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死地を駆け抜けた者たちのスローライフ〜用済みと捨てられた聖女と英雄。辺境で隠居のはずが、隣国王子に国賓スカウトされました〜  作者: 月城 蓮桜音


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第16話 飲んだくれに差した光

 治療を開始して間もなくの頃。オイラは領民の観察をしては、(あるじ)に報告を上げていた。

 

『あの爺さんは骨も真っ直ぐ繋がったようだな。まだ杖は手放せないが、前よりずっと足取りが軽そうだぞ』

 

「そう! それは良かったわ。他に、治療を急ぐべき患者がいたら教えてくれる?」

 

『ああ、一通り回っている。……そう言えば、一人気になる男がいるんだ』

 

「怪我の状態は?」

 

『左脚と、右手首から先の欠損。だがな……一番酷いのは、重度のアルコール依存症に見えることだ』

 

「えっ? アルコール?」

 

『ああ。そいつの妻は赤ん坊を背負って泥まみれで働いているんだが、当の本人は四六時中飲んだくれているようだ』

 

「それは……たっぷりお説教が必要ね?」

 

『くくっ、ガツンと厳しいやつを頼むよ』

 

「任せて!」

 

 オイラは街の外れにある酒場へと主を案内した。当然、荒事に巻き込まれないよう『狂犬』にも声をかけてある。

 

「イリス、こんな街の外れに何の用だ?」

 

「ふふっ、ヴァン様。これから『お説教』の時間よ」

 

「お説教! いいな、イリスになら土下座している俺の上に座ってもらって説教されたい……!」

 

『……ブレないところだけは感心するが、相変わらず主の耳には届いてなさそうだな』

 

「ああっ! イリスのイケズぅー!」

 

 口を尖らせて文句を言うヴァンに背中を向け、主は苦笑いを漏らす。最近、ようやく彼に向けられている好意に気づき始めたようだ。……まあ、オイラからヴァンに教えてやるつもりはないがな。

 

『おっと主、ここだぞ』

 

 古びた飲み屋の前で声をかける。主の明るい色のワンピースが浮いてしまうような、薄暗く湿った店だ。扉を開けて危険がないか確認するヴァンの腕の隙間から、主はスルリと店内へ入り込んでいく。そのあまりの迷いのなさに、オイラは苦笑してしまった。

 

「脚と腕を欠損した男性……。――いたわ!」

 

 主は迷いのない足取りで、ターゲットの男の正面に立った。

 

「貴方が『飲んだくれのミロ』ね?」

 

「ぶはぁっ! ミロ、すごい言われようだな!」

 

「全くだ。聖女様、こいつがこの街一番の『飲んだくれのミロ』ですよ!」

 

 周囲で豪快に笑い飛ばしているのは、非番の男たちだ。昼間から飲むのは感心しないが、博打や女遊びよりはマシだと妻たちにも黙認されている連中らしい。

 

「ミロ、貴方はなぜ治療に来ないの? 手足が欠損した者の治療は、もう全員終わっているはずよ」

 

「ふんっ。そんなの嘘に決まってるだろ……。どうせ俺は一生、役立たずの烙印を押されて生きていくんだ。放っておいてくれよ!」

 

「そうはいかないわ。貴方、家に残してきた妻や子供はどうするつもり? 赤ん坊を背負ってまで必死に働いている奥様に、申し訳ないとは思わないの?」

 

「うっ……だ、だが、どうしようもないじゃないか! 俺にはガキの面倒も、飯の支度もできねえ。家にいたって邪魔なだけなんだよ!」

 

「邪魔にならなければ、家に帰るのね?」

 

「えっ? ……まあ、そりゃあ、そうだが。昔のように働けるなら、俺だってやり甲斐ってやつがあったさ……」

 

「そう。じゃあ、そこに座ってちょうだい」

 

「はあ? 地べたにか?」

 

「黙って座れ」

 

 主に不遜な態度をとるミロに苛ついていたヴァンが、有無を言わさずミロの首根っこを掴んで床に座らせた。

 

「ありがとう、ヴァン様。……貴方、ここで見逃したら二度と治療に来なさそうだから。仕方ないわね、両方一気に『生やす』わよ」

 

「はあ? 生やすって、何を――」

 

 次の瞬間、ミロの体が鮮やかなオレンジ色の光に包まれた。

 直後、静かな店内に「バキバキッ!」と骨の軋む音が響き渡る。 

 光が収まったあと、そこには――まだ細くはあるが、真新しい左脚と、白く瑞々しい右手が生えたミロが呆然と座り込んでいた。

 

「う、腕が……て、掌も! 俺の体から、生えてる……!?」

 

 ミロは信じられないといった様子で目を丸くし、細い脚を撫で回し、強くつねった。じわりと広がる痛覚。それが現実であることを悟り、彼の目から大粒の涙が溢れ出した。

 

「す、すごい……。これでまた、戦いに行ける。次は、貴女様を守るために剣を……!」

 

 感激に震え、ミロが膝を突こうとした時。主が鋭く、けれど慈しむような声で言い放った。

 

「私を守る必要はありません。貴方がその手で支えるべきは、献身的な奥様や、貴方の背中を見ている子供たちでしょう。……彼らに恥じぬ背中を見せなさい。それが、私への一番の報いです」

 

 滂沱の涙を流しながら、何度も、何度も大きく頷くミロ。彼はきっと、誰よりも家族を愛する素敵な父親になってくれることだろう。

 

 だが、オイラたちはまだ気づいていなかった。

 

 そんな感動的な光景を、店の片隅からじっと見つめる、鋭く不穏な視線の存在に。

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