強制(2)
ジェーナホルダーの存在は、どの国でも基本的に極秘扱い。
個人情報はもとより、その存在すら一般市民には公表されていない。
自分は別にいい、と、ロキは思っていた。巻き込まれて困る家族はいない。
けれど、周りに迷惑がかかる。吉井や大槻に負担をかけたくはなかった。
ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。
何か言わなきゃ、断らなきゃと思っても、言葉が出てこない。
怯えた表情を浮かべて逃げようとするロキに、男は増長する。
「どうしちゃったの?
彼女さ、珍しいピアスしているね」
耳朶に近いところの陰陽の紋は、眷属第一位である狛犬のアキとフユの。
細いチェーンが三本下がり、その先にあるのは、エンの燃え立つ金色の、レヴィのコバルトブルーの、清羅の煌めく黄緑色の石。
眷属たちの分身ともいえる、彼らの証。
クスクス笑いながらゆっくりと手を伸ばし、ロキの髪に触れ、首筋に触れ、ピアスに触れようとした。
「触るな!」
咄嗟に、バシ、と、手を払いのけていた。
男は表情を怒りに変え、ロキの手首を強く掴んだ。
「下手に出てれば、何すんだよ。女のクセに生意気なんだよ!」
掴まれた腕の痛み。
圧倒的な腕力の違い。振り解こうとしても、びくともしない。
(きさねええええ!)
唐突に過る、幼い頃の記憶。
父の怒声と暴力、狂気に見開かれた眼、薄笑いを浮かべた口元。
何かが壊れる音、痛みと、寒さと、暑さと、熱さと。
キサネ、と、名を大声で呼ばれると、驚いて固まってしまう自分に、友人が、ヤシロ・キサネという名の苗字の最後と名前の最初の一文字ずつ取り、ロキという呼び名をくれた。
それ以来、そして、眷属たちと出会って以来、徐々に遠ざかりつつあった感覚。
身が竦み、動けない。
「ここにいたのか、そろそろ……どうした? 何をしている?」
棚の陰から姿を現した大槻がロキと、ロキの腕をつかむ見知らぬ交互に見て眉をひそめ、きつい口調で声を掛けた。
視界に現れた同僚の姿に、ほっとしてがくりと膝から崩れ落ちそうになるのをなんとか堪えると、男は舌打ちと共に、投げ出すようにロキを掴んでいた手を離した。
その思わぬ強さにバランスを崩してよろけ、大槻が咄嗟に支えてくれていなければ、転んでいたところだ。
「男がいたのかよ」
吐き捨てるような言葉を浴びせられ、ロキが再び顔を向けると、もう、そこに男の姿はなかった。
「大丈夫か?」
俯くロキを覗き込む大槻から顔を背けて、ゆっくりと頷いた。
もう一度、男が去っていったであろう方向に視線を向けようとすると、食器の並ぶ棚の上に、困ったような表情をしたクマのぬいぐるみが、少し傾いでロキの方を見て座っていた。
まるで、「大丈夫?」と、同情を寄せているかのように。




