11 モローニ博士
「ふたりは僕が雇った。アシスタントにバニーガールの格好をさせるのは伝統だと思うのだけど、おかしなところがあるかな?」
採掘フェスの主催者から特別講演を依頼されてしまったのでアシスタントを探していたのだと語るコマチよりも小柄な男性。ドンカーツ基地に居候している軍大学教授のモローニ博士が、アシスタントと言ったらバニーガールだろうと同意を求めてくる。
「マジックショーじゃないんですから……」
「タネを仕込んで聴衆をビックリさせる。特別講演なんてショーと変わらないよ」
マジックショーの定番ではあるものの真面目な講演にはそぐわないとコマチが主張しても、タネを用意して聴衆を楽しませるという点は同じだとモローニ博士は聞き入れなかった。これもまたエンターテイメントと講演者本人に言われてしまっては、反論の余地などひとつしか残っていない。
「このオムツはどう考えてもおかしいと思います」
「誰だってオムツのお世話になってるんだ。オムツ差別は許さない」
わざわざバニースーツの上からオムツを着用する意味があるのかとコマチが問い質すものの、人にはあらゆるシーンでオムツを着ける自由がある。ドレスコードでフォーマルと指定されていようともオムツは許されるのに、勝手な自分ルールを押し付けるなとモローニ博士から差別主義者扱いされてしまった。
「大学教授に弁論で勝てるわけがない。潔く諦める」
デイジーとふたりで猛抗議したものの軽く言い負かされてしまった。自分たちの手に負える相手ではないと、悔しそうに奥歯を噛みしめるコマチをアンリエッタがたしなめる。すでにあらゆる言い分は論破された後なのだとデイジーが肩を落とす。
「主催者から直接招聘がございましたの~?」
「わざわざμ大陸まで足を運びたくなるような発表をしてくれる研究者が他に見つからないらしくてね。いいようにこき使われているんだ」
参加国や企業を通してではなく、採掘フェスの運営委員会から直接依頼されたのかとフワティーが尋ねれば、もう毎年のように頼まれているのだとモローニ博士は肩をすくめてみせた。運営委員会のエージェントによれば、公表できるのはここまでとしょっぱい講演でお茶を濁そうとする研究者ばかりという話。ひとりでも多く来場者を獲得したい主催者側としては、タイトルだけで話題になるようなネタが欲しいのだろうと語る。
「研究内容を秘匿したがる方ばかりだと~?」
「研究者っていうより、所属している大学や企業の意向だろうね。研究成果や権利は組織が管理しますって契約を交わしてるんだと思う」
今時の研究者は秘密主義者ばっかりかとフワティーが頬を膨らませる。その様子を見たモローニ博士は、研究者ひとりの判断では明かせない事情があるのだと口元に笑みを浮かべた。首都にある国立大学からスカウトされたこともあって、待遇は軍大学よりずっとよかったものの、研究成果の公表は特許出願から学会への論文提出に至るまで大学側の同意を必要とする条件だったという。
「僕は好きにやらせてくれる軍大学に留まることにしたけど、転籍にはキャリアアップって一面があるのも事実だしね。研究者ばかりを責められないさ」
採掘フェスで最新の研究成果を発表しても大学や企業に益はない。交渉窓口となる担当者は組織の利益を最大化するのが仕事だから、いくら理念や社会的使命を説明されたところで首を縦に振ることは立場上無理がある。効率を求めて分業を進めた結果、融通が利かなくなっただけの話と達観したような口調で語るモローニ博士。誰かが研究成果の独占を狙っているとか意地悪をしているわけではないのだと説明されたフワティーは、納得がいかないと告げるかのようにますます頬を膨れさせた。
「甲板の上は暑いね。展望ラウンジでビールを空けて頭を冷そうぢゃないか」
「それはよいアイデアですな。さっそく行きましょう」
こんな場所にいるからのぼせてしまうのだと、プンスカと頭に血をのぼらせるフワティーをモローニ博士が飲みに誘う。そいつはナイスな提案だと動画撮影用のカメラを手にしているメーデル塾長がさっそく話に乗った。まだ、午前中なのにとコマチがまなじりを吊り上げる。
「こんな時間からお酒なんていいんですか?」
「もちろん構わないぞ。そのための展望ラウンジだ」
「おぉ、カマース艦長。相変わらず話がわかる」
軍法会議にかけられても弁護できないぞとコマチがメーデル塾長を問い詰めるものの、背後から採掘部隊の野戦服とは異なる白地にブルーのラインが入った水兵っぽいシャツを着たおっさんに展望ラウンジを楽しんでほしいと声をかけられた。メーデル塾長と同年代くらいで階級章によれば海軍中佐なこの人物は、輸送艦フキシオの艦長であるという。
「出港前は一番慌ただしい時間なのでね。乗組員以外は一カ所にまとまってじっとしていてくれると助かる。そのためなら飲酒だって許可しよう」
出港直前は船体各部のチェックに積み荷や補給物資の確認、乗員の点呼などやることが山積みだから、乗組員たちも乗客に注意を払っている余裕がない。なので、展望ラウンジで酒盛りでもしていてくれと告げるカマース艦長。そのために艦橋の屋上だった場所を壁や窓で覆ってラウンジに改装したのだと語る。
「離岸まであと1時間だからな。手間をかけさせるなよ、メーデル」
「承知しておるとも」
同じ中佐同士、仲は良いようでおとなしくしていろと言われたメーデル塾長が信用しろとサムズアップを返す。艦内構造を憶えているらしいモローニ博士にこっちだと案内され艦橋の屋上にある展望ラウンジへ到着してみれば、ノリーオ大尉と砲手に選抜されたエイガスに採掘部隊のサルーナ大尉、加えて整備兵っぽいツナギに身を包んだ男性4人がすでに缶ビールを空けていた。
「頼むから採掘科が変態の巣窟と勘違いされるような格好はやめてくれ」
「これはモローニ博士の趣味。好んでこんな格好をしているわけではない」
氷とドリンクの詰まったクーラーボックスから缶ビールを取り出しながら、なんて格好をしているのだとエイガスがアンリエッタとデイジーをたしなめる。これは雇い主からのオーダーだとふたりが反論し、さすがモローニ博士とツナギ姿の4人が喜びの声をあげていた。軍大学教授と親しいのかとコマチが問い質す。
「たまに整備科で特別講義をしてくださるんだ。設計意図といった、もう製造したメーカーの技術者でなければ知らないような話までしてくれる」
ドンカーツ分校にはコマチの所属する採掘科と、反発式浮遊デバイスなどの構造や整備を学ぶ整備科のふたつがある。ピギー04とバニー02の機体整備のため、整備科から教官ひとりと士官候補生3名が参加していた。モローニ博士は反発式浮遊デバイスにも詳しく、パーツの形状に秘められた設計意図まで読み取って説明してくれるから候補生たちに人気なのだという。
「アシスタントと言ったら、やっぱりオムツバニー。君たちもそう思うだろ?」
「さすがモローニ博士。俺たちじゃ諦めるしかない本音を実現してくださる」
「もう、これだけで採掘フェスに参加した甲斐があるってもんです」
採掘科ではオムツ刑事と名乗って正しいオムツの着け方しか講義したことがないのにとコマチが視線を向ければ、整備科の候補生たちがまるで宗教組織の教祖であるかのようにモローニ博士を褒め称えていた。採掘科の女性候補生がバニーガールの格好をしてくれるなんて、もう殉職しても心残りはないと涙を流している。
「わけもなく機体が爆発しないか不安になってきました」
「あんな連中でも腕のいい奴を揃えたから安心してくれ」
機体の整備を任せて大丈夫なのかとコマチが不安を口にしたところ、腕前の方はバッチリだと整備教官のヤマヅミ中尉が請け負った。整備科には女性の士官候補生がいないせいで、少々おかしなノリになっているだけだという。採掘科と違ってガチガチの理系であることに加え、本校の整備科に女子枠が設けられていることもあってドンカーツ分校を志望する女性なんていないらしい。
「まぁ、塾長のPR映像に引っかかるような粗忽者ばかり増えても困るが……」
「ぐほぇあっ……」
コマチが入学した経緯を知らないようで、欠片ほどの悪意すら感じさせない口調でヤマヅミ中尉が言葉の大槍を突き立てる。見事に釣られた本人が胸を押さえてその場に崩れ落ちた。
「大丈夫かい。具合が悪いなら医務室へ……」
「なんでもありません。お気遣いなく……」
肩をプルプル震わせてうずくまるコマチ。心配したヤマヅミ中尉に医務室へ案内しようかと声をかけられるものの、お気になさらずと青褪めた笑顔で答えた。そのままズルズルと床を這って逃げるように遠ざかり、冷えたドリンクの詰まったクーラーボックスへ向かう。
「も~う、飲まなきゃやってられません」
「おおぅ、スノウライト候補生は心を決めたようだな」
クーラーボックスから缶ビールを取り出したコマチが勢いよくプルタブを引けば、ブシィとガスが抜ける音と共に飲み口から泡が溢れだす。零れたらもったいないと言わんばかりにコマチがグビグビ缶ビールを傾け始めた。ここぞという場面で思い切りのよい操手はアテにできると、メーデル塾長もエイガスに渡された缶ビールを開ける。
「艦内をウロつかれるのは迷惑ということなら、もう飲むしかない」
「そうね~、水兵さんの手を煩わせるのは申し訳ないわ~」
アンリエッタとフワティーにデイジーも、ここでおとなしくしているのが一番邪魔にならないならと缶ビールに手をつける。サルーナ大尉がつまみのナッツや乾きものをテーブルに広げ、モローニ博士と整備科の4人も冷たいビールが最高だとゴクゴク喉を鳴らす。
「プーちゃん、抱っこ~」
輸送艦フキシオが岸壁を離れ動き出したころ、ヤケ酒の如くビールを呷っていたせいで酔いが回ってきたのかコマチがデイジーに絡み始めた。膝枕を要求すると、そのままグースカ寝入ってしまう。
「オムツを枕に高いびきとは……なかなかに侮れない娘じゃないか」
オムツバニーガールの膝枕で気持ちよさそうに寝息を立てるコマチの姿を見て、赤ちゃんみたいで可愛らしいとフワティーが頬を指先で突っつき、百合オーラが尊いと整備科の候補生たちが拝む。これは絶好のチャンスとメーデル塾長が動画撮影用のカメラを回す一方で、ひとりモローニ博士だけはライバルに対するような鋭い視線を向けていた。




