思慕(2)
エンは、少し困ったように微笑んで、話を続けた。
「多分ね、そういう事じゃないんだ。
あのさ、俺は、魔人、なのね。魔人って、眷属になる魔族の中でも、うーん、自分でいうのもアレだけど、結構、格が高いわけ。レアキャラっていうと、通じるかな。イフリートを眷属にしているっていうと、おお、すげえ、みたいに言われる程度には。
魔人を眷属にできる人間は、限られている。ロキみたいに、こんな、魔人複数体にレヴィアタンまで眷属にしている、なんてヤツ、全盛期にだって聞いたことねえよ。
だから、ほとんどの場合、魔人は眷属の第一位にしてもらえる。
レヴィアタンは、魔人よりさらに、激レア。
そうだな、魔人を眷属にしているヤツが、例えれば、市長とか、県知事くらいにはなれる、とすると、レヴィアタンを眷属にしたものは、一国の王になれる。うまく立ち回れば、世界すらその手中に収める事ができるだろう。
ロキは、アキとフユを眷属の一位にしているけどね。これは、ま、しょうがない。狛犬は、今まで神のためにだけ存在していた神獣で、ロキは人類初の、狛犬を眷属にした人間だから。ふつう、レヴィアタンなんて、眷属第一位にしてもらえない、自分より上の位に据えられる眷属がいる、なんてことになったら、じゃあ辞めます、海に帰りますくらい言いだしても当然なんだけど、あいつは、無理やり納得しているんだ」
ロキがエンを眷属にしたばかりだった頃、二人はいつも、どちらが眷属の一位か、ということで言い争い、もめていた。
エンは、レヴィの方が珍重される魔族だと認識しながらも、魔人としてのプライドのために引くことができなかったのだろう。
「ロキの感情が見えないのは、あいつが、俺に隠そうとしているからなんだ。
俺を切り離し、遠ざけようとしているから。
俺は、あいつの眷属だっていうのに。
もう、ずいぶん一緒にいるし、俺なりに、頑張って尽くしてきたつもりなんだけどね、いまだに、信用してもらえない。
あいつが大事なのは、俺以外のヤツラだけなんだ」
「そんな事」
「狛犬も、レヴィアタンも、俺なんかより、ずっと格が高い魔族だし、ロキは、清羅には甘えるだろ? 清羅は、あいつの一族にずっと仕えてきたから、信用度が高いのは当然かもしれないけど。けど、俺には。
しょうがない、そう、なんだよな、しょうがないって、頭ではわかっているんだけど、なんていうか。
アキフユやレヴィには、あんな、優しくしていてさ、俺の事は、突き放して。
情けないけど、凹む」
「ロキが感情を隠そうとするのは、エンにだけではないだろう。
私にだって、甘えたり、頼ったりはしない。
優しく、というのが、昼間の事を言っているのだとしたら、エンが、レヴィを転ばして、笑ったせいだろう?」
「転ばして、笑ったから?
それで、なんであんな、突き放すような言い方されるわけ?」
「え。なんで、って」
「いや、だって、可笑しかっただろ? レヴィ。
うまく手もつけなくて、顔から突っ込んで転んで」
大槻は、言葉に詰まってしまった。なぜ、と、問われて、どう説明すればいい? エンが、心底不思議そうに首をかしげて大槻の表情を窺っている。
「自分より力の弱い者に、暴力は」
「いやいや、レヴィは、体こそ小さくなったけれど、今の俺よりずっと戦力上よ?
体も、刃物で切り裂こうとしたって、傷一つつける事はできないくらい頑丈なんだよ」
「それは、そうかもしれないが。弱い者イジメ、というか」
「弱い者イジメ? あいつを突き飛ばしたことが?
それを言ったら、俺たちがロキにやらされていることは、なんだっていうの?
俺は、正直、全く悪くないと思っている水妖を殺した。
水妖は、俺よりずっと弱いモノだよ。あいつは、戦闘向けに創られていない。戦力は格段に下だ。しかも、あの時は完全に無抵抗だった。
ロキは、俺に、水妖を殺せと命じた。これは、弱い者イジメとは違うわけ?」
言葉に、ならない。
水妖は、自然を守りながら、人間と共存しようとしていた。川と岸辺を守ることが、周辺の植物や生き物を守ることだと、それは巡り巡って人のためだと信じて。
人に穢されても、必死で。それなのに、裏切られ、殺された。
何の理由もなく3歳の幼女を突き飛ばして泣かせたら、怒りを買って当然。
けれど、レヴィは、見た目は幼女でも、実際は「最強の魔獣」の化身。
水妖を手にかけた事と比べて、どちらが弱い者イジメかと言えば。
大槻は、深くため息を吐いた。




