13 本国の士官たち
コマチたちが買い出しを終えて輸送艦フキシオに戻れば、ちょうど本国から派遣されてきた士官の一団が到着したところだった。団長はカッター大佐という40歳をちょっと超えたくらいのオジサンだという。
「四十そこそこで大佐って早くないですか?」
「多分、少将以上の高級幹部になることが見込まれているエリート士官様」
50歳を超えているメーデル塾長だって中佐なのにとコマチが疑問を口にする。塾長はおそらく大佐が限界で、それより上は特殊な条件を満たして二階級特進をはたすしかない。一方、カッター大佐はいずれ中将や大将まで昇進する選ばれし者なのだろうとアンリエッタが興味なさそうに答えていると、コマチたちドンカーツ分校の一団に気づいたカッター大佐がツカツカと歩み寄ってきた。
「軍大学ではお世話になりました。お元気そうでなによりです、モローニ教授」
「やぁ、君か。久しぶりだね」
エリート士官様が何用かとコマチたちがビクビクしている前で、カッター大佐はモローニ博士へ礼儀正しく挨拶した。また思いもよらぬ人物と交流を持っていたのかと口から魂が抜けたような表情を浮かべるフワティー。大佐曰く、軍大学で高等幹部教育を受けている間に薫陶を賜った恩師であるという。
「薫陶ですか? オムツじゃなくって?」
「君、オムツの正しい着け方を忘れてやしないだろうね?」
「一昨年まで下の娘がオムツでしたからね。教授のおかげで妻が育児ノイローゼにならなくて済みました」
モローニ博士はオムツの着け方しか教えてくれないのにとコマチが首を傾げたところ、本当に伝授していたようで教えを忘れていないだろうなと博士がカッター大佐を問い質した。おかげで育児に悩まされずに済んだ。腕は錆びついていないと大佐が胸を張る。
「そいつはよかった。展望ラウンジでビールはどうだい?」
「お供したいところですが、目の離せない連中がいるもので……出港したらご一緒しましょう」
一緒に飲まないかとモローニ博士が酒盛りに誘ったものの、部下たちが乗組員に迷惑をかけないよう見張っておく必要があるのだとカッター大佐に断られてしまう。軍人のくせにお客様のように扱われるのが当然と考えている不心得者がいるから、出港前の忙しい時間に乗組員とトラブルを起こさないよう見張っておかなければと大佐は本国からやってきた一団へと戻っていった。
「もしかして、モローニ博士ってすごい教授なんですか?」
「たまたま縁に恵まれたってだけだよ」
「狙って得られるものではないから奇縁と言う。それは、生まれながらに恵まれている勝ち組の証」
あんなエリート士官様から恩師と呼ばれるなんて、ただのオムツ工学博士ではなかったのかとコマチが目を丸くして尋ねる。ナンデナン公爵ともカッター大佐とも、相手のことを知って近づいたわけではない。本当に偶然だったのだと肩をすくめるモローニ博士を見て、これが宿命に選ばれし勝ち組様かとアンリエッタがギリギリ歯を鳴らしていた。恵まれていると言われればそのとおり。努力の結果ですなんて口が裂けても言えないと博士が苦笑いを浮かべる。
「乗組員たちの邪魔になっちゃ悪いから、展望ラウンジへ向かおう」
フキシオの乗組員は出港まで作業が山積みなので、展望ラウンジで飲んでいようとモローニ博士が先に立って歩きだす。コマチも購入してきた食材を冷蔵保管庫へ入れさせてもらい、製氷機から氷をいただいて展望ラウンジへ向かう。ドンカーツ基地のメンバーでチビチビやっていれば日没の直前になって艦が動き始めた。
「うわぁ……すごい夕焼けですね」
展望ラウンジの窓から眺める西の空は沈みゆくオレンジ色の夕陽に照らされ、風にたなびく雲は朱く、水平線まで続く波は黄金色に輝いていた。これはお金を払ってでも見る価値のある絶景だとコマチがはしゃぐ。
「そ~ねぇ~。あのホテルがなかったら、もおっとよかったんだけどねぇ~」
強いお酒をグビグビ空けて目の据わったフワティーが、あいつが邪魔なのだと岬の上にで~んと居座っているドブネズミエンターテイメント社の巨大ホテルを指差す。言われてみれば、確かにひとつだけ大きな建物があるせいで違和感を覚える。いずれ同じような建物が増えて、いつかしかおかしいと感じなくなった時、この自然豊かな光景は二度と目にすることが叶わなくなっているのだと嘆くフワティー。こういう時はアレだとコマチが情報端末のカメラ機能を使ってパシャリと目の前の風景を映像に残した。
「最近はこうしてって言うだけで自動的に加工してくれるんですよ」
邪魔っけな建物を消すようにコマチがリクエストすれば、映像に映り込んでいた巨大ホテルが消えてややボケた感じの森だけが残った。これでどうだと見せれば、フワティーにガッチリ両肩をつかまれる。
「違うのよ~。私が言いたいのはそういうことじゃないのよ~」
そういうことを求めているわけではないとコマチの肩をガクガク揺すぶるフワティー。野人が文明の利器を使いこなそうなんて考えるからだとアンリエッタが冷たいひと言を放つ。
「開発が進むのは悪いことじゃありません。人が減って廃屋が雑木林に飲み込まれていくよりずっとマシです」
手付かずの自然というものは人が暮らす環境として過酷すぎる。住人が減っていく限界集落では、人の生活圏がどんどん大自然に奪われていくのだと語るコマチ。1年前に人の住まなくなった廃屋が雑草に覆われてしまい、草刈りをしようとしたら家がイノシシの親子に占拠されていた。母イノシシにどつかれたおじいさんは都会にある大きな病院に入院して戻らず、またひとつ廃屋が増えたなんて話も珍しくない。自然は人の手によって管理されてこそ安全で美しいと主張する。
「コマチちゃん……いったいどんなところで暮らしていたの?」
「コマチは大自然と戦って生き抜いてきた野人。文明人の常識では計れない」
人類にとって自然は脅威であると力説するコマチに、フワティーが唖然とした表情を浮かべて問い質す。放っておいたら人が住めなくなるのだから、開発して勝手に溢れださないよう抑制すべきだと告げられ、反論が思い浮かばないのか言葉を失っている。自然は屈服させるべき敵だなんて、文明人とは感性が違い過ぎるとアンリエッタはすっかり呆れ顔だ。
「コマチィィィ……お腹空いたよ~う」
そして、ひとりデイジーだけはそんなことより夕食だとご馳走をおねだりしていた。どうにもならないことに頭を悩ませても仕方がない。今は一刻も早く食事を作ってくれとコマチにしがみついて体をユサユサ揺する。
「そうだね。他国の決めたことに口出しする筋合いなんてないんだし……」
「そうそう。外国のことより自分のご飯でしょ」
あれこれ考えたところで自分たちに決定権はないのだとコマチが席を立つ。どうにもならないことより目の前の食事が大事。それは真理だとフワティーとアンリエッタが続き、お手並みを拝見させていただこうとモローニ博士も厨房へやってきた。管理責任者の主計士官に許可を取り、海軍の糧食も丼ものなため普段は使われることのない厨房を貸してもらう。
小振りなものの6匹ほどいるワタリガニは締めて表面の汚れをゴシゴシ洗って落とした後、軽く下茹でをする。茹であがったら甲羅を剥すように分解し、カニミソはのちほど使うので器に集めておく。胴体はエラなどの不要な部分を削ぎ落してから真っ二つに割り鍋に放り込む。カニの入った鍋に水を張り、昆布とお酒を追加。水から煮てゆき、沸騰する直前に昆布は取り出す。あとは15分ほど煮てザルで濾せば完成するので、アク取りをアンリエッタに任せコマチは米の調理に取りかかる。
大きな丸底鍋に油を入れ、デイジーとフワティーに刻ませたニンジンとタマネギを炒めていくコマチ。タマネギが透きとおってきたらおろしニンニクと剥いたエビ、生米にバターを投入し、全体に香りが行き渡るようかき混ぜながらまんべんなく加熱する。お米が透きとおってきたところで出来上がったカニのダシ汁をドバドバ注いで水量を調整。取り置いておいたカニミソと調味料を加えてよく混ぜ、蓋をして炊き上げていく。蓋の縁から漏れてくる湯気がなくなって、かすかに焦げた匂いを感じたコマチが火を止めた。
「コマチ、なんだかすごい見られてるよ」
「これは私たちの食事。あっちへ行く」
しばらく蒸したら美味しくいただけるとコマチが顔を上げると、厨房の外に人だかりができていた。匂いに釣られて集まってきたらしい。軍人様が卑しいマネをするなとアンリエッタが激しく威嚇して追い払っている。
「その服は採掘部隊の野戦服よね。な~んで食事が違うのよ? 不公平じゃない」
「自分で用意したからに決まっている。ケバいおばさんは丼もので我慢する」
「ケバッ?」
集まっている中に海軍の水兵服とは違う軍服に身を包んだ女性士官がいた。どうして待遇が異なるのかとアンリエッタに向けて不満を漏らし、ケバいと言われて目を剥いている。確かに厚化粧ではあるものの、年齢的には20代後半といったところ。世間的にはまだまだ若いのだろうけど、19歳のアンリエッタにしてみれば充分に世代差を感じる年齢だった。
「大佐殿に食事を用意するとは感心だな。出来上がったのならさっさと配膳するように。私とシーゲル中尉の分も忘れるなよ」
女性士官とアンリエッタが睨み合っているところへ、今度はメーデル塾長と同じ50歳を過ぎていると思われるおっさんが進み出てくる。大佐のための食事であると一方的に決めつけて、すぐに配膳するよう言い渡してきた。大佐というのはカッター大佐のことだろうかと訝しむコマチ。なぜなら、おっさんのすぐ後ろには当人が丼ものパッケージが乗せられたトレーを手に立っているのだ。
「イッシャー少佐。私の用意した食事に不満があるのかね?」
居丈高なおっさんは少佐であった模様。カッター大佐が自ら用意した食事と言われて意味が理解できないのか目をパチクリさせている。
「私が司令本部の調達主任であることを忘れたわけではあるまいね。皆が丼ものと呼んでいるこの糧食は、私が手配して部隊に支給しているのだよ」
スイーラ連合法国軍の糧食は司令本部が一括で手配し、補給部隊を通じて各部隊へ配布している。つまり、兵員にこれを食べていろと丼ものを支給しているのは自分に他ならないとカッター大佐がニヤリと口元に笑みを浮かべた。
「司令本部は自らが口にしたくないような食事を部隊へ支給している。そのように受け取られかねない言動は慎みたまえ。司令部員としての自覚があるならな」
「し、失礼しました……」
自分たちが支給した食事に対して、こんなもの食べていられるかと不満を漏らす司令部員を見て部隊所属の士官たちがどう感じるのか。少しは想像力を働かせろ。司令部員としての自覚が足りないとおっさん改めイッシャー少佐を叱責するカッター大佐。厚塗りメイクのせいで顔色は判然としないものの、シーゲル中尉と呼ばれた女性士官もこめかみをピクピクさせながら身体を強張らせる。
「なるほど、目が離せないと言っていたのはあのふたりか……」
さっさと好きな丼ものを取ってこいとふたりに命じてカッター大佐が隅っこの空いている席へ向かう。お客様気分でいる不心得者とはあいつらかと、モローニ博士がニヤニヤした笑みを浮かべながら教え子の背中を見送る。そろそろ食べごろだとコマチが丸底鍋の蓋を開ければ、食欲をそそるカニの香りが辺りへ広がった。
「カニから取った出汁で炊いたエビピラフ。略して、カビピラフでございますっ」
「コマチはセンスがない。食事が不味くなるような略称はやめる」
これぞカビピラフとコマチが皿に盛っていけば、ネーミングのセンスが壊滅的だとアンリエッタがしかめっ面を作った。美味しければ名称なんてどうでもよいとフワティーがスプーンを手に取り、デイジーはおこげの部分をくれとおねだりをくり返す。
「ほどよくパラパラで炊き加減もちょうどいい。投げ売りされてた訳アリ食材で作ったとは思えない出来栄えだねぇ」
レシピで指定されている理想的な食材が揃わなかった時のフォローは経験がものを言う。これだけの腕前があれば即戦力だと厨房で歓迎されるだろうに、どうしてドンカーツ分校なんかを志望したのだとモローニ博士がカビピラフをモグモグしながら器用に首を傾げる。
「ええと、悪い大人に騙された……みたいな……」
非公式のフェイク動画だと見抜けず、南国リゾートで給与を受け取りながら資格取り放題なんてキャッチコピーに引っかかりましたと言いたくないコマチは、作り笑いを浮かべ顔を逸らしながら人身売買にでもあったかのような言い訳をした。




