下では動き出していることもありますが、辺境伯閣下とそのご家族、聖女様、そして領民たちの今後を左右する内容もごさいます。ですので先に『提案』という形で案を出させていただいてもよろしいでしょうか?」
「『提案』というからには、こちらが断っても良いと?」
「はい、もちろんでございます。この話は、我々公国側にも利がある話であります。お互いが納得せずには進みませんし、勝手に進めることはしませんので、ご安心ください」
ほお。ジョルジュという男は誠実でしたたかだな。『提案』はするが、嫌なら実行しないと言っているのだから。水面下では人を動かしているのに、これが決定ではないのであれば、二の足を踏む羽目になる可能性だってあるのだ。
「具体的に、そちらの恩恵と、こちらの恩恵をお聞きしてもよろしいかな?」
辺境伯が少し考えてから口を開いた。彼からすれば、これ以上悪くなることはないだろうから、話だけでも聞く価値はあると踏んだのだろう。
「そうですね。まずは、英雄と聖女という『戦略兵器』を王国から切り離すことは、公国の安全保障に直結します」
「確かに、我が息子と聖女様がいらっしゃれば、どんな戦でも勝てる可能性は高い。怪我をしてもその場で治るのであれば、戦力が落ちないと同義ですからな」
「ええ、その通りです。我々公国からすれば、近くにいらっしゃることは脅威となります。そして簡単に『戦争をせよ』と命令する国王がいるのですからね」
「そうですな。言いたいことはよく分かります」
辺境伯は大きく頷きながらも眉をひそめている。自分の息子が『戦略兵器』だと例えられて、周りから見た辺境伯領の在り方を考えさせられたのだろう。
「そして、不毛の地と言われたこの場所が、今や大陸随一の穀倉地帯になりつつある。この技術と土地を、腐敗した王国に腐らせておくのは世界の損失だと思っております。最終的に、上手くいけばですが、この辺境伯領も公国の領土にするべく動いております」
「ほう、またこの地に戻れる可能性があると?」
「はい。王国側に『こんな不毛な土地、いらない』と言わせるための工作を仕掛けています。領民の皆様も、住み慣れた土地がよろしいでしょう。公国としましては、皆様がのんびりと過ごせるよう、最大限の手を打つ所存です」
「それなら悪くは無いな。領民たちも希望が持てる。最初は『領土を捨てて公国へ渡れ』と言っているのかと思ったからな」
人間ってのは面白いな。生まれた場所を離れるのは、命を捨てるのと同じくらいの覚悟が必要らしい。今の辺境伯は、ホッとした顔をしている。辺境伯夫人も、青くなっていた顔に赤みが戻ってきたな。
「これはレオニア公国にとっても、喉から手が出るほど欲しい利益がある話なのです。ですから、譲歩が可能な場面はできるだけ、そちらの希望に沿う形にできればと考えております」
「こんなにも条件が良いのであれば、私は構わない。そなたたちはどう思う?」
「俺はイリスや皆と離れなくて済むなら構わないぞ」
「わたくしもです。やっと帰ってきた息子や領民がバラバラになることだけは避けたかった。この領地に骨を埋めることができなくても、ここまでしていただくのです。わたくしもそれで構いません」
珍しく、辺境伯夫人がハッキリと言葉を発したな。いつも辺境伯の言うことに頷いているだけのイメージだったのだが。それほどに、この『提案』は彼らにとって、大事なことなのだろう。
「聖女様はいかがですか?」
「わたくしは……ヴァンや領民の方々が、戦争に行かなくて済むのであれば、それ以上は望みません。公国へ行っても、人を殺めるようなことをさせないと約束していただけますか?」
覚悟を決めた目でジョルジュとレイモンド殿下を睨むように見つめる主は、ギュッと両手を握りしめて返事を待っている。
「はい、もちろんでございます。公国としましては、兵士たちの訓練を指導していただけたらと思っております。辺境伯領に攻め入る者があれば、公国の兵士たちを出動させ、精一杯守ります。皆様も、公国の民となるのですから」
ニコリと笑顔を見せたジョルジュに、イリスは握りしめていた手を解き、ゆっくりと頷いた。
「わたくしも、公国に移動した暁には、公国の民として、人々を癒しつつ過ごせたらと思います」
「まだ詳細は言えませんが、内側から城門を開ける準備は整いつつあります」
不敵に笑うジョルジュに、一番引いているのはレイモンド殿下だな。
「……あとは、あちらからの『合図』を待つばかりです。それが届けば、すべてが動き出します」
ジョルジュはそう言って、意味深に窓の外、王都のある北の空を見上げた。何が起きようとしているのか。
世の中が動くような重大な話をしているのに、夜の静寂はそれを知らないかのように穏やかだった。
そして、その答えは数日後、蹄の音と共にバルクレイ領へと駆け込んできた「意外な三人の訪問者」によって明かされることになるのを、この時はまだ、知らずにいたのだった。




