45 まぶしさのわけ
「ルシウス君、逃げっぞ!」
私は絶賛気絶中のアホ渦巻きを肩に背負って脱兎のごとく走り出した。
「アルニャン、煙幕!」
「了解ニャ!」
闇魔法『黒煙』。
どっばああああんん、と黒い煙が広がった。
ヒュッポース要塞が混乱に包まれる。
私はオロオロしていたゴブリンを蹴倒して要塞から飛び出した。
荒れ地を全力疾走して、緑の大地――人間界側を目指す。
「おのれ、たばかったな!」
振り返ると、煙幕の切れ間に怒り狂うブケファラオスが見えた。
カブトムシじみた立派な角が根元から折れて、メスカブトになっている。
ブケファラメスだ。
不発弾と一緒に熊用スプレーも投げたから、ボロ泣きしていてちょっと可哀想。
死ぬ思いで足を動かし、なんとか迫撃砲を撃っていた山のいただきに到着。
眼下を見下ろすと、要塞から馬群が飛び出してきたところだった。
先頭に立つのは、もちろんメス将軍様だ。
「ユミーとヤーは無事逃げおおせたようだな」
ルシウス君がホッとした様子で言った。
でも、それは馬車がなくなっていることを意味している。
ボルテックス号だけがモグモグと草を食んでいた。
私とアルニャン、ルシウス君、そして、アホのエンヴィリッタ。
全員で乗ればさしもの名馬も走れはしまい。
「困ったときにはカタログギフトだ」
私は素早くページを走らせ、おあつらえ向きなものを見つけた。
「競技用馬車・馬付き、召喚!」
光の中からヒヒンと威勢のいい鳴き声がした。
二輪の猫車みたいな馬車と、葦毛の馬が登場する。
「シーナさんには驚かされてばかりだ。まさか、馬車を馬ごと召喚するなんて!」
ナイス・リアクション、ありがとよルシウス君。
でも、もうケツに火がついている。
さっさとこのアホ渦巻きを積み込んでくれ。
「ルシウス君はその馬車で前を行って。私とアルニャンがボルテックス号でしんがりを務めるから!」
「ニャン!」
「シーナさんが守ってくれるなら安心だ!」
競技用馬車が軽快に走り出す。
さて、ここからは馬上戦闘の時間だ。
「急げ! リトマスへ!」
ドドドドドド、と地滑りみたいな音を轟かせ、馬人系魔物の群れが追いかけてくる。
「この馬車、飛ぶように速いな!」
ルシウス君の金の髪が、緑の草原と青い空に映えている。
「でも、距離が縮まってきているね」
私は積ん読していた最後のカタログから短弓を召喚した。
「僕も剣技で援護しよう」
「狙うなら先頭にいる奴だよ」
私は群れから突出していた若い馬人を射た。
つんのめるように転び、後続の馬人を巻き込んで多重クラッシュが起きる。
「――輝剣・突!」
閃光が馬人の胸に穴を穿った。
また馬群が崩れる。
レーザー兵器みたいな感じ?
首輪外れてからルシウス君、めっさ強なってるやん。
「アルニャン、もういっちょ煙幕!」
「がってんニャ!」
ぼぐん、と黒い煙が後方に広がる。
見事に何も見えなくなる。
夜の道をヘッドライトもつけずに走ればどうなるか。
その答えは煙幕の中から聞こえる無数の悲鳴でお察しだ。
「おのれ! 貴様だけは決してゆるさぬぞ、『漆黒』のシーナァ!」
将軍様も大激怒だワハハ!
「可愛いし、役に立つし、可愛いし、最高だなアルニャンは!」
「ニャらっふん!」
私たちは風を切って疾走した。
遮るもののない大草原。
ボルテックス号の弾む足取りと突風みたいな向かい風が心地いい。
渦巻きのたてがみがストレートになる勢いで突っ走っている。
「ひゃっほおおおおおおー!」
と私は叫んだ。
「わあああああああああああああ!」
とルシウス君も声を上げながら輝く笑みを向けてくる。
「シーナさぁん! 実は僕、王子なんだ!」
「マジィー!?」
「大マジだよ! シュオーリア王国第二王子ルシウステス・ル・シュオーリア! それが僕の本名だ!」
うん。
まあ、そんな感じはしていた。
ルシウス君は、奴隷にしては品がよすぎたからね。
エンヴィリッタがしきりにルシウス君とくっつきたがっているのも納得だ。
ワンチャン自分が王妃にとか思っているのだろう。
アホだから。
「でも、あれ? シュオーリア王族はみんな青い髪で、水属性の魔力持ちだって言ってなかったっけ?」
ルシウス君はどう見ても金の髪に光の魔力だ。
「僕の母は王城勤めのメイドでね」
「わお。禁断のラブストーリーだったんだ」
「そういうこと。おかげで王位継承権争いとか、いろいろあって気づけば奴隷さ」
ルシウス君は楽しい思い出だったみたいにそう言った。
「おかげでシーナさんに出会えたよ!」
「森で熊に遭って喜ぶやつがあるか」
「言い得て妙だね、あっはっは! 僕にはそんな君が輝いて見えたんだ!」
ほら、憶えている? とルシウス君は振り返りながら言った。
「僕らが最初に出会ったときのこと」
憶えている。
冒険者ギルドで登録を終えた私の前に、エンヴィリッタが立ち塞がった。
そして、芋女と愚弄して……あ。
腹立ってきた。
あとで蹴ろ。
「君は領主令嬢であるエンヴィリッタ相手に一歩も引かなかったね。そして、言ったんだ。――私を見たらデカイ岩だと思いな。そこに道はねえ。おとなしく回れ右するか、避けて通るんだな。ペッ。――って」
ペッ、は忘れろや。
あんたの頭も蹴ってやろうか。
海馬が詰まっているあたりを丹念にな!
「僕はあの頃、自分の境遇を呪って塞ぎ込んでばかりだった。悲劇のヒロインにでもなった気分だったんだ」
まあ、そりゃ王子様一転、奴隷だ。
それもご主人様はエンヴィリッタ。
普通、グレるわ。
私なら腹切るねゼッタイ。
「そんな僕にとって、何ものにもとらわれず我が道を行くシーナさんは、とってもまぶしく見えた。前を向こうと思えたのはシーナさんのおかげなんだ! だから、ありがとう!」
まぶしいというのは私のセリフだ。
ルシウス君の笑顔は輝度が高すぎて直視不能だった。
「まあ、どういたしまして、だな」
私は照れ隠しでぶっきらぼうに言った。
頬がちょっと熱い。
私だけ照れるの、おかしくない?
「なあ、ルシウス君や」
「なんだい、シーナさん」
「もういっぺん言ってみろよ、アレ」
「あれ?」
「シーナさんは僕が守る。王家の剣に誓って、ってヤツ」
「んぅ……」
輝く顔がカーッと赤くなった。
ギャハハ!
このネタで当面からかってやろう!
そんな話をしているうちに、リトマスの町並みが見えてきた。




