8 これから始まる模擬レース
「デイジーちゃんが脱落したみたいね~」
「彼女は我ら候補生の中でも情弱……」
「選抜から外された挙句、追加の課題を与えられるとは同期の面汚しよ」
ピギー02と04の模擬戦闘が行われた翌日、機体の整備を行う格納庫の談話スペースでプネウマスーツに身を包んだフワティー、アンリエッタ、ザックスの3人が顔を合わせ、ひとり脱落……と怪しげな笑いを漏らしていた。模擬戦闘の結果、操縦技術に思考が伴っていないと判断されたデイジーは敗因分析と改善点をまとめたレポートの提出をスパイル大尉に命じられ、加えてレポートの内容が及第点に達するまで実機での訓練禁止を言い渡されている。採掘フェスの出場枠を手にする可能性は消えたに等しい。
「また、意地悪なこと言って……」
「完膚なきまで叩きのめした本人に言われたくない」
他人の不幸を嘲笑うなんてとコマチがたしなめたものの、そもそもの元凶はお前だとザックスにツッコまれてしまう。自分は模擬戦闘の当事者でなく協力者。エイガスの決めた方針に従って機体を動かしただけと説明しても、同室を容赦なく葬るなんて慈悲の欠片もないと非難される。
「デイジーは必要に迫られない限り、何も覚えようとしない。思い知らせてあげるのがママ心というもの」
物覚えも要領も悪くないけど、あいつは怠け者だと冷たい言葉を放つアンリエッタ。その気になれば習得は速いものの、必要性を痛感するまで手をつけない。できの悪い娘にわからせるのは母親の役目だと、両手で拳を握って親指だけを突き立てた。
「それじゃあ今日は~、ビビリ君にわからせちゃおうかしら~」
「甘く見るなよ。俺だって小型機ならもう存分に扱えるんだ」
コマチたち4人がプネウマスーツを着用して格納庫の談話スペースで待機しているのは、この後に小型機を使った訓練が予定されているから。フワティーとザックスの他、コマチより1期上の候補生がふたりいる。今日、脱落するのはお前だとフワティーに告げられたザックスが、逆に吠え面かかせてやるぜと言い放つ。
「揃っているな。では、訓練内容の説明を行う」
フワティーとザックスが睨み合っていると、談話スペースに教官のノリーオ大尉がやってきた。本日はコースこそ違うけれど採掘フェスと同じルールでレースを行うとモニターにコースを映し出す。砂漠にある砂丘の上にフラッグ、ゲートという2種類のビーコンが設置されていて、フラッグはスタート地点から見て外側になる方を回らなければならない。ゲートはふたつのビーコンが組み合わさっているから、必ずその間を通過すること。コース上にあるすべてのフラッグとゲートを正しく通過しなければ周回したと認められないルールで、しくじった場合は回り直しが許されているという。
「ゲートによってセクションが区分けされていて、セクションごとに飛行高度やロケットエンジンの使用など制限事項が異なる」
セクション4は高度にもロケットエンジンの使用にも制限がないから、砂丘の上をロケット全開でぶっ飛ばしてオッケーだとコース解説をするノリーオ大尉。他のセクションでは高度制限があるので砂丘をかわして進まなければならない。フラッグとゲートを正しく通過する限りルートは自由で、スタート地点のあるセクション1は観戦場所の目の前なのでロケットの使用は禁止だと説明を続ける。
「各々の機体にインプットしてある地形データは昨日の時点のものだ。砂丘の頂上が崩れて形が変わっていることもあるので、必ず自分の目で確かめておくように」
砂漠の地形は日々刻々と変わっていくもの。データは常に過去のものだから、昨日までは存在しなかったルートがあったり、逆に塞がっていることも珍しくない。そういった不測の事態への対応能力も含めての競技であることを忘れるなと告げてノリーオ大尉がブリーフィングを締めくくった。それでは搭乗と号令が発せられ、フワティーたちが航空機のような形状をした小型機へ向かっていく。
訓練で使用される小型機は過去に採掘部隊が哨戒機として使用していたもので、高いところを飛行できるようリフティングボディが採用されている。反発力で浮いている関係上、反発式浮遊デバイスでは軽い小型機でも地表面から200メートルくらいまでしか上昇できない。広い砂漠を遠くまで見渡すのにそれでは不便なので、ロケットエンジンによる推進力で揚力を得て飛行できる機体が求められた。ジェットエンジンを搭載しないのは細かくて硬いプネウ珪砂を吸い込んで故障してしまうため。外気を取り込むタイプのエンジンをμ大陸で使用するにはエアフィルターでなく、遠心力や水を利用して砂を取り除く分離装置が必要となる。
「君たちふたりは管制機だ。スノウライト候補生、操手は任せたぞ」
コマチとアンリエッタが乗り込むのは管制機。採掘機から電磁投射砲を外して、代わりに作戦指令室を乗っけた機体である。訓練ではノリーオ大尉が司令官、コマチが機体の操手でアンリエッタは戦術指揮システムのオペレーターと役割が割り振られた。
『私が指令を伝える。つまり、私の言葉は神の言葉。全員、おとなしく従うように』
『ヘイゲル候補生。採掘フェスの参加国には宗教国家もあるから、迂闊なことを口走りそうな候補生は連れていけない』
『私は一介のオペレーター。意志も意図もないただのスピーカー』
管制機の操手席でコマチが機体のチェックをしていると、オペレーター席のアンリエッタから通信が入った。オペレーターの伝えてくる指令に背けば命令不服従と判断されてもおかしくない。従うのが当然ではあるものの、神様からの啓示に例えるのはいかがなものかと眉をひそめていたら、すぐさまノリーオ大尉のツッコミが入った。スイーラ連合法国では信教の自由が認められているものの、そうでない外国もあるから軽々しく神様を名乗ったりするなと警告されアンリエッタがあっさりと前言を翻す。
『アンリエッタちゃんは極端ね~。バニー04、発進前確認完了したわ~』
『バニー03。確認完了、異常なし』
クスクス……と漏れる笑いと共にフワティーが発進前の機体確認を終えたと報告してくる。続いてザックスに他の候補生ふたりがいつでも発進可能と伝えてきた。アンカーアームなどのギミックを搭載している採掘機は確認項目も多いのでコマチも作業を急ぐ。
『こちらチキンヘッド。キトゥン02、状況はどう?』
コマチの操る管制機はベースとなっている採掘機と電磁投射砲の代わりに乗せている作戦指令室でコールサインが異なる。ベースの機体がキトゥン02で、作戦指令室がチキンヘッドだ。コマチからの報告がないのでアンリエッタが催促してきた。
「こちらキトゥン02。ハッチが開けっ放しに……あれ、消えた?」
モニターに機体の状態を表示させて順番に確認していけば、搭乗口が解放されていることを示す警告灯が点灯していた。ロックし忘れたかなとコマチが確認に向かおうとしたところ、何も対処していないのに消灯してしまう。これは何者かが機体に侵入してきた兆候。レポートの作成に飽きたデイジーがこっそり乗り込んできたのなら追い出さなければと操縦室の扉を開けたところ、動画撮影用のカメラを手にしたメーデル塾長と鉢合わせする。
「こちらキトゥン02。侵入者を発見。ただちに叩き出しますので少々お待ちを……」
『なんだとっ。すぐ応援に……』
「待て、待て、待て……ノリーオ大尉、メーデルだ。撮影のために同乗させてもらう」
機体に侵入者ありとコマチが報告すれば、焦ったようなノリーオ大尉の応答が返ってくる。なんて報告をするのだと慌てたメーデル塾長が、砲手席の端末を使ってPR映像の撮影をしたいから同行する旨を申し伝えた。
「どうして連絡もなくやってくるんですか?」
「君たちの予約状況を見て撮影予定を組んでいたのだが、教官が使用する管制機までは気が回らなくてな。君とヘイゲル候補生が乗り込むことは先ほど聞かされたのだ。間に合ってよかった」
こっそり侵入してきたのはいかなる意図があってのことかとコマチが頬を膨らませれば、管制機の使用申請はノリーオ大尉から提出されて決裁はタカマツ少佐どまりなので、コマチとアンリエッタが乗り込むことを知ったのはほんの数分前なのだとメーデル塾長は言い訳を始めた。小型機や中型機のコクピットは狭いから駐機した状態でしか撮影できないけど、大型機はひとつの部屋に操手席と砲手席が並んで配置されているためスペースに余裕がある。担当教官のノリーオ大尉が作戦指令室にいるなら砲手席が空いているはずで、操縦シーンを撮影できる機会は見逃せないと大急ぎで駆け付けたという。
『チキンヘッドより各機へ。コース及び管制機の設置座標を送った。バニー各機はキトゥン02から離れずついてくるように』
それが責任者の仕事なのかと訝しむコマチと、そのとおりだと開き直るメーデル塾長が睨み合っているところへアンリエッタから通信が入る。コマチが送られてきたデータをモニターに表示させれば、本日の訓練場所とそこまでの移動経路が指示されていた。準備が整い次第、移動を開始せよと妙に居丈高な口調で伝えてくるアンリエッタ。機体の各部に異常がないことを確認したコマチが反発式浮遊デバイスを起動させれば、重量100トンを超える管制機が巨大なボディを震わせながらゆっくりと離床する。
「加速している感覚が身体に伝わってこない。力加減が絶妙と言う他ないな」
上昇も加速も滑るように静か。搭乗者に優しい操縦は必然的に機体にかかる負担も軽くて済むから、整備や機体の更新スケジュールにそのための費用も考えなければならない基地司令部からとても喜ばれる。熟練操手の域に達した新人を任官させたとなれば分校の立場も強化されると、メーデル塾長が満足そうに笑いながらカメラをコマチへ向けた。最前線の採掘部隊に配属されないよう、わざと乱暴に扱ってやれと心の中で悪魔がコマチに囁きかけてくる。もっとも、それができない性格であることは本人もよくわかっていた。実家の食堂を手伝って育ったコマチに、意図的に食材を鍋から飛び出させて無駄にするようなマネができるはずもない。
我ながら貧乏性だなぁと自分自身に呆れながら、指定された座標へ向けてコマチが管制機を進ませていく。ドンカーツの都市がある岩場を抜け、砂漠へ10キロほど入り込んだ場所が目標地点。到着したところで指定された座標に間違いないことを確認し、アンカーアームを砂漠に突き立てて管制機を固定する。
「キトゥン02。固定完了しました」
『こちらチキンヘッド、固定確認。情報分析官の席が空いているから、コマチは作戦指令室へ上がってくるように。バニー各機はコースの確認に取りかかる』
訓練が終わるまで管制機は動かさないから操手はやることがない。どうやって暇をつぶそうかとコマチが考えていたら、作戦指令室に空きがあるとアンリエッタに呼ばれてしまう。操縦室を出て機体の上部へ通じる扉を開ければ、そこはもう電磁投射砲の代わりに取り付けられた上部構造体の中。目の前にある階段を上っていくコマチの後を、メーデル塾長がカメラを回しながらついていく。
「飛び込みで撮影なんて、何かあったのですか?」
「彼女たちが乗ることを意地悪な貴官が秘密にしていたから、親切なタカマツ少佐に教えられるまで気づかなかったのだ」
コマチたちが作戦指令室へ入れば、どうして事前連絡もなしに撮影することにしたのかとノリーオ大尉が事情の説明を求め、意地悪な部下が情報を隠していたせいだとメーデル塾長はしかめっ面で返した。大尉に向けてイーッ、イーッとした後、管制官の席へ着いているアンリエッタにカメラを向ける。
「秘密にしていたわけじゃありません。スノウライト候補生は情報分析官席に着いて、各機体の位置や映像をモニターに出してくれ。後、周辺に虫がいないか警戒を頼む」
作戦指令室にはノリーオ大尉が座っている司令官席、指揮下にある機体とのやり取りを担当する管制官席、レーダーや偵察ポッドの情報から状況を分析する情報分析官席の他、作戦計画を立案する参謀席がいくつかある。バニー各機の状況把握と周辺警戒を依頼されたコマチは、さっそく反発式浮遊デバイスを搭載した無人偵察ポッドを4機放ってコース周辺に配置した。とりあえず、コースの全体マップを大きなメインモニターに表示させ、バニー各機の現在位置をプロットする。サブモニターには偵察ポッドのカメラが捉えたバニー04の様子を映し出してみた。
「ペコハラ候補生は地形データの照合を優先させたか。他の3名は試走に取りかかっているようだな……」
コース上ではバニー04だけがレース本番なら高度制限に引っかかる位置をゆったりと旋回していた。残りの3機はすでにコースインしている模様。地表面から数メートルの高さで砂丘の合間を這うように進んでいる。最新情報の重要性を認識しているのはひとりだけで、後は行き当たりばったりかとノリーオ大尉が表情をしかめさせた。一方、採掘フェスで話題作りをしたいメーデル塾長は、オリジナルPR映像の出演者にスポットライトが当たる予感がするとひとりニヤニヤしている。
「チキンヘッドよりバニー各機へ。模擬レースのスタート予定時刻を送った。指定の時刻にスタート位置へ着けていない機体はリモートで自爆装置を作動させる」
『自爆装置なんてあるのか?』
スタート時刻はこれこれとバニー各機へ指示を出すアンリエッタ。バニー03のザックスが自爆装置なんてあるわけないと鼻を鳴らす。
「誘導ロケットに自爆装置を乗せて配達する」
『アンリエッタちゃ~ん。それは対地攻撃ミサイルって言うのよ~』
ないなら搭載すればよい。管制機が装備している誘導機能を持ったロケットで自爆装置をお届けとアンリエッタが口にして、ミサイルは自爆装置じゃないとフワティーからツッコミが入る。上空へ配置した偵察ポッドからレーザーでスポッティングし確実に配達してやると脅されたバニー各機は、本当に撃墜されるかもと不安になったのか指定時刻のきっちり5分前にスタート地点へ並んだ。




