44 光る君
「馬と鹿が歩いておる……。それを見た妙齢の女子がなんと言ったか」
6本腕で腕組みして、ブケファラオスはウーンと悩んでいる。
難問にぶつかった受験生みたいな真剣さだ。
そのまま、考えてろ馬鹿。
「逃げられそう?」
私はルシウス君に駆け寄って耳打ちした。
「……無理だ。今の僕には命令通り、命懸けで戦う以外の選択肢はない」
こうして戦いの手を止めるのも命令違反になるらしい。
首と首輪の間を電撃が飛び交い、ルシウス君は蹴られた犬みたいにうずくまっている。
「なんかこう、ないの? 首輪をパージする呪文とか、鍵とかさ。このままだとジリ貧なんだが」
「ない。エンヴィリッタにしか解除できない」
そのエンヴィリッタはまだ気絶中。
アルニャンが強めの往復ビンタでシバいているが、ウンともスンとも言いやしない。
もう死んでんじゃね?
「やっぱりシーナさんだけでも逃げてくれ。僕のせいでシーナさんが傷つくのは嫌なんだ」
ルシウス君は端正な顔に玉の汗を浮かべている。
そんなあんたを残して逃げられるわけないでしょうが。
「ルシウス君、言ったよね? 何が正解かは後にならないとわからない、とか、今はっきりしているのはこうするのが最善だ、とか。私もおんなじだよ。仲間を見捨てて逃げるなんてベストな選択じゃあない」
「仲間……」
ルシウス君は目を大きくした。
そして、少し笑った。
「シーナさんにそう言ってもらえるなんて、とても光栄だ。仲間の足は引っ張れないな」
ルシウス君が剣を手にした。
てっきり戦うんだと思った。
でも、剣の切っ先はルシウス君の喉に向いていた。
「んヴぉお……!」
ダメぇー、と叫ぼうとした。
でも、焦りすぎて魔物の咆哮みたいになった。
ルシウス君が自分の喉を突く寸前、私は剣を鷲掴みにした。
あうち。
ちょっと痛てえ。
「何さらしてんだ、てめえ!」
ビンタしてやった。
手加減を忘れたので後で腫れると思う。
「だって、こうでもしないとシーナさんは逃げないだろう!」
「こんなことしても逃げねえよバカ! これ以上、顔叩かせんな! 貴重なイケメンが世の中から減ったらどうする!?」
「減……え?」
私のイミフな苦情にルシウス君は目を白黒させている。
私は手を引いてルシウス君を起こした。
「最後までベストな選択をしようぜ? お互いな」
「でも、この首輪がある限り、僕は足手まといにしかならない……」
「案外引っ張ったら外れるんじゃね?」
私はルシウス君の首輪を両手でがつんと掴んだ。
紫電、めっちゃビリビリする。
でも、ブケファラオスの帯電剣ほどじゃねえな。
「む、無茶だ。この首輪は鋼鉄製で。人間の力で壊せるようなものじゃない……」
「だいじょぶ、だいじょぶ。私、人間やめてっから。――フンぬゥ!」
思いっきり引っ張ると、ギゴゴ、とイイ感じの音がした。
私は渾身の力を投入した。
ヘソのあたりで首輪を掴む都合、ルシウス君の顔が胸のあたりに来て、やべえ。
だいぶドキドキする。
ルシウス君の頬にも赤い斜線が引かれている。
私がビンタしたとこだ。
「こんな首輪、こうだあああああああ!」
メキ、ゴギギ……。
と首輪が悲鳴を上げ、――バギン!
私の10倍パワーが鋼鉄とやらをねじ切った。
その瞬間、間欠泉みたいに突風が吹いた。
ルシウス君の総身からパーッと光が飛び散る。
金の髪がスーパーサ○ヤ人みたいに逆立っている。
首輪が力を封じるウンヌンって話はガチだったらしい。
たぶんコレ、魔力だ。
ルシウス君の中からあふれ出して、……まっぶ!
まぶしい!
サングラスいるやつだ。
日頃から輝いているように見えたのは私の目の錯覚か、脳の誤作動。
でも、今のルシウス君は本当に光っている。
舞台で一人だけスポットライトを浴びているみたいになっていて、なんか光の粒子が吹雪みたいに舞っている。
「光の精霊だニャ。視認できるほど濃いニャんて、すごいニャ」
じゅるっとアルニャンがよだれをすすった。
妖精目線だとハンバーガーが舞い踊っているように見えるんか!?
「ありがとう、シーナさん。僕を自由にしてくれて」
ひゅぼぼぼぼぼぼぼ!
光の噴水を上げながらルシウス君が私に微笑みかけた。
まぶしすぎて目潰し。
こっち見んな。
ルシウス君は剣を手にした。
王国正統派剣術とやらの構え。
鍔に金細工をあしらった剣。
刃の先まで黄金に見えるのは、刃が光の精霊を束ねているからだ。
「ほう。くびきを逃れたか。貴様はもはや不羈の馬よ」
ブケファラオスは高みから余裕の笑みで見下ろしている。
まあ、そうだよな。
命懸けで戦えという命令は帳消しになった。
でも、馬人の足から逃げる方法は依然としてない。
未だに死地の真っただ中。
結局、私たちは命懸けで戦わないといけない。
どうしよ。
「安心してくれ、シーナさん」
髪の毛を逆立てたルシウス君がにっこりと笑った。
「シーナさんは僕が守る。王家の剣に誓って」
刃に光が集まっていく。
あたりが夜みたいに暗くなり、剣だけが太陽みたいに輝く。
「輝剣・閃――!」
ルシウス君が剣を振った。
ぴかっ、と光った。
その瞬間、ブケファラオスの胸に赤い線が引かれた。
そこがスイカみたいに割れた。
何が起きたかのかわからなかった。
でも、たぶん光の斬撃を飛ばした。
文字通りの光速。
この世で一番速い。
ルシウス君が剣を振るたびに、ブケファラオスの体から血が噴出する。
ばっさばっさと碁盤の目みたいに赤線が入っていく。
やべえ、ルシウス君、めっちゃ強え!
これは勝ったんじゃね!?
「バガハハハ、見切ったわ!」
アダマンタイトの大剣が光の刃を遮断した。
太刀筋から軌道を予測し、剣の腹で受ける。
それが、ブケファラオスが見つけ出した対処法らしい。
日傘をさされては太陽も形無しだ。
さすが将軍クラスの魔物。
頭は雑魚だが喧嘩は強い。
やっぱ討伐は無理ゲーだな。
「……?」
ふくらはぎのあたりがモゾモゾする。
太ももからお尻へ何かが這い上がってくる。
この感触はアルニャンだ。
「これを使うニャ!」
何か私の手に握らせた。
この手触り、重さ……うっわ。
私は戦慄を覚えて、身震いした。
まあ、60発も撃ち込んだからな。
1発くらいはそういうこともある。
「馬と鹿が歩いておる。それを見た妙齢の女子はなんと言ったか。その答えを教えてはくれぬか、『漆黒』よ」
ブケファラオスは構えを解いて、おっかない顔に威厳ある笑みを浮かべた。
「殺してからでは答え合わせができぬゆえな」
「答え言っちゃっていいの? 知恵比べで負けたことにならない?」
「よい。馬我輩もあれこれ頭をひねってみたが、答えにはたどり着けそうもない。将軍たるもの、下問を恥じぬ姿勢も時には大事であろう」
ふーん。
そっかそっか。
あんたは敵だ。
でも、ウチの領主よりは見どころがあるね。
将軍の器ってやつがある。
だからこそ、残念だよ。
「馬と鹿が歩いていました。それを見た美少女はなんと言ったでしょう。その答えはな――」
私は握っていたものをぶん投げた。
「コレだよオラア!」
ブケファラオスは刀で無造作にそれを斬った。
――迫撃砲の不発弾を。
ぼがぁんん!
と派手に爆発。
巨大な前脚ががくんと膝を屈した。
「ヘッ、馬ァ鹿!」
私は中指を立てて、また一段と女子力を落とした。




