10 出発の日
採掘フェスの出場者選抜期間も終わりに近づいた日、コマチは小型機レースへの出場がほぼ当確となったフワティーの練習相手を務めていた。他の候補生たちとの差が開きすぎて、競い合える相手がコマチしかいなくなったからである。
『ダメね~。一度前に出られたら追いつける気がしないわ~』
コマチの操るバニー03のコクピットに、懸命に追いかけてくるバニー02から諦めたような通信が入る。機体の速度を保ったまま進行方向を変える技術を習得したフワティーなものの、コマチとの間には越えられない壁が存在した。まだ限定的な状況でしかその技術を再現できないフワティーに対し、感覚派のコマチはどんな体勢でもお構いなしに駆使してくる。砂丘の斜面をバンクやジャンプ台のように利用し予想もつかないところからオーバーテイクを仕掛けてきて、いったん前に出られた後はジリジリと引き離されていく一方だ。これはもう錬度の差であり、一朝一夕に埋められるものではないとフワティーがギブアップを宣言した。
「泣く子と変態には勝てない。昔の人もそう言っている」
「あたしのどこが変態なんですかっ」
いったん休憩にしようと管制機のリビングに上がってアイスコーヒーをチビチビすすっていたところ、すっかりオペレーター役が板についてきたアンリエッタも作戦指令室からやってきた。コマチのように物事を感覚で処理する人間は脳みその構造が違うから、常識人では太刀打ちできないと慰めるような口調で語る。他人を変態呼ばわりするなとコマチが猛抗議するものの、もちろんアンリエッタは聞く耳を持たない。機体と鍋の区別もつかないなんてイカレてやがると突き放す。
「ビックリしたわぁ~。まさか、こっちの頭上を飛び越えていくなんて~」
「あんな抜き方、変態的としか表現のしようがない。ヘリコプターと名付ける」
「もっとカッコイイ名称は思いつかないんですか?」
砂丘の端を回り込む際にイン側の斜面に突っ込んで機体をバウンドさせ、相手の真上を飛び越えながら方向転換。バウンドによる減速分を落下による加速で取り返しながら追い抜くなんて想像の斜め上を行き過ぎているとフワティーが呆れたようなため息を吐き出す。まさに変態的発想だとアンリエッタが技名を命名する。ハイヨーヨーとかリフティングターンとか他にあるだろうとコマチが再考を求めたものの、懸命に逃げる車両を追い回す攻撃ヘリのような動きだったとアンリエッタに却下された。
「候補生の選抜もほぼ決定したかな?」
「砲手はエイガス候補生、小型機はペコハラ候補生で教官陣の意見も一致しています。現状ではこれがベストだと」
ヘリコプターに不満があるならコマチスペシャルとでも名乗るよう告げられ、そんな恥ずかしいマネができるかとコマチがプンスカ頬を膨らませていると、居住区画の扉が開いてメーデル塾長とノリーオ大尉が入ってきた。採掘フェスの出場枠について話し合っている様子で、教官たちの意見も固まってきたと大尉が語っている。
「分校の未来は君たちにかかっている。期待しているぞ」
「有名人になっちゃったらど~しましょ~」
採掘フェスには報道機関もくるから上手いこと話題になってくれと笑みを浮かべるメーデル塾長。街を歩けなくなってしまったらどうしようと楽しそうにフワティーが笑う。μ大陸に派遣されている軍界隈でこそ注目度は高いものの、一般的に取り上げられるようなニュースではないだろうにとコマチがため息を吐き出す。
「採掘フェスの報道なんて重機マニアか軍事マニアの人しか見ないと思いますよ」
「ニッチなジャンルだからこそ、美人の士官候補生に注目が集まりやすいのだ。今時、ブロードキャスターなんて整形顔が当たり前だから話題にもならん」
極一部のマニアにしか需要がないとコマチが指摘したものの、実力勝負の世界で活躍するから話題になり得るのだとメーデル塾長は言い張った。ニュース、ウェザー、スポーツなどの情報をお届けするキャスターは、もう視聴者からの好感度が高いとされている顔に整形しているのが当たり前。どいつもこいつも似たような面構えをしているので個性に乏しく、見目麗しいというのが売りにならない。一方、フワティーは熱帯出身らしいエキゾチックな風貌をしているし、コマチも田舎臭くて地味という特徴がある。つまり、短い映像でも記憶に残りやすいインパクトがあるのだという。
「ど~せ、あたしは田舎の限界集落出身ですよ」
「コマチちゃんは飾る必要がないタイプよ~。肌は白くてスベスベモチモチしているし、ノーメイクでも問題ないくらい。羨ましい限りだわ~」
田舎臭いと評されたコマチがふて腐れて唇を尖らせるものの、このスベスベでモッチリと柔らかいうえ張りのある赤ちゃんみたいな肌は犯罪級だとフワティーに頬をツンツン突っつかれる。こんな肌が手に入るなら悪魔に魂を売ることも厭わないというご婦人は確実に存在すると告げられ、ヒトの業はどこまで深いのだとコマチは震え上がった。
「では、明日にでも出場者を発表するか」
「なら、終業前の定例報告で決を採るよう少佐に伝えておきましょう」
若々しいお肌を維持するには生娘の生き血を浴びるのが効果的と信じられていた時代もあったのだと教えられコマチがこめかみを引きつらせている一方で、メーデル塾長とノリーオ大尉は選抜結果を公表する段階に入ったと話していた。夕方のミーティングで決を採って、公表は明日の朝とスケジュールを相談している。
「コマチが戻ってくるまで毎食丼ものなんて、もう病気になってしまうかもしれない」
「軍の支給するレーションパックは栄養バランスと衛生面に配慮された理想的糧食で、外国でも高く評価されているのだが……」
模擬戦闘はコマチとエイガス、小型機レースはフワティーと選抜結果を知ってアンリエッタが肩を落とす。丼ものは本国の工場出荷前に密封して加熱処理を施されているから毒物や病原菌が混じる心配がない。水も同様に煮沸後の高温状態を維持したままパックに詰められるので、スイーラ連合法国軍の糧食は安心して口にできる。外国からの評判も上々なのだとノリーオ大尉が説明したものの、生き物はストレスが原因で病気になってしまうこともあるのだとアンリエッタは引き下がらない。
「心配はいらないわ~。生き物にはね――」
自分が病気になったら軍のせいだと八つ当たりじみたことを口にするアンリエッタに、大丈夫だからとフワティーが微笑みかける。
「――環境に適応する能力があるのよ~」
「自分はコマチと一緒だからって、フワティーは調子に乗っている。許しがたい」
丼ものの食事にもすぐに慣れるからと告げられたアンリエッタが、それは自分の期待していた言葉ではないとまなじりを吊り上げた。悪い女は容易く友情を捨てるとドシドシ足を踏み鳴らす。デイジーもいるのだからふたりで何かしら作ればよいとコマチは思ったものの、素人が揚げ物に手を出し火災なんて起こされた日には厨房を自由に使えなくなってしまう。どうせ十数日の我慢なのだからと黙っておくことに決めた。
採掘フェスの出場者が発表されて数日、開催地であるメンデヤンス王国の都市パスタデアールに向けて出発する日を迎えた。ドンカーツ港には3つの埠頭があり、一番外洋に近い外側にあるのが軍用埠頭。奥に大型と中型貨物船専用の貨物埠頭、小型の貨物船と客船用の共用埠頭と並んでいる。現在、軍用埠頭には海軍の輸送艦フキシオが着岸しており、競技で使用するピギー04とバニー02の積み込み作業が進められていた。
「ナンデナン公国の港を経由して到着は4日後ですか。海軍の船なのに直行じゃないんですね」
「採掘フェスに参加する企業と合流して展示品を積み込む予定だ。μ大陸には空路が通じてないからな」
積み込み作業を監督していたコマチが渡された航海スケジュールに目を落として、どうして軍艦が外国の港へ寄港するのかと疑問を口にした。隣で車輪付きの台車に乗せられたピギー04が輸送艦へ引っ張り込まれていくシーンを撮影していたメーデル塾長が、本国から参加する連中と展示品の輸送を請け負っているのだと説明する。砂漠を形成しているプネウ珪砂を吸い込んだジェットエンジンは、いつ爆発するかわからない時限爆弾を抱えているようなもの。航空機はまったく使い物にならないのでμ大陸には空港がない。
ナンデナン公国はドンカーツから北へ300キロほど離れた位置にある島国で、最も近い国際空港があるという理由からμ大陸への玄関口となっている。スイーラ連合法国の本土から採掘フェスへ参加する軍人や企業はナンデナン公国まで空路でやってきて、そこからパスタデアールまではフキシオを利用するのだという。
「スノウライト候補生も同じルートでドンカーツへ来たのではないのかね?」
「夜中に輸送機が着陸して、降りたところにいたバスに乗ったら潜水艦へ連れてかれて、真っ暗で風景も見えませんでしたから……」
本土の出身なのだから入学する際に同じルートを利用しただろうとメーデル塾長に尋ねられ、真っ暗で自分がどこにいるのかもわからなかったと答えるコマチ。最初は船で向かう予定だったのだけど、台風が近づいてきて海が荒れる予報が出ていたため潜水艦に変更されてしまった。そのせいで風景のひとつも楽しめず、ようやく外の空気が吸えたと思ったらドンカーツの港にいたのだと当時の様子を振り返る。
「あら、コマチちゃんは潜水艦に乗ったことがあるのね~」
「あたしとプーちゃんはそうでした。窓もなく狭苦しい印象しか残ってません」
一緒に機体の積み込み作業を確認していたフワティーが、珍しい体験ができたではないかと羨ましがる。もっとも、狭い艦内で丼ものの食事をとる以外は時計を眺めるくらいしかすることがなかったので、コマチにとって楽しい思い出ではなかった。
「空港がないんじゃ、観光に訪れる人も集まりませんよねぇ」
観光客を呼び込みたいという構想があることを思い出して、貨物埠頭の向こうに広がるドンカーツの街を振り返るコマチ。店舗やレジャー施設もそこそこ揃っているものの、やはり現地住民を対象としているせいかこじんまりとした場所ばかりだ。観光スポットの目玉と呼べるような規模の施設はない。
「飛行機を降りてから船っていう観光名所は珍しくないわよ~。むしろ素敵な場所が多いくらいなのだけど、やっぱりメジャーにはなれないのかしら~」
「輸送力の確保が課題だと市長は言っていたな」
熱帯の島々には船でしか渡れない場所にこそ自然なままの美しいサンゴ礁や動植物が残っている。開発が進んだ場所にある見どころなんてお土産屋さんくらいしかないのにとフワティーが眉をひそませ、どれほどの観光名所もアクセスが悪くては穴場スポットの域を出ないとメーデル塾長が嘆息した。年間百万人を収容できるビーチリゾートを建設することも難しくないものの、それだけの観光客に足を運んでもらうためには単純計算で一日に3千人弱を輸送できる交通手段がなければとドンカーツの市長が頭を悩ませていたことを語る。
「3千人が乗れる船ってどのくらいなんですか?」
「大型クルーズ客船か海軍の主力空母ってところだな」
「想像しただけで頭が痛くなってきました」
3千人を船で運ぶと言われてもピンとこないコマチが尋ねたところ、乗員を含めない乗客数でそれだけ運ぶなら全長が300メートルを超えるような大型船になるとメーデル塾長が答えてくれた。巨大空母が定期便として就航している様子を想像したコマチが両手の指先でこめかみを押さえる。空港がないというハンデキャップの大きさを痛感していたら、輸送艦フキシオの士官が機体の積み込み完了と報告してきた。金具やワイヤーでしっかり固定されていることを確認し、渡された作業手順書の荷主側監督者欄にサインを入れて返す。
「我々としてもドンカーツには魅力的な都市に発展してもらいたいところでな。赴任を希望する士官が増えれば、本国の連中から『砂漠送り』なんて侮られずに済む」
貨物デッキから上甲板へ通じる階段を上がりながら、本国にいる上級士官の中にはμ大陸を左遷先のように考えている連中も多いのだとメーデル塾長が語る。今やプネウナイトは兵器にも必要不可欠な資源。採掘が滞れば戦争を続けることも困難だというのに、口の悪い一部は採掘部隊を「鉱山奴隷」なんて呼ぶ。ここはパラダイスだと優秀な若い士官を呼び込んで、そんな連中を見返してやりたいという。
「だからって、詐欺被害者を増やさないでください」
プンスカと憤りを表すメーデル塾長にコマチは無常だった。大義があればどんな手段も許されるなんて思うなと不機嫌そうに頬を膨らませる。現にプライベートビーチでバーベキューを満喫できたではないかという反論にも、揚げ物係として動員させられただけと譲らない。
あれは絶対に詐欺だ。いいや、詐欺ではないと言い合うふたりと、ひとりプークスクスと笑うフワティーが上甲板へ到着する。燦々と日射しが照り付けてくる上甲板でひとりの小柄な男性と一緒にいるのはデイジーとアンリエッタだ。まだお昼前だというのに黒のバニースーツに外側が白、裏地に赤を使ったノースリーブ燕尾服なんて格好をしている。
「プーちゃん。どこからどう見ても変態さんだよ」
「しっ、仕方ないでしょっ。これが条件だったんだからっ」
そして、どうしてかバニースーツの上から純白のオムツを着けていた。




