9 進む選抜
スタート時刻となり、4機のバニーによる模擬レースが始まった。まだ効率の良いルートがはっきりしていないため、それぞれバラバラな位置を進んでいる。本番ではコースを10周することになるものの、アンリエッタは3周でいったんレースを止めさせた。情報分析を担当するコマチが、各機のたどったルートに各セクションごとの通過タイムを添えたレポートを送信する。
『ん~。こっちの方が短くて済むと思ったんだけど~』
『そのルートはきついカーブがあって速度を落とさざるを得ない。遠回りでも速度を維持することのメリットが大きいのだろう』
『現時点でもっとも速いルートはこれになります。もちろん本番とは異なりますが……』
レポートに目を通した候補生たちが、このルートは罠だった。こっちにはまだ可能性が秘められていると口々に話し合う。本番では何の役にも立たない情報だけど、現地で最速ルートを割り出す練習になればよいと、コマチが各セクションごとに最もタイムのよかったルートをつなぎ合わせて暫定レコードラインを提示する。それを見たアンリエッタが、目印としてバニー03はそのとおりに進路をとるよう提案した。
『なんで俺なんだ?』
「一番遅かったから。次からは残り3機の中でドンケツだった機体が務める」
『ちょっとしたレースね~。緊張感も生まれるし、いいと思うわ~』
暫定レコードラインを進む機体があればリードや遅れが把握しやすいだろうという提案に、一方的に指名されたザックスが異議を唱える。もっとも、ドンケツ入れ替え方式と告げられ他の3機が同意したのでは黙るしかない。
「最適なルートを効率よく割り出そうと知恵を絞るか。この期の候補生は創意工夫に富んでいるな」
「なにをしでかすかわからないという不安も若干ありますが……」
アンリエッタとバニー各機のやり取りを耳にして、優秀な人材は楽をするために頭を働かせるものだとメーデル塾長が満足そうに頷く。それは行動が予想できないという意味でもあるとノリーオ大尉が苦笑いを浮かべていたものの、教え子たちの様子を眺める表情は誇らしげだ。司令官として口を挟まずアンリエッタの好きにやらせる。
2度目の模擬レースが開始され、今度はフワティーがドンケツとなった。あえて他の機体が選びそうにない大外ぶん回しルートを選択したせいなものの、セクション5でレコードタイムを叩き出し暫定レコードラインを更新する。そして、3度目のレースでは暫定レコードラインを進んだフワティーがトップでゴールした。
「フワティーの操縦がコマチに似てきた」
「減速を最小限にとどめようとしてるのがわかるね」
3周目は4機すべてが暫定レコードラインを選択して鎬を削るなか、先頭を最後まで譲らなかったフワフィーを見てコマチの操縦に似ているとアンリエッタが口にした。反発式浮遊デバイスはモータースポーツのようなエンジンパワーに物を言わせた急加速が苦手だから、ストップ&ゴーのくり返しには向いていない。速度を維持したままコーナーをクリアするのがラップタイムを縮めるカギとなる。
「チキンヘッドよりバニー各機へ。いったん休憩を入れる。パイロットは管制機のリビングを使って構わない」
管制機の上部構造体は3層で構成されていて、下層が兵装と機械室、中層が作戦指令室、上層が居住区画となっている。鉱山の周辺警備のために配置された管制機は100日間くらいその場に留まるため、人が住めるように作られていてお手洗いやシャワールームも完備していた。共用スペースでくつろいでよいぞと伝えられた候補生たちが管制機の隣に各々の小型機を駐機させ居住区画へ上がっていく。撮影のチャンスだとメーデル塾長もカメラを手に作戦指令室から出ていった。
「レースの出場枠はフワティーで決まりかもしれない」
メーデル塾長が作戦指令室を後にし扉が閉まった途端、アンリエッタが暗い表情でため息を吐き出す。採掘フェスでコマチとフワティーがクローズアップされたところで、ふたりをメインに据えたPR映像を公開しようと企んでいるに違いない。きっと今ごろはカメラを回しながらインタビューしているだろうと口にする。
「まぁ、スノウライト候補生を除けばペコハラ候補生が最有力だろう。これは塾長の思惑に忖度してない教官としての判断だよ」
塾長の心は決まっているとの言葉を耳にしたノリーオ大尉が、現時点でコマチ以外からひとり選べと言われたら自分だってフワティーを指名するだろう。選抜期間内に入れ替わるかは君たち次第だとアンリエッタに笑いかける。コマチのようにひと度コツをつかんでしまえば大型機すら手足のように使いこなす候補生もいるのだからと告げられたアンリエッタは、そいつは最も例えに相応しくない変態だと唸り声を発した。
休憩の後は本番と同じくコースを10周する模擬レースを行ってコマチたちは基地へと帰投した。チャンピオンとなったのはフワティー。周回を重ねるたび洗練されベストラップを更新していく様にメーデル塾長とノリーオ大尉は大いに感心し、差を広げられる一方だった候補生たちはすっかり気落ちしている。
「次はノーズの部分に腰かけたポーズで頼む」
「こ~かしら~」
機体が格納庫へ戻されたところでメーデル塾長が撮影会を開始する。バニー04の機体に寄りかかったり、腰かけてポーズをとるフワティーの姿をバシバシ映像に収めていく。そして、敗北者の3名はお手伝いを申し付けられレフ板を持たされていた。
「負け犬を鞭打つなんて、心無い仕打ちだと思わないんですか?」
「スポットライトを浴びるのは勝者のみ。成長を促すのに競争は必要不可欠な要素だよ。負けてもいいなんて考えの者に向上心は期待できない」
誰よりも彼ら自身が敗北感を噛みしめているだろうに、わざわざペナルティまで課す必要があったのかとコマチが尋ねれば、勝者と敗者の待遇の違いをはっきりさせることが今後の成長を促すのだとノリーオ大尉は言い張った。ここは将来の士官を育成する教育施設。今の自分ではダメなのだと骨の髄まで刻み込ませ、自ら成長を願うように仕向けるのが教官の仕事だと胸を張る。
「スノウライト候補生とヘイゲル候補生も入ってもらえんだろうか」
「これのどこが訓練風景なんですか?」
そういう理由もあるのかとコマチが感心していたところ、メーデル塾長からお呼びがかかった。第二弾は訓練風景という話だったはず。どうして機体に寝そべっているシーンが必要なのかとコマチとアンリエッタが頬を膨らませて激しく抗議の意を示す。
「メイキング映像ということで、ディレクターズカット版に収録しようかと考えている」
「まさか、お金をとって売るつもりですかっ?」
特別版にはメイキング映像を収録と耳にして、士官候補生を金儲けに利用するつもりかとまなじりを吊り上げるコマチとアンリエッタ。さすがに販売したら軍警察にしょっ引かれてしまうので、関係各所に配布したり製作記録として保存しておくためのものだとメーデル塾長は言い張った。どうして個人製作の映像にディレクターズカット版が存在するのかと問い質しても、尺の都合などで必ずしも理想どおりには仕上がらないこともあるのだという。
「パッケージ版はあくまで配布用だ。公的機関に渡しておけば広報用モニターで流してくれるだろう」
ドンカーツ都市行政局など公的機関が設置している広報用モニターでは普段から様々な政策PR映像を流している。今のドンカーツ市長はもっと観光業を誘致したい考えで、ドンカーツの紹介や客船ターミナルの待合室で流す映像素材が足りないといつもネタに困っているから、以前に作った分校のPR映像を提供した時もずいぶんと感謝された。市長は基地司令官と並ぶこの地のツートップ。恩を売っておいて損はないとメーデル塾長は語る。
「仕方ありませんね。人を集めるのは容易じゃないですから」
「おおぅ、理解が早いな」
観光客を呼び込んでドンカーツを賑わせたいと言われては断りにくい。ため息を吐きながらコマチがフワティーの隣へ腰かける。いつにも増して物わかりがよいとメーデル塾長が驚くものの、人が減っていく田舎の集落というものをコマチはよく知っていた。
「あたしの生まれ育った集落も人が減って立ち行かなくなっちゃいましたから」
コマチの実家は集落で唯一営業していて周辺住民のたまり場になっていた食堂。なじみのお客さんたちが毎日のように利用してくれたものの、後を継ぐことは止められた。自分たちが元気でいられる時間はそう長くない。がんばって食堂を続けたところで、遠からず利用者が寿命を迎えいなくなってしまうことはわかっているという理由からだ。そのためコマチは集落を出て就職する必要に迫られ、メーデル塾長の非公式PR映像に引っかかったのである。
ドンカーツにはプネウナイト資源の回収という主力産業があるものの、人が集まってこない街はお金が回らなくなってお店や娯楽がなくなっていく。つまり、どんどん魅力のない街へ変わってしまうことをコマチはよく理解していた。そうなってしまっては、なにより自分が楽しめない。
「限界集落というヤツね。ドンカーツが製材工場と基地だけの街になってしまうのは確かに困る」
街に出ても開いている食事処は定食屋だけ、売っているのは作業服と工具ばかりなんて未来はお断りだとアンリエッタもバニー04の機首によじ登ってきた。今がチャンスとメーデル塾長がカメラを回す。
「こんなんで本当に観光客が増えるのか?」
「塾長の映像に釣られた粗忽者が最低でもひとりは存在することが確認されている」
「うごえっ……」
レフ板を掲げているザックスが、素人編集のPR映像ひとつで街が変わるのかと疑問を口にする。効果があることは証明済みだとアンリエッタが答え、それを耳にしたコマチが腰かけていた場所からすべり落ちた。
「そういやそうだったな。少なくとも効果なしってことはないか……」
「ひどい言い種じゃないっ?」
目の前に生きた証拠がいやがったと納得するザックス。自分ひとりなわけがない。真実を隠している士官候補生は絶対にいると、バニー04の機首を両手でバシバシ叩きながらコマチが懸命に主張する。
「スノウライト候補生は私のPR映像をきっかけに入学した記念すべき第1号だからな」
「まぁまぁ、コマチちゃん。今はひとりでもこれから増やしていけばいいのよ~」
「どれだけ、あたしひとりってことにしたいんですかっ」
君が最初のひとりだとメーデル塾長が告げる。仲間はこれから増えるからとフワティーに慰められて、悪意を感じるとコマチがドシドシ足を踏み鳴らす。だけど、自分も塾長のフェイク動画に騙されましたと申告してくれる味方なんているはずもない。誰ひとりコマチの言い分に耳を傾けることなく撮影会が再開された。
「プーちゃん聞いてよ~。みんな、ひどいんだよ~」
「ひどいのはコマチでしょ。誰のせいでこんなレポート作らされてると思ってんの」
撮影会を終えたコマチが宿舎の自室へ戻れば、部屋の情報端末でデイジーが課題のレポートをこなしている最中だった。誰も彼もが自分を釣られたクマ扱いするのだと訴えたものの、機体の使用予約を取り消されこんな課題までいただいたのはコマチのせいだと不機嫌そうに頬を膨らませる。
「あたしにはどうしようもなかったよ~」
ピギー02に搭乗していた自分にできることはなかったとコマチが説明してもデイジーの機嫌は直らない。同室のパートナーを見捨ててエイガス班長に与した裏切り者だとふて腐れたように唇を尖らせて顔を逸らす。
「まぁまぁ、今晩はプーちゃんの好きなカレー風味のパエリアにするから」
こういう時は食事でご機嫌を取るのが一番だとデイジー好みのメニューを約束するコマチ。実家が集落で唯一営業している食堂だったこともあり、ジャンルを問わず様々な料理をリクエストされることも珍しくなかった。そういった事情から専用の調理器具や希少な食材を別のもので代替したアレンジレシピを豊富に有している。専用フライパンの代わりに鉄製の丸底鍋を用い、着色料のサフランをカレー用スパイスで代用したなんちゃってパエリアもそのひとつ。具材もたまたま手元にある食材で済ませるので、エビの代わりにカニを入れたり、パプリカがなかったので辛くないタイプの唐辛子を使ったこともあった。
「ほんとっ? もう結婚しましょうっ」
大好物をご馳走すると聞いてデイジーはあっさり機嫌を直し、嫁にきてくれとコマチにしがみついてきた。さっさと課題のレポートを済ませるようコマチが促す。
「あたしは仕込みにとりかかるから、ちゃんと課題を終わらせるんだよ」
「まかせてぎっちょん」
信用してよいのか悪いのか判断に困る返答をしてきたデイジーを残し、使える食材は何があったかなと冷蔵庫の中身を思い浮かべながらコマチが部屋を後にする。食堂に到着すれば、本日のご馳走はなんだとアンリエッタとフワティーが待ち構えていた。ひねくれてしまったデイジーのためにカレー風味のパエリアにすると伝えれば、自分たちも大好きだと身体をくねらせて喜びを表現する。
「はあぁぁぁ……。もう、コマチの作った食事でないと満足できない」
「ぐぬぬぬ……。どうにかして採掘フェスに同行しなければ……」
夕食の時間になり、できあがったなんちゃってパエリアを口に運びながらデイジーが涙を流す。競技への出場枠が絶望的なアンリエッタも、今さら丼ものの食事で我慢できるものか。なにか別の口実をもうけて採掘フェスへ参加しなければと頭を悩ませていた。ふたりとも周囲から突き刺さってくる羨まし気な視線を気にかける余裕はない模様。またお前たちだけと近寄ってきたザックスを激しく威嚇して追い払う。
「こうなったら手段は選ばない。いよいよとなれば密航してでも……」
「見つかって営倉に入れられちゃったら、やっぱり丼ものしか出してもらえないわよ~」
もう機体を運ぶ軍の輸送艦に忍び込むしかないとアンリエッタが口にしたものの、それでは解決にならないとフワティーにたしなめられた。




