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42 馬我輩の夢


「人間の若造よ、馬我輩ばがはいに向けたるその剣の意味を問おう」


 ブケファラオスは6本腕を広げて鷹揚に問うた。


「僕はどうやら君と戦わなくてはならないようだ。命懸けでね」


 ルシウス君が苦しげにそう返す。


「よいぞ、勇猛なる若造よ。貴様の挑戦を受けてやろうではないか」


 しかし、気の毒な奴よ、とブケファラオスは続ける。


「馬我輩を前にしてなお、全霊を賭すこと叶わぬとはな。その首輪が貴様の力を封じておることに気づかぬ馬我輩ではないぞ」


「負けた言い訳にするつもりはない」


「まっこと勇ましき奴よ。ならば、馬我輩が貴様をくびきより解き放ってくれる、首ごとな」



 ブケファラオスはアダマンタイトの大剣をむんずと掴んだ。

 それを両手持ちにし、上段に構える。

 さらに中段の腕が2本の剣をすらりと抜いた。

 そして、下段の腕がそれぞれ刀を抜き放つ。

 驚異の五刀流。

 バーガハッハッハ、とブケファラオスは嗤った。


「さあ、選ぶがよい。どの剣で死をたまわるか決めさせてやろう」


「悪いが、死ぬつもりは毛頭ない」


 そんなルシウス君を、私も死なせるつもりはない。


「アルニャン、援護よろしく!」


 私は頭蓋骨ヘルムをほっぽり投げて瓦礫の陰から飛び出した。

 ミスリャルの剣をしゃきんと抜いて、


「我、常闇に触れ、影なる衣を羽織らん」


 口の中で素早く詠唱。

 矢のように突っ込む。


「新手か! よいぞ、敵は多いほど楽しきものよ!」


 下段の刀が横薙ぎに走る。

 ジャンプでかわした私に、中段の剣が突き出される。


「――影纏カグマ!」


 剣が私を串刺しにした。

 水面に描かれた油絵のように虚像わたしが掻き消える。


「フンダヴァアッ!」


 アダマンタイトの両手剣が空を裂いて落ちてきた。

 ほかの刀剣とは比べ物にならないパワー。

 ずがん、と地面が割れて、いろんなものが飛び散った。

 両断。

 私はミンチになって臓物をぶちまけて死んでいた。

 原型すら留めていない。


「シーナさん……!」


 とルシウス君が悲鳴じみた声を上げる。

 が、問題ない。

 冒険者歴1か月。

 毎日魔物狩りをしていたから、アルニャンとの連携もすっかり板についていた。


「二段構えの幻影か! 面妖な!」


「ウリャアアアア!」


 私は可愛くない怒声でブケファラオスの上腕をぶった斬った。

 ……つもりだった。

 ヌムムムゥ、と。

 ゴムマットをカッターで切ったような鈍い感触。

 腕を両断したつもりが、浅い傷しかついていない。


「スキル『筋圧上昇パンプアップ』!」


 その傷も隆起した筋肉によって塞がった。

 筋圧止血だ。

 いやはや……。

 見かけ以上にバケモンだな、こいつ。


 初見で討伐は無理だと思った。

 けど、これは有効打を入れることすら無理なんじゃね?

 アホの命令のせいでルシウス君は逃げられない。

 戦うしかないクソ展開だ。


 採るべき選択肢は2つ。

 この馬のバケモノをぶっ殺すか。

 それとも、アホが目を覚ますのを待って命令を撤回させるか。


「アルニャン、あのアホを起こしてくれ。顔にうんこしていいから」


 私は小声で相棒に伝えた。


「妖精はうんこしないニャ! 顔、引っ掻いて来るニャ!」


 シュバババ、とアルニャンが走っていった。

 マジ頼むぞ。

 たぶん3分もたねえからな。


「この馬我輩に真っ向から挑み、手傷を負わせた者は半世紀ぶりぞ」


 ブケファラオスはバヒンと鼻を鳴らした。


「そこな女よ、名乗ることを許そう」


 魔物たちの間にザワザワと波紋が広がった。

 あのブケファラオス先輩が名前を訊いたぜ。

 あの転校生、ナニモンだ!?

 みたいなザワザワ。

 外野はどうでもいいけど、時間稼ぎは大事だな。


「さぁて、名乗るほどの名前があったかねー」


 私は遠い思い出でもたどるような感じで、赤茶けた魔界の空を見上げた。

 3秒くらい稼げたと思う。

 なんとか、あと5秒稼ぐべ。


「あえて名乗るとすれば……」


 なんだろう?

 女神に派遣された魔物スレイヤー?

 でも、今は領主家のアホどもの尻拭いをさせられているだけの可哀想な女の子だな。


 私はミスリャルの剣で肩をトントンしながら言った。


「リトマス家のお尻拭き、シーナさんとでも名乗っておこうか。ケツの汚ねえ駄馬どもがァ。ぶち殺してやる!」


「ほほう。では、貴様があの『漆黒』か」


「……?」


 え、何?

 わいの悪評、魔界にまで轟いとるんか。

 だいぶ嫌なんだが。

 昔、わいがオネショしたとき、親戚がみんなその情報を掴んでいたのと同じ嫌さだ。


「ずいぶんと魔物を狩ってくれたようだな」


 ブケファラオスは凶悪な笑みを浮かべている。

 怨敵許すまじィ、ってえくぼに書いてある。


「雑魚どもを狩るだけなら見逃してやったものを。馬我輩の前に出てきたが運の尽きよの」


 いんや、リトマス家のお抱えなんぞになった時点で私の命運は尽きてたよ。

 あんたもアホどものせいで要塞オシャカにされて災難だったな。


「えっと、そのバガハイって何?」


 私は質問で時間を稼ぎつつ、意識をアルニャンのほうに向けた。

 エンヴィリッタを引っ掻いているらしい。

 それでも起きないので、落ちていた石でガツン。

 その調子だ。

 頑張れ。


「おおっ! 関心があるか! 貴様、目の付け所がよいな!」


 ほんの時間稼ぎのつもりだったけど、ブケファラオスは思ったより食いついてきた。


「馬我輩とは、すなわち我輩と同義よ。馬であることを強調しておってな。馬人系魔物たる馬我々(ばれわれ)のための一人称と言えよう。しかし、馬我輩は海のごとき心の持ち主ゆえ、たとえ別種の魔物でも、場合によっては人間であろうとも、馬我輩の認めた勇猛なる戦士ならこれを名乗るを許すつもりでおる。馬我輩とはすなわち強者の証よ。いずれは魔王陛下にも馬我輩を名乗っていただくつもりだ。これぞ馬我輩の夢と見つけたり! バーガハッハッハ!」


 馬鹿みてえな夢だった。

 逆に応援したくなった。

 ガン馬レー。


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