31 切り札
深いため息が領主邸に響いた。
アッシディウスは執務机に突っ伏して眉間を揉み、その娘のアホ渦巻きは冷え冷えしたフロアタイルの上に転がされている。
簀巻きで。
「矢文によると、開戦は明日の朝だ。魔王軍はヒュッポース要塞を打って出て、このリトマスに攻め込んでくる」
長い沈黙の後、アッシディウスはかすれ声でそう言った。
「宣戦布告か。……いや、先に布告したのはこっちか」
こっちというか、コイツだが。
私は簀巻きの渦巻きを見下ろした。
蹴っておく。
「あひん!」
「うっせ! 黙ってろオラ!」
「ぴぎョ!?」
意識を刈り取っておいた。
ああ、刈り取り足りねえ。
永遠に刈り取ってやりてえ……。
「マジで最悪だな。こいつのせいでこの町、戦争になるのか……」
アッシディウスの青い顔は開戦後の悲惨なシナリオを如実に物語っている。
怖いが、訊こう。
「勝算は? 40パーくらいはあるんですよね!?」
「……」
「おい、なんか言えよ渦巻きひげ!」
「かなり厳しいだろうね」
アッシディウスの代わりに口を開いたのはルシウス君だった。
輝く白皙の顔も今は暗い影が落ちている。
「敵は強大だ。なんせあの『万馬将軍』の畏名を持つ風厳馬雷王だからね」
知らん人だ。
人かどうかも知らんが。
「ええっと、誰?」
「ブケファラオスは馬人系魔物の王種個体で、馬人系の魔物を多数従える強力な魔物だ。大規模な騎馬軍団を想像してくれるといいかな」
そういえば、巨怪馬人の群れの討伐依頼をリズさんに紹介されたな……。
魔王軍の騎馬隊だったのか。
「ブケファラオス率いる『ヒュッポース風雷騎士団』は草原の覇者と呼ばれているんだ。文字通りの人馬一体から繰り出される疾風迅雷の攻撃は、圧倒的の一言に尽きる。人間側の騎馬隊がロバの群れに見えるほどらしい」
ルシウス君は切れ長の目を窓の外に向けた。
「それに、地の利も敵方にある」
リトマスは広大な草原地帯に面している。
馬に乗って駆けたら気持ちいいだろうなぁ、と常々思っていたが、騎馬隊に気持ちよく駆け回られるのは困るな。
「現有兵力では籠城戦しかないだろうね。でも、火矢を射掛けられれば、逃げ場のない城壁の中で蒸し焼きにされるのを待つばかりだ」
流暢に戦を語るルシウス君。
軍事に通じる奴隷ってのも珍しいな。
「で、領主様のほうはそろそろしゃべり方を思い出しました?」
「……うむ」
顔をべろりと拭ってアッシディウスは陰気なツラを持ち上げた。
「ルシウス殿の言う通りだ。リトマスの領兵だけでは亀のように籠もるくらいしか打つ手がない。すでに、伝書鳩を飛ばし、シュオーリア王国軍に出動を要請している。しかし、いかんせん急な開戦ゆえ、到着まで数日を要するであろう」
「それまでに甲羅の中身が無事ならいいですね」
「無事とはいかぬだろうな。私は領主として領民を第一に考えるつもりだ。最悪、娘の首を差し出して事を収めるしかあるまい」
「え、それ、すんごい名案! 今やりましょう! ただちにやりましょう! さっそくやりましょう! 善は急げで!」
「……」
アッシディウスに胡乱な目で睨まれた。
んだよ?
私がやらなくても結果は同じだぞ?
町が燃えれば怒り狂った領民たちがエンヴィリッタの首をチョン斬リッタにやってくる。
無論、私も協力する。
全力でねっ!
アッシディウスは立ち上がってエンヴィリッタの傍らにひざまずいた。
青い渦潮ヘアをさらりとなでる。
「いかにも。すべての責めを負うべきはエンヴィリッタだ。この子は愚かしいことをした。しかし、なぜだろうな。手のかかる子ほど愛おしく思えてくるのは」
知らねえよ。
だが、あんたみたいな奴をなんと呼ぶかは知っている。
親バカだ。
親バカLv.100だ、このバーカ!
「それに、遅かれ早かれ敵は攻めてきただろう。魔王復活などという話もあり、奴らは活気づいておった。こうなるのは必然と言えよう」
それっぽい理屈こじつけてアホ娘をかばうな。
この親にしてコイツありだぜ。
領民はとんだトバッチリだ。
「アッシディウス、そろそろ方針を決めないと」
「うむ」
ルシウス君に促され、アッシディウスは決然と立ち上がった。
なんか私を熱心に見つめている。
「事ここに至っては先制攻撃よりほかになし。今こそ切り札を切るとしよう」
おっ。
さすがに国境の町を治める領主だ。
策の1つ2つ、そりゃ持っているよな。
魔法の粋を結集した秘密兵器的なヤツが領主邸の地下に眠っていたりして。
アッシディウスはおごそかに言った。
「我がお抱え冒険者『漆黒』のシーナよ、リトマスの命運を君に託そう。頼む、なんとかしてくれ!」
私はずってーんといきそうになった。
切り札、私なのかよ……。
なんとかしてくれ、じゃねーよ。
「現実的なプランで言えば……」
ルシウス君がシャープなあごに手を当て、案を述べる。
「ブケファラオスの暗殺だろうか。……うん、シーナさんなら十分いけるな」
「あんたには私が何に見えてんだ、ルシウス君よォ?」
「ボクにはデカイ大砲に見えるニャよ?」
肩の上でアルニャンが笑った。
かっちーん。
窓の外に投げ捨てておく。
「うむ。少数精鋭による斬首作戦か。ありだな」
ねえよ、とアッシディウスに至近距離でガン飛ばす私。
稀少金属を調達する依頼が、敵の親玉の暗殺依頼に変わりつつある。
しかも、その理由ってのがアホ親子の尻拭いときたもんだ。
狂ってやがるぜ……。
「シーナよ、善は急げと君は言ったな?」
「あー、言ってない」
「ただちに出撃せよ。必ずや敵将の首級をあげるのだ」
「えー」
「えー、ではない! 拒否すれば極刑と心得よ」
「めっちゃヤー……」
私はない頭を絞って、なんとかロジックをひねり出した。
「冒険者って戦争に参加しちゃダメなんじゃなかったでしたっけ?」
いち市民にすぎない冒険者が武装できるのは、いかなる政争にも参加しないという制約があるからだ。
「ルールだもんなぁ、守らないとなぁニチャア」
勝った、と思った。
私の完璧な論理武装はしかし、アッシディウスによって無惨に踏み砕かれた。
「それは人同士の戦争に限った話である。魔王軍は人類共通の脅威。冒険者どころか買い物帰りの主婦さえも動員せねばならぬ」
大根で戦うのかな?
スケルトンなら倒せそう。
「総動員か……」
ツネッコの顔がチラついた
せっかくあの子にも居場所ができたのに、モップの代わりに竹槍持って突撃はひどい話だ。
見渡したが、ツネッコの姿はなかった。
「無論、戦争とならば先陣を切るは我が精強なるリトマス領兵である。しかし、君にも奮闘を願いたい。我らが希望、シーナよ」
何が希望だ。
勝手に祀り上げてんじゃねえよ。
ケッ。
「まあ、やるだけやってみますよ」
私はダンジョンより深いため息をついたのだった。




