38 三馬将
ひゅんひゅん、――ガッ。
私の剣が天井に突き刺さった。
地下牢の通路を塞ぐ感じで、大きな影が立っている。
半人半馬の魔物、剣闘馬人だ。
半人つか、鬼みたいな顔だな。
角もあるし、腕が4本も生えている。
体躯もほかの個体よりひと回りデカイ気がする。
「変異個体のケンタウロスか」
4本の腕に剣を2本、盾を2枚。
めっちゃ強そう。
「いかにも。この我をそこいらのケンタと一緒にされては困るぞ」
意外にも流暢にそいつは声をかけてきた。
ケンタって……。
「我はブケファラオス将軍が右腕にして、三馬将が一人。『剣多腕馬人』と恐れられし稀代の猛将、フォーダバーである。この名を知らぬとは言わせぬ」
お決まりだが、知らねえよ。
あっちいけ。
獣臭えな。
フォーダバーは折れた剣を眺めて嬉しげに口角を上げた。
「ほう! 我が剣を叩き折るとはな。女の細腕でよくやる。だが、ここまでだ。要塞を襲った謎の爆発。貴様が一枚噛んでいるようだな。臭うぞ、爆薬の臭いが」
「だろうね。私、趣味でよく爆薬食べてるから。友達にもよく言われるんだ。すぐ爆発するよねって。お前も私の爆裂パンチでミンチになりたくねえならソッコーどっか行けや。そのへんパカラってろ、駄馬」
「威勢のいい奴よ。だが、この絶望的状況から逃れうるすべが貴様にあるのか?」
ちゃきん、と切っ先が鼻に向けられる。
「チッ」
……ねえよ。
丸腰で袋のネズミ。
私一人ならなんとかなるかもしれないが、後ろにはツネッコもいる。
この狭い牢内で私らモンスターが暴れたら、ツネッコがフードプロセッサーに入れられたトマトみたいになっちまう。
可哀想。
私はチラと天井を見た。
ミスリャルの剣。
なまじ切れ味がいいせいで、天井にぶっ刺さりやがった。
落ちて来いよコンニャロ。
「……」
もぞもぞ、もぞ。
背中でネズミが這うような感覚。
アルニャンが私の背中でロック・クライミングしているらしい。
そろりそろりとゆっくり尻のほうに下りていく。
いいぞ、いいぞ。
「いかなる手法をもって我らが要塞を半壊に追いやったか、貴様には尋ねればならぬな。口だけついていればよい。その手脚、ここに置いてゆけ」
フォーダバーが剣を振り上げる。
「待って!」
バッ、と。
黒い影が私の前に跳び出した。
ツネッコだった。
「オレ、魔王軍に寝返る……!」
震える声でそう言った。
「もちろん、姉御も一緒だ。オレの姉御、ちょっと頭おかしいとこあっけど、すっげえ強いんだ。だから、な? オレらを魔王軍に入れてくれよ。きっと役に立つからさ」
「ほう。裏切りというわけか。なるほど、貴様らは黒髪だ。さぞや肩身が狭い思いをしたことであろうな」
「そうなんだ。毎日毎日後ろ指さされてよ、オレはもう人間界なんて嫌だ。姉御と魔界で暮らす。シーナの姉御さえいたら、オレ何もいらね」
命乞い。
でも、半分はツネッコの本心だと思った。
私はちょっと悲しくなってしまった。
「……」
もぞもぞ。
そうこうしているうちに、アルニャンが私の腰のベルトからするりと何か抜き取った。
その調子だ。
なるべく急いでくれ。
「頼むよ、馬。オレらを仲間に入れてくれよ」
「……ふむ」
フォーダバーの剣が少し下がった。
「たしかに、そこな女は見どころがある。不意打ちしてなお、我が剣を折るほどだ。面と向かい合えば後れを取ったは我であったやもしれぬ。よかろう。その女は特別に我が取り立ててくれる」
「ほんとか!?」
「だが、貴様はいらん」
光が落ちてきた。
その銀色の閃光がツネッコの頭をカチ割る寸前、私はツネッコを押し倒した。
肩口に焼けるような熱感。
バリ痛い……。
うわあああんん、とすぐ下で声が上がった。
ツネッコが赤ん坊みたいに泣いていた。
「やっぱりオレ、いらない子なんだ。オレの居場所なんかどこにもないんだ」
「馬鹿だね、あんたは」
黒い髪をなでなでしてやる。
「あるだろうが、居場所。私がいるだろ」
涙で濡れた目が私を見上げる。
「姉御ぉ……」
「おう」
抱きしめてやる。
「世の中、人間側か魔王側かだけじゃない。私側ってのもあるんだぜ? ツネッコ、あんたはどれを選ぶんだい?」
う、う、と嗚咽しながらツネッコは息を吸い込んだ。
「オレ、姉御側がいい。一生姉御についてく!」
「よし! なら、あんたは今日から私の実の弟だよ!」
「うん! ……妹だけど」
帰ったら異世界の衣装をいっぱい取り寄せて、ツネッコで着せ替えしてやる。
ケモ耳ウェイターにケモ耳学ラン、ケモ耳虫捕り少年、ケモ耳野球小僧。
すげえ楽しみ。
死んでも死に切れん。
フフフ、とフォーダバーが不敵に笑う。
「今生の別れは終わったかね? いや、別れずともよい。ともに送ってくれよう。我が剣の一撃にて」
「うっせよ駄馬! 私がてめえを発送してやる。地獄にな!」
「ニャ!」
――ぴと。
冷たいものが手に触れた。
ナイス、アルニャン!
「くらえや、熊用スプレー!」
私は手にしたものをスチャ、と構えて、レバーを引いた。
Bランクギフトが真っ赤な霧を噴射した。
「だばあッ!? ……フばああ!? 目がばあああああ目ばああああああッ!」
フォーダバーが折れた剣を捨て、目を拭う。
私はその剣をキャッチした。
「ダムバアアッ!」
フォーダバーが剣を横に薙いだ。
その下をスライディングで掻い潜り、私は駄馬の背に飛び乗った。
「死ね!」
とか、シンプルisベストな暴言を吐いて、心臓あたりをぶっ刺す。
そのままスリーパーホールドで締め落としにかかる。
「ぐだヴあぁウ……ッ!」
フォーダバーは派手に暴れた。
が、ダバっと。
最後は事切れた。
ふん。
駄馬がァ。




