29 ろくでもない用件
「わたくし、結婚いたしますのことよ!」
狭い部屋にエンヴィリッタの高らかな声が響いた。
「粗茶でごぜえますです、オホホ」
がちゃん、とツネッコが紅茶を差し出す。
ティーカップがちゃんとソーサーの上に載っている!
えらいぞ、ツネッコ!
でも、こんな奴に飲ませる茶はねえ。
私が2杯飲むことにした。
ズズズ……。
「結婚おめでとう、エンヴィリッタ。お相手の方が気の毒だね」
「あら、ずいぶんと余裕がおありですのことね、シーナ・カタギリ。わたくしのフィアンセが誰か知れば、あなたはきっとショックのあまり死んでしまいますのことよ」
あー、そのへんはもう見当がついている。
エンヴィリッタの傍らでげっそりしているルシウス君を見れば、ね。
「なんと、このルシウスですのことよ! 今どんなお気持ちですの? 愛しい人を盗られた気分は」
「なんとも思ってねえよドアホ」
ルシウス君は確かに得難いイケメンだ。
好青年だし、よく光る。
暗いところではさぞ役に立つことだろう。
でも、別に結婚しようとか思ったことはない。
町でイケメンを見るたびに結ばれたくなるような奇病に、私ゃかかっちゃいないのさ。
「なんとも思わないか……。そうか」
ルシウス君はしょんぼりとうなだれた。
いじけた感じになっている。
「自慢しに寄っただけか? 用がすんだら帰れ」
「あらあら、本題はこれからですのことよ!」
マホガニー製高級丸テーブルの向こう側で、エンヴィリッタはにんまり笑った。
「シーナ・カタギリ、あなたはリトマス家のお抱え冒険者ですのことね?」
「極めて不本意かつ大変遺憾ながら、そうだね」
「でしたら、領主令嬢たるわたくしの依頼は命令も同じですのことよ」
「依頼と称して嫌がらせってか?」
「勘違いなさらないでくださいまし。わたくしはあなたに栄誉を差し上げたいのですわ」
「栄誉だぁ?」
「わたくしとルシウスの結婚式に花を添える栄誉ですの」
回りくどい奴だな。
単刀直入に言えよ。
私のパンチみたいにな。
「シーナ・カタギリ、あなたには特別な金属を見つけてきていただきますわ」
「特別な金属?」
「王断魔鋼ですの!」
これですわ、とエンヴィリッタは高そうな小箱を開けた。
ビロード張りになった内側に、ひと振りのナイフが収められている。
藍色とオレンジが混ざった独特の刃文。
ダマスカス鋼にちょっと似ている。
「これがアダマンタイト……」
ただの金属じゃない。
妖気とでも言えばいいの?
見ていると呑まれそうな異様さがある。
私は身震いを腕組みで誤魔化した。
「そうですわのことよ。これひとつで王都に豪邸が建ちましてよ。我がリトマス家が誇る最秘宝とでも言うべき伝家の宝剣ですの」
「剣というか、ペーパーナイフだね。つか、伝家の宝剣、いくつあんだよ?」
でも、これ1本でウン億円はヤベエな。
私は泥棒猫が粗相をいたさないよう、首根っこをガッと掴んだ。
「アダマンタイトは世界で最も稀少な金属なんだ。その価値は聖翔銀を遥かにしのぐ。比較にもならないレベルでね」
ルシウス君が解説をくれた。
そういや、カタログギフトの刀剣特集にも載っていたな。
アダマンタイトの剣はどれも最高級だった。
「冒険者の頂点もアダマンタイト級と言われているね」
ちなみに、私は銀等級。
下から2番目。
冒険者の平均さ。
「そのアダマンタイトをどうするつもり?」
私の問いかけに、エンヴィリッタは勝者の微笑みで応じた。
「わたくしとルシウスの愛の象徴、結婚指輪の素材に使うのですわ! オホホ!」
世界で最も貴重な金属で、人生最高の瞬間を祝う。
そいつは素敵だ。
新郎にとっては最悪の呪物だがな。
「ねえ、今どんなお気持ちですの?」
「あ?」
「あなたはわたくしとルシウスの結婚を祝うために、汗みずくの泥まみれとなるのですわ。これ以上ない敗北ではなくて?」
それで勝ったみたいな顔していたのか。
趣味わっる。
性格まで渦巻きかよ。
「別に」
と私はぶっきらぼうに答えた。
敗北も何も、お前と競ってねえよ。
アホと争うのはアホだけだ。
同じレベルのアホを探すんだな。
「惨めですわね、シーナ・カタギリ!」
「惨めなのはルシウス君だよ。可哀想に」
「うう……」
ルシウス君は悲愴を極めた顔でうなだれた。
奴隷の首輪がある。
どんな無体にも逆らえない哀れな身だ。
「ああん! 楽しみですわ! あまりの強靭さゆえに加工さえ不可能と言われる至高の金属、アダマンタイトの結婚指輪! 決して砕けぬ愛の鎖となるはずですのことよ! オッホッホー!」
加工できねえのかよ。
そんなもん、どうやって指輪にすんだよ。
ボケで言っているなら、いくらでもツッコミ入れてやんぞ?
グーでいいんか?
肘もあんぜ?
「で、そのアダマンタイトってのは、どこにあるのさ?」
「それが……」
ルシウス君が凄まじく罰の悪そうな顔をした。
「場所は魔王軍の前線基地『ヒュッポース要塞』。そこを治める魔王軍幹部がアダマンタイトの剣を持っているそうだ」
私は片眉を上げて疑問を呈した。
「え、金属なんでしょ? 鉱山とかにあるんじゃないの?」
「アダマンタイトは古代文明が遺した金属だからね、製錬法も加工法も失われてしまっている」
「既製品を取り合うしかないと?」
「その通りだ」
「しかも、苦労して持ち帰っても、指輪には加工できぬと?」
「エンヴィリッタは愛の熱量でアダマンタイトさえも溶かせると信じているんだ」
イカレてて草……。
「要するに、こういうことだ。私はその魔王軍の幹部とやらを引っぱたくか蹴飛ばすかして無用の長物をパクってこなきゃならないと」
ルシウス君は口をつぐんで下を向いてしまった。
ほーら、やっぱりろくでもない用件だったよ。
「あら、拒否権なんてありませんのことよ?」
エンヴィリッタはフシャッ、と扇子を広げ、目線だけよこしてきた。
ニタニタ笑いをしているのは見えなくてもわかる。
「あなたはリトマス家のお抱え冒険者。わたくしの従僕……いえ、奴隷も同じですのことよ、オホホのホー!」
「あれ、どうして人って殺しちゃいけないんだっけ? 手が汚れるから? 足ならいいんだっけ?」
「姉御ぉ! 抑えろ抑えろ! 姉御が蹴ったらホントに死んじゃうから!」
「ニャー!」
1人と1匹に止められて、あえなく断念する。
ぱしゃり。
話は終わりとばかりにエンヴィリッタは扇子を畳んだ。
「最後にあなたがた民草が飲んでいらっしゃる粗茶をわたくしが吟味して差し上げますのことよ」
ティーカップを引きずり寄せ、鼻をつまみながら口に運ぶ。
「まあ! まるで泥水……オホ?」
水色の瞳がカッと開いた。
「お、おいしいっ! オホホォ!? おいしいでございますのことよ!」
そりゃ某王室御用達の茶葉だからな。
人生いつ死ぬとも知れない。
私は転生以来、高級志向なのだ。
ドヤ!
ホイッスルが鳴らされる間際に一矢報いてやったぜ。
同点ゴールだ。
さて、こっからは延長戦。
蹴られたそうなアホを部屋からキックオフだ。




