14 パスタデアール
輸送艦フキシオは3日間の航海を経てメンデヤンス王国の都市パスタデアールの港に到着した。もっとも、採掘フェスに訪れる人や出展者を乗せてきた船で埠頭はいっぱい。空きができるまで1日ほど沖合で停泊することとなる。
4日ぶりに陸地へと足を着けたコマチたちは入国手続きを済ませたのち、さっそく指定された格納庫へと機体を運び込む。軍の基地ではなく、輸送艇の修理などを請け負っている民間の整備場だ。経営しているのは退役したメンデヤンス王国軍の元整備長で、ようこそと外国の軍関係者であるコマチたちを快く受け入れてくれた。
「基地の施設が使えないのはご不満かもしれませんが、そちらはその……市民と一緒にさせられない相手で満杯でしてな……」
軍関係者とのパイプは維持されたままなのか、市内にある民間の整備場を割り当てられているのは市民とトラブルを起こす可能性が低いと思われる国なのだと裏事情を打ち明けるアストナー元整備長。メンデヤンス王国は立憲君主制国家であり元首こそ国王陛下とされているものの、政策方針や意思決定は国民の中から選出された議員に委ねられている。スイーラ連合法国は選挙によって国家元首を選出する民主主義国家で、市民と軍人の関係に違いはないというのが判断の根拠なのだと教えてくれた。基地内に格納庫と宿泊所を用意されているのは、軍の士官が特権階級にある国々。なかには不逮捕特権が認められ、裁判所には管轄権がないなんて国もあるため、危なっかしくてとても市民と一緒にはできないという。
「友好国として信用いただけている証と受け取りましょう」
つまり、多少なら目を離しても大丈夫って評価してくれたわけかとメーデル塾長がアストナー元整備長と握手を交わす。市内を歩くのにも銃を手放せない連中と一緒にされては堪らない。自分たちは丸腰だから安心してくれと、塾長がもう片方の手でコマチたちを指し示した。スイーラ連合法国の軍人は任務で携行するよう指示されない限り、基地外へ火器を持ち出すことが許されていない。機体に取り付けられている武装はそのままなものの、実弾は装填しないままフキシオに積みっぱなしである。
「銃を持った人がウロついてるってこと?」
「物騒な連中は基地内に閉じ込めて市民と隔離する。一方、私たちには行動の自由を認めてくれた。これであってる?」
「そう解釈していただければ幸いです。良心的なお客人にはパスタデアールを満喫していただきたい」
メーデル塾長の発言を耳にして、銃を隠し持った輩が市内をブラブラしているのかとコマチが不安を口にする。そういった連中を隔離しておく必要があるから基地の格納庫に余裕がないのだとアンリエッタが答え、市内に武器を持ち込もうとしない客人は大歓迎だとアストナー元整備長は笑みを浮かべた。
パスタデアールは人口25万人を誇るμ大陸最大の都市で、複数都市からの定期便に加えていくつかの大型クルーズ客船の寄港ルートに含まれているため、空港がないにもかかわらず年間200万人以上の観光客が訪れるらしい。大規模なレジャー施設の他、採掘フェスの会場となる国際展示場のような施設も充実している。ドンカーツと同じく岩盤の露出した場所にあって地盤がしっかりしているので、市内には高架鉄道が整備され観光客も移動には困らないという。
「へ~、動植物園なんてあるんだ」
渡された観光パンフレットに目を通して、こんな施設まであるのかとコマチが呟く。ドンカーツには海洋水族館こそあるものの、動物園や植物園の類はない。類似の施設を強いてあげるなら爬虫類カフェがあるくらいだ。
「μ大陸に固有の動植物なんてあるの? 砂竜や虫のこと?」
「デイジーは相変わらず不勉強。東側の海岸線沿いはジャングルで固有種の宝庫になってる」
砂漠には草一本生えてないし、砂竜や巨大昆虫なんて飼育できるのかと首を傾げるデイジー。大陸東端には南北に走る山脈があって、この山脈から東側にある海岸線までの狭い地域は淡水が豊富で植物がこれでもかと茂っている。強い風にあおられたプネウ珪砂が山脈を越えて飛散するのでやっぱり空港はなく、船でしか渡れない。ジャングルの生き物たちは砂竜や巨大昆虫のようなプネウナイト精錬機能を有さないため、経済的価値が低く開発の進まない秘境になっているとアンリエッタが説明する。珍しい生き物がいるなら行ってみたいとコマチたちが観光プランを話し合っていたところ、整備場の奥から赤ちゃんの泣き声が響いてきた。
「聞こえるぞっ。オムツ刑事を求める声がっ」
真っ先に反応したのは暇そうに整備場の機材を確認していたモローニ博士だった。天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ。オムツを替えろとオレを呼ぶと叫びながら、泣き声の響いてくる方へ向かって駆けていく。なんだ、なんだとコマチたちが後に続いたところ、格納庫の隣に設けられた休憩所のような建物から赤ちゃんの声がする。中をのぞいてみれば、まだ10歳になっていないであろう女の子が泣き喚く赤ちゃんを前に右往左往していた。お母さんはいないのかと探してみれば、揚げ物の最中で手が離せない模様。どうやらこの場所は飯場のようで、30歳目前といった女性が煮えた油の鍋を前にしながらちょっと待って、ちょっと待ってと赤ちゃんに通じるはずもないことを叫んでいる。
「私が来たからには、もう安心。すぐにオムツを替えるぞっ」
「揚げ物なら代わりますね」
予備のオムツはどこだと驚いている女の子を問い質すオムツ刑事。揚げ物なら得意だから赤ちゃんの世話を優先するようコマチが母親らしき女性に申し出る。この不審者どもは誰だと視線を向けられたアストナー元整備長が、話しておいたスイーラ連合法国軍の方々だと説明し、モローニ博士はオムツ交換、コマチは鶏肉を揚げる作業に取りかかった。
「すっかり上機嫌ですわ~。本当に赤ちゃんの相手が上手ですのね~」
モローニ博士がオムツを替えるのに併せてわきの下や膝裏といった汗をかきやすい場所を丁寧に拭ってベビーパウダーをはたき、足の裏と指の間を乾いたタオルでフキフキすれば、泣き喚いていた赤ちゃんはこれまでの不満を忘れたかのように機嫌を直した。足裏をコチョコチョされてくすぐったいのか、キャッ、キャッと楽しそうに声をあげて体をよじる。
「すご~い。ママよりうま~い」
「ぐふうっ……」
ご機嫌になった赤ちゃんの様子を見て、アストナー元整備長の孫娘という女の子が嬉しそうに手を叩く。揚げ物をしていた女性は軍でやっぱり整備兵をしている元整備長の息子と結婚した奥さんで、赤ちゃんのお世話でおっさんに劣ると娘に指摘され胸を押さえながら肩をプルプル震わせていた。
「おおっ、今日のから揚げはザクザクで美味しいっす」
「チェルシーさんも料理が上達しましたね。テムレットの奴が羨ましいですよ」
「うごぉ……」
作っていたのは昼食のまかないだったらしく、整備場で働いている従業員たちが出されたから揚げ定食を口にしてべた褒めする。わざと片栗粉のダマを作って鶏肉に付着させ、低温でじっくり揚げて火が通ったらいったん取り出し、しばらく休ませてから高温でカラリと二度揚げしたコマチ特製のから揚げは、歯ごたえのある衣とジューシーな鶏肉が自慢の逸品。自分が作ったわけではない料理が従業員たちから高評価を受けていることを知って、ここにはもう居場所がないのかとママさんは頭を抱えてしまった。アイツらはその筋のプロだから一般人がかなう相手ではないとアンリエッタに慰められている。
「卵かゆが口にあったようだね。すごい勢いで平らげていくよ」
「えう~」
一方、赤ちゃんの方は母親の危機に気づくこともなく、フワティーの膝に抱かれモローニ博士にコマチの作った卵かゆをスプーンで食べさせてもらっていた。気に入ったのか、もっと寄越せと伝えるかのように卵かゆの入った器に向けて懸命に手を伸ばす。そのうちお腹いっぱいになったようで、器用にゲップをするとウトウトし始める。ベビーベッドに寝かせてヨチヨチとほっぺをくすぐってあげれば、赤ちゃんはフワティーの指先をつかんだまま寝息を立て始めた。
「これはいけませんわ~。赤ちゃんが欲しくなってしまいますわ~」
なんだこの天使みたいな生き物はとフワティーが頬を綻ばせる。コマチとデイジーもかわいい、かわいいと身を悶えさせていた。いつもはこんなに素直でおとなしくないのにと女の子が憮然とした表情を浮かべる。
「それは赤ちゃんの出すサインを見落としているせいさ。不満があることを懸命に伝えようとしてるんだから、注意深く観察すればわかってくる。赤ちゃん相手に我慢しなさいと言い含めることほど無益なことはないよ」
だけど、それは赤ちゃんの訴えを放置しているせい。まだ言葉を理解できない赤ちゃんは仕種で気に入らないところを示そうとするので、世話をする側が汲み取ってあげればおとなしくなるとモローニ博士が語る。思いどおりにならない赤ちゃんにヒステリーを起こして怒鳴りつけるほど無意味で愚かな振る舞いはないと言われた女の子は、どうしてこんなおっさんが育児に長けているのだと頬を膨らました。
「また遊びにきますからね~」
スヤスヤとおやすみを始めた赤ちゃんに別れを告げて、ドンカーツ分校一行は用意された宿泊施設へ移動する。アストナー整備場の近くにある観光とビジネス兼用といったホテルが確保されていた。大型リゾートホテルのような規模はなく、部屋数は50室といったところ。ただし、採掘フェスの運営委員会から招聘を受けているモローニ博士だけはパスタデアールで最も格式の高いホテルが手配済みだという。レセプションパーティーが催される関係上、博士とアシスタントのふたりはそちらに滞在している方が便利とのこと。コテージ部屋でお連れ様もご自由にどうぞという話だったので、メーデル塾長にコマチとフワティーは最上級ホテルのクイーンズパレスへ滞在することにした。メンデヤンス王国軍から借り受けた20人乗りの兵員輸送艇をコマチが操縦して目的地へ向かう。
「なんだか、すごく場違いなところへ来てしまったような……」
駐機場に輸送艇を停めてクイーンズパレスのエントランスロビーへ入れば、周囲にはタキシードやイブニングドレスを身にまとったおセレブ様のような人々でいっぱいだった。ここは異世界かとコマチがこめかみを引きつらせる。砂漠用の野戦服を着ている人間なんて他にはいない。
「パーティーでもあるのかな? 貸衣装もあるから安心していいよ。あ、アシ1号と2号はオムツバニーでいいからね」
デイジーとアンリエッタにアシスタントはオムツバニーが正装だと告げてモローニ博士がホテルのチェックインカウンターへ向かう。なにやら書状のようなものを手渡された受付のお姉さんがどこかへ連絡を入れれば、すぐに奥から正装に身を包んだ紳士が進み出てきた。指でなにか合図するとベルスタッフたちが集まってきて、コマチたちのチェックインをサポートしてくれる。ひとりにつきひとりのスタッフがつくという待遇に、コマチにデイジー、アンリエッタはビビリまくって顔色を青褪めさせていた。唯一フワティーだけは、それが当然であるかのように落ち着いている。
ベルスタッフに案内されたコテージ部屋は寝室が4つ、10人以上が宿泊できる大きさで、キッチンに浴場、ガーデンパーティーができそうな庭までついていた。さっそくキッチンを確認するコマチ。冷蔵庫の中はドリンクだけで食材はなし。調味料はテーブルに置いて使う小瓶に入ったものしかなかったものの、鍋やフライパンに加え庭で使う炭火グリルがあることを確認し、これなら食材と調味料だけ調達してくれば済むと満足げに鼻を鳴らす。
「食事なら高級レストランがいくつもあるみたいだけど~」
「そういう場所はドレスコードが指定されている。つまり、私とデイジーはオムツバニー」
ホテルの施設案内に目を通していたフワティーが、写真付きでシェフが紹介されているレストランがゴロゴロあると開いたページを指差したものの、高級レストランで食事をするにはドレスアップしなければならない。自分たちにオムツバニーの格好で食事をさせるつもりかとアンリエッタがギリギリ歯を鳴らした。もちろん、モローニ博士は貸衣装のドレスなど一切認めない構えである。
「ルームサービスにバーベキューセットがあるから、今晩はこれでいいだろう。海鮮も選べるようだし、調味料のリクエストも聞いてくれるとある」
「それならコマチに任せておけば美味しく焼いてくれるねっ」
「さすがは怠け者のプー。自分は食べるだけと言い切った」
メーデル塾長がバーベキューにしようと提案し、コマチがいればご馳走になること間違いなしだとデイジーが喜んだ。食べることにしか能がないとアンリエッタにツッコまれ、味付けと仕上げを任せるだけだと反論する。それはもう全部ではないのかと思いながらメニューを確認したコマチは、コレコレと手際よく食材と調味料のオーダーに取りかかった。




