第15話 再生の日々
翌日から、怪我の程度が酷い者から治療が行われることになった。最初に治療をうけた領民は、戦争に最年長で参加していた老兵だったのだが、彼を治療するまでにも一悶着あった。
「じーさんから治療したほうが良いって!」
「小僧と怪我の具合は同じだろうが! 治してもらって、ちゃっちゃと働けぃ!」
「いやいや、俺は腕の筋力があるから、自分のこともそこまで困ってねぇから! じーさんは厠に行くのすら大変だって聞いたぞ!」
「だがなあ……」
「今日は、お爺さんを治療させてくださいね。そちらのお兄さんは、明日の朝にまたいらしてくださいな」
このままでは治療が進まないと思ったらしい主は、さっさと順番を決めてしまった。まあ、このまま争っていても、爺さんが治療することになっただろうからな。
「はいっ、女神様! 明日の朝に伺います!」
優しき車椅子の青年は、笑顔でその場から少し離れる。彼も爺さんも、両脚を切断されていた。片脚は戦争で、もう片脚は小さな傷が化膿し切断に至ったらしい。戦争中は不衛生な場所も多いから仕方ない。こうして領地へ戻って来れただけ、運が良かったと言えるのだ。
「あ……え? 小僧っ!」
「お爺さん、お婆さんが心配そうになさっていますよ? ほら、早く脚を治して、元気な姿を見せてあげましょうね」
有無を言わさず治療を始めたイリスに、領民は少し離れた場所から静かに、だが楽しそうに見学し、まるで自分の家族が治療してもらっているかのように怪我が治ったことを喜んでいる。
「ああ、聖女様! ありがとうございます! これで昔のように、婆さんと散歩ができます!」
「お爺さん、筋肉がつくまでは少しずつですよ! お婆さん、お爺さんが無茶をしないように、見張っていてくださいね」
「ああっ、は、はいっ。あ、ありがとう……ご、ございま……ああっ」
婆さんは爺さんの生えたての細い脚を見て、大泣きしている。爺さんは、嬉しそうに婆さんの肩をぎゅっと抱き締めながら、もらい泣きしているようだ。
『おい主、昨日は一本が限界と言ってなかったか? いきなり二本も生やして、自分の身を削るつもりかよ』
オイラの鋭い指摘に、主は少しだけ顔を青くしながらも、困ったように微笑んだ。
「……今日はお祝いですもの。お二人で歩く姿を、今日どうしても見たかったの。少しだけ、頑張っちゃった」
『……ったく。明日からは絶対に無理をするなよ。ぶっ倒れても、オイラは背負ってやれないからな』
近くにいた若者が爺さんに杖を渡し、「良かった!」「本当に良かった!」と共に喜んでいた。
「ふふっ。わたくしの与える救いと、神が願う救いは違うのかも知れないけれど……。わたくしは、皆の笑顔が見たくて聖女であることに誇りを持っているの」
オイラに向かって小声で教えてくれた主に、神が思っている以上の救いを人々に与えているだろうに、とお人好しな主に本気で呆れてしまう。
『主、神が求める救いは、もっと……そうだな、主が思うより重くないと思うぞ』
「そうかしら? わたくしなんて、自己満足に過ぎないもの」
喜ぶ領民たちを眺めながら、今度は深い切り傷のある者たちに声をかける。縫うのが遅くなり、動かすことが難しくなった傷跡を治療するのだ。この治療は毎日二十人行う予定だ。主いわく、「これくらいなら、寝れば回復する程度の治癒力だから大丈夫よ」だそうで。
教会の人間が言うには、治りかけの傷を正しく治療するのは小さな傷ですら難しいのだという。教会で治療を頼んでも無理だと断られた者たちの治療も引き受けたのだ。
「ああ、これでやっと息子を肩車してやれる!」
「鍬を振るっても痛くないぞ!」
「ありがたや、ありがたや」
主を拝む人間まで出てきたな。まあ、それだけの功績はあると思うから、このままで良いか。
「辺境伯閣下! 今日はもう、動き過ぎですからね!」
視界の端に映った辺境伯に、主が注意を促す。帰ってきた息子に爵位を譲ってから奥方と隠居しようと思っていたようだが、脚があるとジッとしていられないようだ。元々がそういう性格らしいから仕方ないだろう。
「筋肉痛がくるほど、痛めつけちゃダメですからね?」
「うぐぐぅー! もっとしっかりと筋トレしたいっ!」
叫ぶ辺境伯に、領民は「我慢しなきゃ!」「散歩で我慢ですよ」「早く良くなってくださいね!」と各々声をかけていた。領民は辺境伯を信用し、辺境伯も領地や領民を愛しているのだろう。
奥方がそんな夫の傍らで、回数を数えてあげていた。
「今日は十回までですよ。脚はもうダメですから、腹筋をなさったら? じゃあ、数えますよ。いーち、にー、さーん」
仲睦まじく筋トレをする辺境伯と、それを数える辺境伯夫人。心を閉ざしてしまった夫人を、領民はとても心配していたらしい。
戦争へ向かった者たちの亡骸と、共に帰って来るのは負傷した者たちばかりだった。戦争が始まり、半年も経った頃には、戦争に向かった領民の半数は怪我か亡骸となって戻って来たのだ。夫は脚を失い、最愛の息子はどうなっているのか分からない。
そんな中で心が耐え切れなくなったのだろう、彼女の瞳からは生気が失われてしまったのだと、辺境伯が到着した日の晩餐で説明してくれていた。
「お元気になられて、本当に良かったわ」
「ええ、本当に。辺境伯と夫人がいてくださったからこそ、領民は頑張ってこれたのですから」
「夫が動けるようになったら、私たちで領地を盛り上げていきましょうね!」
「ええ、もちろんよ!」
「精一杯の恩返しをしたいわね!」
領民は、一致団結しているようだ。辺境伯一家と共に明るく振る舞う彼らは、きっとこれからも笑顔で領地経営を手伝ってくれることだろう。主が……オイラが忘れてしまっていた『温かさ』が、ここには溢れていると、胸が温かくなるのだった。




