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熱砂の採掘戦場から  作者: 小睦 博


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12/32

12 行方知れずの姫君

 コマチが寝ている間に輸送艦フキシオは護衛艦タレシオと共にドンカーツの港を離れた。およそ10時間の航海を経てナンデナン公国の首都カーレナンに到着する。接岸したのはすっかり夜の帳が下りたころ。スイーラ連合法国軍が借り上げている埠頭に旅客ターミナルなどあるはずもなく、周囲はひと気のない墓地のような静寂に包まれていた。ポツリ、ポツリと寂しげな灯りをともす街路灯に積み込みを待つコンテナが照らし出される波止場を見て、船から降りたところで何もないと割り当てられた船室へ戻る。


 夜が明けると早朝から積み込み作業が始まり、貨物デッキは慌ただしい喧騒に包まれた。コマチが作業を眺めているとピギー04によく似ているものの細部が異なる機体が引っ張り込まれてくる。製造したワルトロン社の技術者が立ち会っていたので尋ねたところ、同じ機種だけど採掘部隊のお下がりであるピギー04は初期生産モデルという答えが返ってきた。今、積み込んでいるのは幾度かのマイナーチェンジが施された現行モデル。なお、ワルトロン社としては採掘部隊でパタスのコールサインがあてられている最新機種を販売したかったものの、政府の輸出許可が間に合わなかったという。


「ヘーイ、君たち。街へ買い出しに行かないかい。ちなみにアシ1号と2号は強制ね」


 コマチたちが積み込み作業を眺めているところへモローニ博士がやってきて、出港したら3日間ほど補給なしだからお酒や食材を買い込んでおこうと誘ってきた。雇われ中のアンリエッタとデイジーは荷物持ちで決定済み。ノリーオ大尉が車を手配してくれたと右手の親指で大きく開けられている船尾ハッチの外を指す。


「もしかして、モローニ博士ですか? お会いできて光栄です」

「君は……あぁ、ワルトロン社の技術者か。公演を楽しみにしていてくれ」


 軍需企業からも尊敬を集めているようで、ワルトロン社の技術者がモローニ博士に握手を求める。講演内容に自信があるのか期待してくれていいぞと博士が応じていた。積荷を搬入するためのランプウェイを兼ねている船尾ハッチを通って船外へ出れば、15人くらい乗れそうなマイクロバスがこちらへ向かってくる。運転しているのはノリーオ大尉、助手席で動画撮影用のカメラを構えているのはメーデル塾長だ。


 フキシオが着岸したのは市街地から離れた場所に設けられたμ大陸で活動する軍に貸し出している埠頭のひとつ。この島国には同じような埠頭がいくつかあって、それぞれ別の国が借りているという。マイクロバスに乗り込んで埠頭の出口に向かえば出入国管理所があったものの、軍の身分証明書を提示して過去に犯罪履歴がないことを確認しただけで通過できた。


「こんな時間から、もう飛行機が到着しているのね~」


 海沿いの道を市街地に向かって走っていくと、滑走路への進入ルートになっているのか高度を下げた大型旅客機がエンジン音を轟かせながら頭上を通り過ぎていく。早朝から開いている卸売市場はともかく、まだ普通のお店が開くには早い時間帯。こんな時間に到着する便なんて4年前はなかったとフワティーが驚いている。


「2年ほど前、空港に新しい国際ターミナルと滑走路が完成してから発展が目覚ましいと市長が悔しがっていたな。今ではこの地域の国際ハブ空港だ」


 かつては民間旅客機より軍用貨物機の方が多いくらいだったものの、前の公爵が亡くなって今の公爵に代わってから方針転換され、空港施設の使用料が大幅に引き下げられた。乗り継ぎの利便性を考慮したターミナルビルが新築され、周辺の島々へ向かう小型機への乗り換えもターミナル内の移動だけで楽ちん。年間の利用者数が前年の何倍という勢いで増加し、国全体が好景気に沸いているとメーデル塾長が語る。なお、情報源はドンカーツの市長らしい。


「観光施設も充実して、大型テーマパークもオープンしたそうだよ。ガラス張りの海底トンネルが人気だってさ」

「開発と運営は連合法国のドブネズミエンターテイメントが請け負ったらしい。今の公爵閣下は外国企業の誘致に積極的という話だ」


 借り上げた埠頭を管理している士官から情報を聞き出したそうで、様々なプールと海水浴場に遊園地、水族館、カジノ付き宿泊施設が一体となった海をテーマにした大型レジャー施設が半年前にオープンして人気だとノリーオ大尉が教えてくれる。メーデル塾長の話によれば開発したのはスイーラ連合法国の有名企業だそうな。昔ながらの統治者が気まぐれに物事を決定するやり方を改め法整備を進めた結果、政治リスクが低下したと外国からの投資が集まるようになったという。


「開発が進んで国が豊かになるのはよいことだけど~、懐かしい景色がなくなってしまうのは寂しいわね~」


 国が発展することで得られるものは大きいけれど、失われていくものもある。思い出に残る風景にはもう二度と会えないのかと、フワティーが悲しそうな表情で窓の外を眺めていた。視線の先にあるのは海岸線沿いに建てられた30階くらいありそうな高層ビル。ドブネズミエンターテイメント社が建設したカジノ付きリゾートホテルに向けて、あんな無粋な建物はなかったのにと唇を尖らせる。


「公爵様も苦渋の決断だったのかもしれないよ。この国の独立を保つためには、多くの国にとって利便性の高い中継地であることが望ましいんだ」


 ぶすっと不機嫌そうなフワティーに、それも国防戦略の一環なのだろうとモローニ博士が語る。ナンデナン公国をμ大陸への玄関口として利用しているのはスイーラ連合法国だけではない。それらの国々にとって最も不都合なのは、この島がライバル国の支配下に落ちること。他国に占領されては困るけど、戦争して奪い合うのも負担が大きいから独立した主権国家であり続けてほしいと思わせ三すくみに似た状況を作り出す。互いに牽制しあう国々の真ん中で八方美人外交を展開するのがこの国の生き残り戦略なのだろうと告げられ、そこまで深い裏があったなんてとフワティーが目を見開いた。


「犠牲を払って占領するより賃料を支払って港湾施設を利用する方が、どの国にとっても安上がりというわけか。そして、観光に訪れる民間人が増えるほど軍事目標にはしづらくなる。その中には自国民だっているわけだからな」

「ぜ~んぶ、国の将来を考えてのことだったのね~」


 モローニ博士の説明を耳にして、よく練られた戦略ではないかとメーデル塾長が納得したように頷き、そこまでは考えが及ばなかったとフワティーが感心していた。話についていけないコマチとデイジーはフムフムとわかったような顔でおやつのスルメをしゃぶっている。


「プーちゃん、わかる?」

「つまり、スルメは噛めば噛むほど味が出るって話ね」

「あたしもそうじゃないかと思ってた」

「野人と不勉強な輩は素直にわからないって言う」


 ふたりの会話を耳にして、わかったフリすんなとツッコミを入れるアンリエッタ。だったら理解できているのかと問い質され、これはヒトの持つ病んだ僻み根性を利用した策略だと説明する。納得できないコマチとデイジーが、そんな歪んだ人間が存在するものかと猛反発しているうちにマイクロバスは目的地である生鮮市場へ到着した。


「小さいけど、よいダシの取れそうなカニさんが安売りされてますね」

「カニ、Fuuuu――――ッ!」


 鮮魚店の店先で特売品の札がかけられた小振りなワタリガニを見つけ、身には期待できないけどダシをとるには充分とコマチが購入した。ちっちゃいカニでもダシ汁で美味しいピラフが炊けると告げられて、デイジーたち3人が奇声を発しながら踊り狂う。


「これは経験によるものだね。厨房で修行していた時期があるのかい。あの歳で?」

「彼女は実家が食堂だったと聞いています」


 小さかったり形が不揃いだったりと欠点のある特売品だけど、使い道を誤らなければ美味しくいただけるのだと買い漁るコマチの様子を見て、ひと癖ある食材を使いこなすには知識よりも経験が必要とされる。料理教室に通った程度で身につくものではないとモローニ博士が疑問を口にした。実家が食堂で毎日のように厨房へ立っていたらしいとノリーオ大尉から説明され、なるほどと納得する。


 鮮魚に続いて精肉、乾物に調味料を買い込み、最後に酒を見繕う。料理に使う酒は調味料と一緒に確保済みなので、暇そうに酒瓶が並ぶ棚の間をぶらついていたコマチは、壁に張られた一枚の張り紙を目にして強い違和感を覚えた。この顔見たら即通報と書かれた手配書で、似たようなものはスイーラ連合法国でも目にしたことがある。手配書自体は珍しくないものの、真ん中の一番大きい人相書きに描かれているのはコマチよりも年下と思われる10代半ばの少女だった。


「ハラフワティー・ナンデナン元公女、罪状は前公爵殺害って……」


 こんな娘がどんな重罪を犯したのかと罪状に目を通してみれば、この国を治めていた先代の公爵はこの少女に殺されたのだと書かれていた。しかも、元公女ということは前公爵の血縁者なはずである。


「そりゃ姫様だよ。まぁ、今の公爵様も本気で捕まえるつもりはないんだと思うけどね」


 お家騒動でもあったのかとコマチが訝しんでいると、酒を買いに来たと思われるおばちゃんが現公爵の長女だと教えてくれる。先代の公爵は齢90を超えても権力の座にしがみついていたそうで、若いころは優秀であったものの、寄る年波には勝てず判断力が危ぶまれるようになっても地位を息子に譲らなかった。とうとうトチ狂ったのかパーティーで見初めた16歳の娘を妾にすると言い出し、彼女は血のつながったひ孫だと周りが止めても聞き入れない。仕方なく輿入れさせ離宮で初めての夜を迎えた翌朝、侍従がご機嫌をうかがいにいったところ、冷たくなった前公爵の遺体だけが残されていて娘の姿はどこにもなかったという。


「裁きを受けさせなければって姿勢を示す必要があるんだろうけど、実際は公爵様自身の手引きで外国へ逃がされたんじゃないかって言われてる。結局、姫様のおかげで代替わりが進んで景気も良くなったからね。みんな、それでいいって思ってるよ」


 嫡子とされていた前公爵の息子は老人が権力の座に居座ることの弊害をまざまざと見せつけられてきたせいか、自分はもう60歳を超えたからと襲爵を辞退し、次の世代に後を継がせた。それが今の公爵様だという。支配者の代替わりにあわせて様々な分野の指導者層が一気に若返り、わずか数年で国は大きく発展した。ハラフワティー姫様には感謝こそすれ、裁きを受けさせることなんて誰も望んじゃいない。公爵様がこっそり逃がしたのならそれもアリだとおばちゃんは語る。


「手配書に興味があるのかい。ハラフワティー元公女って……僕が会ったのが20年前だから、今はもう二十歳を越えているはずだ。ずいぶん古い人相書きだね」


 姫様を突き出してもよいことなんてないぞと言い残しておばちゃんが去っていき、入れ替わりにフワティーたちを引き連れたモローニ博士がやってくる。コマチの見ていた手配書に目を向けると、今はこんなに幼くないはずだと言い出した。


「会ったことあるんですか?」

「ここの公爵様は工学博士でね。研究分野も近かったから交流があったんだ。1歳と3か月になる娘を自慢してきやがったんで、オムツを取り替えて正しい着け方を奥さんに指南しておいた」

「おむづっ?」


 この国の支配者とは互いに一介の研究者だったころに交流があった。ハラフワティー姫様のオムツを取り替えたこともあると、モローニ博士があっけらかんと語る。オムツに気に入らないところがあるのかむずかっている様子だったので、きちんとつけ直して足裏をフキフキしたら機嫌を直してくれた。袖をガッチリとつかんだままお昼寝を始めてしまい放してくれなかったと聞かされて、フワティーがおかしな声をあげる。


「どうかした?」

「ああ……あ、赤ちゃんがご機嫌だったようでなによりでございましたわぁ……」


 そんなにビックリすることかとモローニ博士に尋ねられたフワティーが顔色を青褪めさせ肩をプルプル震わせながら、赤ちゃんのご機嫌が第一であると口にする。たまには強いお酒が飲みたいと、ぎこちない足取りで蒸留酒が置いてあるコーナーへと向かっていった。


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― 新着の感想 ―
何でそんな落ち着いた喋り方なんです?? お前はもっとハジけてたはずだろう!猫を被るかドブネズミめ! オムツはみんな履くんだからショックを受けることは無いさー
ハラフワティー…なんて体型がぽっちゃりしていそうな名前なんだ…
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