28 招かれざる客
カフェテラス修羅場事件から半月。
私が異世界に来て、1か月ほどが経っていた。
私は相も変わらず魔物狩りしてGPを稼ぐ日々を送っている。
あまりにも魔物をぶっ殺すものだから、冒険者たちの間では、
「『漆黒』の奴、魔物に両親を殺されちまったらしいぜ」
「たった一人で仇討ちしてるんだよな。泣かせる話じゃねえか」
とか、
「奴は正真正銘の異常者よ。魔物の死体でしか興奮できねえ体なんだってよ」
「それであちこちで血の雨降らせてんのか。おっかねー」
とか、いろいろ噂されるようになってしまった。
その甲斐あってか、ある日、こんなメッセージが届いた。
【魔物を100体討伐しました】
【女神から記念ギフトが届いています】
「わぁお」
魔物を一定数討伐すると女神がご褒美をくれるようだ。
【ギフトを受け取りますか? YES/NO】
「イエスっと」
光が集まってしおりサイズの紙きれが現れた。
んだよ、金塊とかじゃねえのかよ。
ヒラヒラしやがって。
「カタログギフト再発行チケット?」
紙面にはそうある。
これまでに消費したカタログギフトを1冊限り再発行できるらしい。
ええやん。
もう1回ヒュレイドラはん呼べるやん。
消費期限はないみたいだし、ここぞって場面で使うか。
「お、おじょじょ様。こちら、ご紅茶でおざいます、のことよオホホ」
宿の窓辺でカタログをめくっていると、執事服姿のツネッコがティーカップを持ってやってきた。
ガタガタ……。
ガチャガチャ……。
今にもひっくり返しそうでおっかない。
おまけに、カップの上にソーサーが載っている。
逆だろ。
それ蓋じゃないんだが。
「おーい。渦巻き弁がまじってるぞー」
「し、失礼つかまつったでござる……」
ツネッコが執事見習いになってそろそろ10日になる。
ルシウス君の口添えもあり、領主邸で働けることになったのだ。
私が冒険に行っている間、ツネッコはケモ耳執事を目指して奮闘している。
いつか、私をお嬢様扱いしてくれ。
なんなら、今でもいいんだぜ?
「だあー! もう面倒くせーな! おら、茶だ! さっさと飲みやがれってんだバーカ!」
「おい、貴様! 執事見習いの分際で無礼な! 私は自認お嬢様だぞ! 不敬罪で処してやる!」
私はレスラーのごとき低い構えからタックルをかまし、ツネッコをベッドに押し倒した。
そのままくすぐり散らかす。
「んきゃはははははふぁふぁふぁひいいいいいいいい!」
「いやあ、イイわ! たまらんわ! 私ずっとこうやって弟をくすぐり倒してみたかったんだよねー」
「弟じゃひひひひ、ねえよふあああああ」
「ぐニャア……!?」
ベッドで寝ていたアルニャンが肘打ちを食らって吹っ飛んでいった。
「どう? 領主邸ではこんなふうに可愛がってもらってる?」
「う、うーん……」
ツネッコは乱れた息を落ち着けてから言った。
「オレみたいな薄汚ねえガキんちょが領主んチで働けるなんて思ってもみなかったからな。ありがとな、姉御。オレ頑張っから! ――お返しだウリャアアア!」
「……」
「なんで真顔なんだよ?」
私は身体能力10倍だからな。
くすぐり耐性も10倍なのだ。
私を笑わせたいならステンレスのたわしを使うんだな。
そんなのどかな昼下がり。
奴は突如として私たちの前に現れたのである。
「オホホ! まあ、なんて貧相なお宿ですの。まるでネズミのおうちですわ。あなたにはピッタリですのことよ、オホホ!」
部屋をノックされたので開けてみれば、渦巻きヘアのお嬢様が鼻をつまんで立っていた。
後ろには照明器みたいな美少年の姿もある。
ドアホとルシウス君だった。
「何しに来やがりましたかね、お嬢様ァ?」
私は腕組みで仁王立ちする。
どうせ、ろくでもない用件だ。
問題は、どうろくでもないか、だ。
「立ち話もなんですのことよ。このネズミ小屋で構いませんわ。座らせてくださいまし。座る椅子があれば、のお話ですがオホホ!」
「椅子ぐらいあるよ? お前をぶん殴る用の椅子がな」
廊下でうるさくするとほかの宿客に悪いので、このアホを不承不承ながら入れてやる。
もちろん、ルシウス君は大歓迎してやるぜ。
「僕がシーナさんの部屋にお邪魔できるなんて。緊張するな」
とか感慨深げに言いながら服のほこりを払っているが、彼はワイの部屋をルーヴル美術館か何かだと勘違いしているらしい。
こんなとこ、馬房みたいなもんだ。
ほこりなら中で落としてくれ。
「まあ! なんて貧相なお部……や?」
部屋に入ったエンヴィリッタがキツネにつままれたような顔になる。
まあ、それもそうだろう。
私はカタログギフトで家具を多数召喚して、安宿をプチ・リノベーションしている。
間取りこそ猫の額だが、狭い空間に一流家具がギュッと凝縮されているのだ。
「おら、お嬢様よぉ。てめーに座らせる椅子なんかねえから、ベッドにかけてみろよ。ああン?」
私はエンヴィリッタをベッドに座らせた。
ふわぁあん。
ベッドが深く沈み込み、その雲のごとき柔らかさでエンヴィリッタの尻を受け止める。
「はぁあん……」
エンヴィリッタはそのまま背を預け、あっという間に目を細めた。
「あ、このベッド気になる? 一流アスリートも愛用している超・高級マットレス搭載のふっかふかベッドなんだけど」
私は勝ち誇った顔でアホを見下ろした。
しかも、シーツは魔道具で、ヒーリング機能付きだ。
軽傷なら寝ているうちに治るし、超絶安眠させてくれる。
私なんか10日に1日しか起きないからな。
すげえだろ?
「羨ましいって言ってみろよオラ」
「うらぁ……やぁ……すー、ぴー」
この野郎、眠りこけ始めやがった。
舐めてんのか。
「おいツネッコ、正しい茶の作法を教えてやる。まずはこいつの顔にホットレモンティーをかけてやれ。レモンとティー抜きでな」
「ただの熱湯じゃねーか」
「なら、レモンを鼻に突っ込め。法が許さずとも、私が許す」
「自分でやれよ……」
そんなやりとりを苦笑しながら見ていたルシウス君が、不意に深刻そうな顔になった。
「エンヴィリッタはまたよからぬことを考えているようだ」
よし。
起こすのやーめた。
熟睡させてやるか。
……永遠になア。




