27 カフェテラスにて
リトマスの目抜き通りを歩く。
見慣れてきた街並みがいつもより輝いて見えるのは、隣を歩くルシウス君の顔が高輝度だからに違いない。
「アルニャン、やべえ。私、食事のマナーとか一個も知らねえ。やべえ」
私は声を殺して肩乗りニャンコに助けを求めた。
イケメンに食事に誘われた。
食事。
それは育ちのよさ・悪さがすべてつまびらかにされる試練の儀式。
「たしか、ナイフは右手に持つんだっけ? 左手にも持てば二刀流やん。フフ……」
「笑ってる場合じゃないニャ。シーナが恥かくとこ、ボク見たくないニャ」
アルニャンは小さなおててで目を覆ってしまった。
見ざるだ。
そうはさせねえ。
私はアルニャンのおててを飛行機みたいに広げた。
お前は空飛佐助だ。
ぶぅうううんん!
「ここでどうだろう?」
ルシウス君が足を止めたのは、目抜き通りから少し奥まったところにあるカフェテラスだった。
華やかさと落ち着きのよろしきを得た、シャレオツな店。
えがったぁ。
夜景が見える高級レストランとかじゃなくて。
ここなら芋女の私も背伸びすればギリ入れる。
ただ、客層がカップルばかりってのは困りものだな。
「なんか私たち、デートしてるみたいだねヒッ」
「落ち着くニャ。興奮しすぎで変な声出てるニャよ?」
オッケー了解。
落チチいていこう!
「さあ、どうぞ。シーナさん」
ルシウス君が椅子を引いてくれた。
あらやだ、お嬢様になった気分。
「僕はハムサンドとリトマス・ティーを」
「お、同じモモモ……」
やばいな。
顔が光る奴が向かい側に座ると、まぶしくて何も見えん。
ロービームにしろよ。
運転手としては下の下だよ、ルシウス君。
「ええっと、それでご用件は?」
私はよそよそしく訊いた。
「先日はエンヴィリッタのことで迷惑をかけたからね、償いとお礼のつもりでランチをごちそうしようと思ったんだ」
ルシウス君は爽やかに答えた。
風が吹いて金の髪が揺れる。
心なしか風まで光って見える。
でも、よくよく見れば、ルシウス君は少しやつれた顔をしている。
目の下にはクマ。
原因は十中八九あの渦巻き女だな。
誘拐犯から救い出されたエンヴィリッタが、吊り橋効果の影響で、サカリのついた犬猫みたいに乱れ狂っているって話は巷でも噂になっている。
あんなのに四六時中ぐるぐるされるとかヤダー。
私なら鼻殴ってるわ、ガントレットで。
トゲ付きの。
「へえ。この国、シュオーリア王国っていうんだ。今更感」
「魔王領と長い国土で接しているから、『魔王軍の防波堤』という二つ名があるね」
「私の故郷は『不沈空母』とか呼ばれてたな」
「シーナさんの故郷って?」
「おいおい、乙女に故郷を訊く奴があるか。訊くならウエイトだろ。ルシウス君はもう……!」
話すことなんてあるかなと不安になったが、杞憂だった。
私はこの世界に無知なムチムチボディー女なので、質問魔になって悩殺すれば話題は尽きなかった。
「シュオーリア王族はみんな青い髪で、つまり水属性の魔力を持っているんだ。この国が水王領と呼ばれる所以だね」
ルシウス君は博識だ。
言葉遣いや挙措の節々から高い教養がうかがえる。
主人をすっぽかしてランチに出かける奴隷ってのも妙な話だ。
しかも、奢りってことは給料をもらっているわけで。
謎多きイケメン。
それがルシウス君である。
「シーナさんは本当にパワフルな人だね。僕も君みたいに破天荒な生き方ができたらいいのだけれど」
「私みたいに生きたいなら、まず筋トレだな。腕っぷしが10倍になれば怖いものはなくなるよ」
そこで話に一段落がついた。
ルシウス君は座り直して少しこわばった顔をした。
「その、シーナさんに確認しておきたいんだけど」
はて、なんだろね。
「君が黒髪の子供と手を繋いで歩いているところを目撃したという人がいて」
ツネッコのことだとすぐにわかった。
私もちょっと表情を硬くする。
黒い髪は闇属性――すなわち、魔王に連なる者の証だ。
実際はあまたある髪色のひとつにすぎないのだろうけど、この国の人たちは忌むべきものとみなしている。
やはり、領主のお抱え冒険者が黒髪の浮浪児と仲良くするのは世間体がアレなのだろうか。
でも、私自身が黒髪だしな。
「た、単刀直入に訊こう」
ルシウス君はやや前のめり気味に言った。
「その黒髪の子は君の子供なのか?」
「……は?」
はあ?
は?ofは?
「ハッハッハ! 何言ってんだ、あんた」
私は肩を竦めてあきれ顔だ。
説明しよう。
あの子はそのへんで拾った子で、黒髪のよしみで世話を焼いているだけなんですよ。
「そうか。よかったぁ……」
ルシウス君は嫁の浮気疑惑が晴れた夫みたいなリアクションをしている。
「何がよかったって?」
「いや、君に特定の人がいなくて」
それはどういう意味で捉えりゃいいんだい?
ぼっちざまあ、とかなら私は今からルシウス君を張り倒さなくてはならなくなる。
たっぷり振りかぶってからバチーンだ。
「あ、そうだ」
今度は私が前のめりになった。
「領主邸ってさ、黒髪ケモ耳ボーイッシュ美少女メイドを募集してたりしない?」
しているなら、ツネッコを雇ってくれ。
あの子は粗暴なところがある。
貴族の屋敷で奉公すれば少しはマシになるだろう。
私が冒険に行っている間の居場所にもなるし。
「たしか、執事見習いなら募集していたと思うけど」
「じゃ、それでいいや。男装させるから」
「え……」
ルシウス君が戸惑いの声を上げたのは、私がトンチキなことを言ったからではなかった。
揺れる金の瞳が、私の後ろを見ている。
振り返ると、そこには渦潮ヘアを逆立たせたエンヴィリッタがいた。
私とルシウス君を交互に見て、ムキイイイイとする。
なんだろう、この不倫現場にサレ妻乱入みたいな修羅場感。
私は悪くない。
それだけは確かだ。
「ルシウス、もしやあなた……。このちんちくりん芋女に二心を抱いているのではありませんわよね!? わ、わたくしという女がありながら! これはとんでもない裏切りですのことよ!」
「まさか。僕なんかがシーナさんに想いを寄せるなんておこがましいことだ。シーナさんほどの立派な女性に釣り合う者がこの世界にどれほどいようか」
それはアレか?
私には嫁の貰い手がねえってか?
ああン?
「いいえ、ルシウスのせいではありませんわね! きっとすべてあなたが悪いんですのことよ、シーナ・カタギリ! わたくしの愛しのルシウスをたぶらかす魔女!」
女の恨みは女に向かうの法則だ。
エンヴィリッタはキレた猿みたいな顔で私を睨んでいる。
ウッキー!
「帰りますわよ、ルシウス! わたくしたちの愛の巣へ!」
ルシウス君は必死の抵抗を試みたが、バチチチチ。
電気首輪には逆らえなかった。
去り際、エンヴィリッタが私をキッと睨んだ。
「憶えていらっしゃい! この屈辱は末代まで忘れませんのことよ!」
末代までお前のことを憶えとくの嫌だわ。
「イケメンも大変だな」
ルシウス君には心底同情する。
よかった、私イケメンじゃなくて。
「つか、結局私が払うのかよ……。しかも2人分」
「ニャむー」
アルニャンが口にキランとするものをくわえている。
青い大粒の宝石をあしらった髪留めだ。
盗んだなー。
でかした相棒!
さっそく売りに行くニャン!




