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死地を駆け抜けた者たちのスローライフ〜用済みと捨てられた聖女と英雄。辺境で隠居のはずが、隣国王子に国賓スカウトされました〜  作者: 月城 蓮桜音


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第14話 再度、刻み始めた時間

 歓迎され、挨拶を済ませて部屋に通された(あるじ)は、先ほど見たヴァンの父親である辺境伯や、領民の姿を思い出していたようだ。その表情はあからさまに暗くなっていた。

 

「きっと、彼らの……本当の戦争は、まだ終わっていないんだわ……」

 

『オッサンたちの、手足の消失を言っているのか?』

 

「ええ。明日の朝に場を設けるとヴァン様は言ってたけれど……足や手がなくなったのだから、当然大変でしょう。指がたった一本なくなっただけでも、そこに在ったことを理解している脳は、失われたことに戸惑う。そしてそれは、大きな不自由に違いないから……」

 

『それは、仕方のないことだ。戦争とはそういうものだからな』

 

「分かっているわ。頭では理解しているのだけれど……」

 

『無理はするなよ。こういう時だからこそ、自分を大事にすべきだ。動くべき時に動けないのは、聖女としてあるまじきことだからな』

 

「……ええ、そうよね……わたくしは聖女なのだから」

 

 やっと落ち着くことのできる場所へたどり着いたはずなのに、主は辺境伯や領民の怪我が気が気でないらしい。しかし、素直な体だけは疲労を無視できず、朝まで深い眠りに落ちるのだった。

 

 ★★★

 

 豪華な朝食が並ぶ食卓。辺境伯は相変わらず「品位ある領主」を演じ、淑やかにスープを口に運んでいる。

 

「……親父、無理しなくていいんだぞ?」

 

「何を言っているんだ、ヴァレント。聖女様の前だぞ?」

 

 恐らく、頑張って作っている「外向きの顔」ってやつか。すぐに化けの皮が剥がれるタイプの、薄っぺらいハリボテに見えるのは、きっと気のせいではないだろう。

 

「辺境伯閣下、朝のお祈りの後で、お足の治療をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「……ふむ、聖女様が仰るのなら。お手数をかけますな」

 

 落ち着いたフリをしているが、やはりハリボテ。机の下では、期待で膝がガクガク震え、食器類がカタカタと音を立てていた。

 

 ★★★

 

 朝の祈りを捧げ終えた主は、大広間の扉を開いた。大広間の窓は大きく放たれ、領民たちも治療を見守ることができるようになっている。

 

 治療の場には、朝の食卓には居なかった、ヴァンの母親も同席していた。彼女は美しいが、その瞳には光がなく、まるで精巧な人形のように表情を失っている。恐らく、夫の足や指先の欠損、領民の死。あまりに多くの「喪失」を見た彼女の心は、自分を守るために深い眠りについてしまったような状態なのだろう。

 

『……あの女、心ここにあらずだな。絶望に飲み込まれ、時を止めてしまったか』

 

「そうね。わたくしは精神干渉できる魔法は使えないから……長い時間をかけて、ゆっくりと回復させるしかないわね」

 

 小声で辛そうに呟いた主は、ぎゅっと目を瞑ってから、しっかりと前を向いた。

 

「それでは辺境伯閣下、治療を始めてもよろしいでしょうか?」

 

「も、も、も、もちろんだともっ」

 

 とても緊張しているらしい辺境伯は、車椅子の腕置きをぎゅっと握って目を瞑った。主は苦笑いした次の瞬間には、治癒魔法を発動した。長い時間緊張させておくのが可哀想だと思ったのだろう。

 

 主の手から出現した柔らかなオレンジ色の光が足を包む。すると、骨が鳴り、肉が爆発的に再生していく激しい音がした。オレンジ色の光が落ち着く頃には音も収まり、その代わりに男の雄たけびが部屋中にこだました。

 

「……おお? おおおおお!? 熱いのか? いや、温かいんだな。力が、力が漲ってくるぞおおお!」

 

 大地を力強く踏みしめて立ち上がる辺境伯。目の前で、失ったと思っていた夫の活力と脚が蘇り、昔のように豪快に笑う姿を見た妻は、虚ろだった瞳に涙が溜まる。震える声でぼそぼそと何かを漏らしたようだが、領民たちの歓声で全く聞こえない。しかし、彼女の頬に朱色が差し、止まっていた時間がゆっくりと動き出したようだった。

 

「妻よ、見てくれ! スクワットもできるぞ! きっとまた、お前を抱いて草原を走ることもできるな!」

 

「閣下! まだ筋肉はついてませんから、そんなに動かないでいただけますか!? 私に出来るのは『生やすだけ』なんです……ごめんなさい」

 

「いやいや、こちらがお礼を言うことがあっても、イリスが謝ることなんて何一つ無いからね?! 親父、頼むから落ち着け!」

 

 父の回復以上に、母の心が動いたことに、ヴァンも密かに目頭を熱くする。皆で喜びを分かち合っているところに、主が突拍子もないことを言い出した。ヴァンだけはその声を拾い上げた。

 

「うーん。一日、一本なら……」

 

「ん? イリス、一本? 何が?」

 

「ええ、足はさすがにすぐ全員分とはいかないの。でも、一日一本なら……領民の皆様の足や手を生やせるわ」

 

 その場の空気が固まった。ヴァンの母親にいたっては、びっくりし過ぎて、全く動かなかった心が少しずつ、だがはっきりと感情を取り戻しているように見えるほどだった。

 

「い、いやいや! 十分だからね!? たしかに、怪我人が多いから聖女様であるイリスに手助けをお願いしたけれど、まさかこうなるとは思ってなかったからね、俺も!」

 

 辺境伯は、いきなりヴァンの首根っこを掴んだ。

 

「ヴァレント、稽古場だ! 貴様の三年の成長、この俺が直々に確かめてやる! 今の俺は誰にも止められんぞおおお!」


「えっ!? 親父!? 俺は今、イリスと話を――っ!」

 

「ああ……領主様ったら、地が出ていらっしゃるな」

 

「自分の脚がなくなったことよりも、ヴァン様と稽古ができないことにショックを受けてたからな、領主様は」

 

 年老いた者たちは、辺境伯の気持ちが分かるらしく、涙を流して喜んでいる。そして、この土地の領民は、我先にと治療を求めてくる者はいなかった。オイラはそっちの方がすごいと思ってしまった。ふざけたオヤジにしか見えないが、このオッサン(辺境伯)、実はすごい人なのかもしれないな? まったくそうは見えないが……。

 

『……やれやれ。主、見てみろ。あの筋肉ダルマの息子が、さらに巨大な筋肉ダルマに引きずられていくぞ。この家の品位とやらは、朝食と一緒に胃の中に消えたらしいな』

 

「まあ、シャドーったら。豪快なお父上だからこそ、ヴァン様が優しく逞しい息子として成長したのだと思うわよ?」

 

『そうだな……。優しくて逞しいのは間違っていないと思うぞ。変態だけどな……』

 

 後半はぽそりと小声で、主には聞こえないように悪態をついたオイラは、くるりと一回転して、主の肩に留まる。

 

「少しでも……皆の希望になれたら嬉しいわ」

 

 オイラに微笑みを見せ、辺境伯とヴァンが庭で戯れている姿を楽しそうに見ている主は、とても美しかった。

 

 ★★★

 

「おい、見たか? 領主様の脚が生えたらしいぞ!」

 

 翌日の朝までには、そんな噂が領内を駆け巡り、「聖女様!」「女神様!」と大騒ぎになったことは言うまでもないだろう。

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