嗚咽
ロキは、あれからずっと硬い表情のまま黙り込んでいる。
荷物を見ていてくれていた薗田の待つベンチへ戻り、
「どうしたの? 顔、真っ青だよ?」
と問われ、なんでもない、と小さくつぶやくように応えたきり。
薗田は心配そうに、大槻に向き直って聞き直したが、その場で説明するのもなんとなく憚られて、後で、と言葉を濁した。
気まずい沈黙のまま本部に戻り、車のトランクを開けると、ロキは数ある荷物の中から真っ先に小さな紙袋を手にした。下着店のプレートに書かれていたのと、同じ筆記体の。
全て一人で持とうとするので、薗田と一緒に遮り、ロキが手にしたピンクのストライプの紙袋以外は大槻たちで分担して運ぶことにした。
強張った表情のまま、とぼとぼと歩いていたロキが、大槻たちを追い越し、早足で本部の建物の中に入っていく。
その背を視線で追うと、歩いていく先に、ロキの眷属たちが立っていた。
穏やかな目で出迎える清羅、エン、そして、小さなレヴィ。
大槻は、とある光景を思い出した。
中学の頃だった。学校で友人とふざけて、窓を割ってしまった事があった。
母親が学校に呼び出され、教師から注意を受けて家に戻ると、玄関を開けてすぐの廊下に、無表情に父が立っていた。
窓を割ってしまったショックより、周囲の生徒たちの責めるような視線より、その日、真面目であった学生生活の中で初めて教師から叱責された事より、父が廊下に立って出迎えていた事に、胸が詰まるほどの衝撃を受けた。
その後、どんな話をしたのかは記憶にない。
確か、軽い注意を受けただけで大して怒られはしなかった。
とにかく、玄関の数歩先で、少しだけ眉を寄せ、大槻を見ていた父の姿は、言いようもなく自分の失態を後悔させた。
ロキが彼らの前で立ち止まり、エンがその背中をそっと撫でると、俯いて肩を震わせ、かすかな嗚咽を漏らし始めた。
大槻は、なぜかその姿を見てほっとした。
自分でも不可解だが、泣いてくれてよかった、といった感覚に近い。
レヴィはロキの裾を引き、手にしていた紙袋を受け取ると、その空いた手と、自らの手をつないでじっと見上げている。
レヴィを見下ろしているロキの肩越しに、エンと清羅でなにやらアイコンタクトを交わし、頷いた清羅に促されて、ロキはレヴィの手を引きながら廊下の奥へ進んでいく。
後には、エンだけが残った。
「すまない、私がちゃんとそばにいればよかったんだが」
「何があったんです?」
ロキの姿が見えなくなったのを確かめ、エンに頭を下げると、薗田が問いかけた。
運転しながら何度も蘇らせてきた光景を、そのまま伝えようとした。
見知らぬ男が、ロキの手首をつかんでいた事、その男は、大槻を見てすぐに立ち去った事、などを。
「いや、大槻ちゃん、謝んないで。
ロキ、親父に殴られていた時の事がフラッシュバックしたんだ」
どこか艶っぽくもハキハキした声で、自らも女性化しているエンが言う。
「ロキの気が乱れたんで、証を通して見ていたんだ。
そいつの事、軽く焙ってやろっかな、って思ったんだけど、止められたんだよ。
ここで俺らが出たら、吉井ちゃんや大槻ちゃんに迷惑がかかるって。
パニックは起こしていたけど、その程度の判断ができるくらいには、あいつも冷静さがあったってワケ」
だから気にしなさんな、といいながら、大槻たちから荷物を引き受けた。
薗田が悲しそうに薄く涙を浮かべる。
「私が、もうちょっと気を付けないといけなかったわね。
いきなり知らない男の人に腕を掴まれるなんて、怖かったでしょうに」
「エン君、悪いが、ロキのフォローとケアをお願いできるか?」
大槻は、ふと過った違和感を表に出さないように気を付けながら、神妙な面持ちを作ってそう告げると、エンは、もちろん、と請け負ってくれた。




