23 闇魔法
「闇よ、我が絶望を解き放て! はああああ!」
私は手を突き出した。
すると、手が前に出た。
当然だ。
「混沌の黒よ、罪深き淵源の息吹よ。その名は闇! 世界を満たせし片割れよ、今ぞ光を駆逐せん! ンヴォオヴァア!」
私は峻烈なる闇の奔流を解き放ったつもりになった。
壁が吹き飛んだ気がして、地平線の彼方が赤く薙ぎ払われるような錯覚に襲われた。
もちろん気のせいだ。
壁は無事だし、地平線もたぶん大丈夫。
「純白の野に兆せし黒き点。分裂し、増殖し、蔓延り、真なる無の濁流となりて山野を黒に染め上げよ! この地に久遠の夜を顕現せん! 神域闇魔法・十式・零ノ型『堕悪暴爆』アアアアアアアアア!」
ぱかっ――ぬぅ。
天井の羽目板が外れて、猫っぽい猿顔が上下逆さまで現れた。
そいつは私を見たまま石像みたいに固まっている。
ここは、宿屋通りの安宿『梅の黄苔亭』最上階の角部屋。
ペット不可だが妖精可なので、リトマスに来て以来、私はずっとここに身を寄せていた。
「……」
「……」
アルニャンは私と目が合うと、そわそわし始めた。
見ちゃいけないものを見ちゃったニャって感じ。
何も言わないのはかえって居心地が悪かったらしく、目を泳がせながらも言葉を発した。
「シーナ、何やってるニャ? ボク、見なかったことにしたほうがいいかニャ?」
「いや、むしろ、そこを動くな。まばたき禁止。ずっと私の奇行を見ていろ。……辛いだろ?」
「めちゃくちゃ辛いニャ……」
「ちなみに今ね、私、魔法の練習をしていたところなんだ。ほら、私って闇属性でしょ?」
さらりと黒髪を払う。
私の体にも魔力が流れているのはもう確認済みだ。
GPを消費すれば期限付きで魔法を使えるようになる。
でも、ずっと借り物の力に頼るってのも考え物だ。
それに、自力で習得できればGPを節約できる。
「そう思って、目下練習中なのだ!」
「どう思ってニャ?」
「お前ー、相棒なら私の心くらい読めよー」
「シーナの心を読める奴なんて存在しないニャン」
アルニャンはベッドの上にトンと下りた。
私もごろんする。
「テキトーにそれっぽく詠唱してはいるけど、全然ウンともスンとも言わないな。魔法の野郎、この私をシカトするなんて海に沈められても文句言えねえぞ?」
「魔法は世界との契約に基づいて発動されるニャ。契約の言葉をテキトーに唱えちゃダメニャよ?」
デタラメに線を引いてもモナ・リザにならないのと同じか。
やっぱ魔法学校とかにいかなきゃダメなパターン?
才能なしとは思いたくない。
「そういえば、アルニャンは無詠唱だったよね?」
「妖精は世界との結びつきが人間より強いのニャ。人間が野山を焼いても平然としていられるのは結びつきが弱いからニャ」
アルニャンの言葉にチクリと刺すものがあった。
「じゃあ、森で全裸生活してたら無詠唱魔法の使い手になれるのか。仙人が山に籠もりたがる理由がわかったかも」
「そんなことじゃ魔法の実力は上がらないニャよ?」
アルニャンは私の指に背中をこすりつけて痒いところを掻いている。
失礼な奴だな。
可愛くなかったらデコピンしてんぞ、お前。
「まぁ、魔法のことはまたボチボチ考えるか」
私はズレた羽目板に目を向けた。
「ところで、あんた、天井裏で何してたんだ?」
「ニャ、ニャにもしてないニャ……」
「なら、見ても構わないよな?」
「ニャふぅ……」
私はつよつよフィジカルに任せて天井裏に蹴上がった。
カビっぽさと、古い木の香り。
積もったほこりの上に肉球スタンプがたくさん押されていて、あっ、かわいい。
その先に山ができていた。
帽子、傘、ハンカチ、ほうき、羽ペン、靴、皿などなど。
生活雑貨の山だ。
「なるほど。盗品置き場か。犯人はどこだ?」
「ニャア……」
言い訳させてほしいニャン、と犯人は供述を始めた。
「盗っ人妖精は盗むことで存在を確立しているニャ。盗みをやめたら消滅ニャ」
それはドルオタが推し活で命を繋いでいるのと同じ感じか?
「盗人にも三分の理たぁよく言ったもんだぜ」
「ボクは盗んだものと等価の幸せをちゃんとお返ししてるニャよ? いうなれば、あの盗品の山は幸せの山なのニャ!」
「あんたが何言ってんのか私にゃわからんわ」
言いたいことはひとつだ。
「あれ、売って金に換えてもいい?」
「シーナも大概ニャ……」
「あんたが盗んで私が売る。よ、相棒!」
「なんか嫌ニャ……」
カタッ、と音がした。
盗品の山の向こうで、――ぴょんこ!
大きなケモ耳が動く。
人がいた。
獣人の子供が。
「あアルニャン、おま……ちょマジか、おいおいおい――ヴオオイッ!!」
私は動揺を声量で打ち消して、ネコザルをぶんぶん揺すった。
「ニャアアア……!」
「ニャアじゃあるかヴォケ! 子供まで盗んできたんか、お前オイ!」
領主令嬢誘拐事件が解決したばっかだぞ!?
とんでないもん盗んできやがって、このニャンカス!
「ち、違うニャ! 断じて違うニャン! ボク、さすがに人間まで盗まないニャン!」
「やってねえってんなら証拠出せよォ!」
「それは悪魔の証明だニャン! やった証拠を出すニャ!」
「この空間そのものが証拠だろうがよォ!」
「ふニャア……」
雑巾にして、ほこりを拭ってやった。
反省しろ!




