15 邂逅、フクロナマケモノの館
パスタデアールに到着した翌日、今日は1日フリーだとコマチたちは観光へ出かけることに決めた。明日は調整の終わった機体で競技会場の現地確認、明後日はもう採掘フェスのビジネスデイが始まる。最初の2日間は関係者のみのビジネスデイ、その後3日間の一般公開デイと計5日間での開催となっており、小型機レースは3日目、中型機での模擬戦闘が4日目に予定されていた。最終日には表彰式があるので、無様な結果に終わらない限り自由に使える時間は今日くらいしかない。
せっかくなので高架鉄道にも乗ってみようと、兵員輸送艇は使わず公共交通機関を乗り継いで目的地である動植物園へ向かう。観光客向けの1日乗り放題パスを買って駅の改札を抜けホームに入れば、ほどなくして6両編成の列車が到着した。ホームに設置されている転落防止用バリアと車両側のドアが重なった位置で同時に開く。エアコンの効いた車内はきちんと清掃されているようで、座席にも床にも気になるほどの汚れはなかった。これなら安心と4人掛けのボックスシートにコマチが腰かけたところ、すっかりおなじみとなった体から何かが吸い出されるような感覚に襲われる。
「この車両、プネマドライブで動いてるんだ」
「その分、運賃が安いらしい。プネマドライブが使うのは余剰となっているプネウマで、この余剰分をそのままにしておくとわき腹やお尻のあたりでマテリアライゼーションを起こすから、体重が気になる方はオレンジ色をした優先バーがオススメと観光案内に書いてある」
今のはプネマドライブに体内のプネウマが抽出される感覚だとコマチが口にしたところ、ランニングコストが抑えられた分は運賃で還元しているらしいと観光パンフレットを開いていたアンリエッタが答えた。
「マテリアライ……ってなに?」
「脂肪に変わるって意味だと思われる」
「ええっ?」
「私たちは気にする必要ないと思うわよ~」
理解できなかったのかどういうこっちゃと首を傾げるデイジー。要するに贅肉がつくという意味だとアンリエッタの解説を受けて驚いたような声をあげ、普段から訓練で消費している自分たちには無縁の話だとフワティーにたしなめられる。オレンジ色の手すりなんてあったかとコマチが車内を見回してみれば、女学生と思われる3人組が寄りかかるようにしている手すりがオレンジ色に塗装されていた。機体を動かす時に着ているプネウマスーツみたいなものかと納得する。
目的の駅に到着したので列車から降りて改札を抜ければ、動植物園はコチラと描かれた大きな看板があった。人気の施設なのか矢印の示す方へ向かう観光客も多い。人の流れに任せて進んでいったところ、幅が6メートルくらいある高架歩道が入場ゲートへ直接つながっていた。自動発券機で入場チケットを購入してゲートをくぐれば、あちこちに樹が植えられいかにもジャングルといった雰囲気を醸し出している。ドンカーツで目にするのはプランターに植えられた観葉植物か、棚に並んだ葉物野菜くらい。植えるためにわざわざ土を運んできたのかと感心しながら進んでいくと、フクロナマケモノの館という建物が見えてきた。
「東海岸のジャングルにはお腹の袋で子供を育てる生き物がいるらしい」
「休みの日にゴロゴロしている毛むくじゃらのおじさんみたいでかわいいですね」
「そんなおっさんのどこにかわいい要素があるのかまったく理解できない」
「顔は髭もじゃのおじさんだけど、仕種が赤ちゃんみたいで可愛らしいわぁ~」
観光パンフレットを開いているアンリエッタが、フクロ~というのはμ大陸にのみ生息している固有種だと告げる。樹木の枝にしがみついたまま動こうとしない生き物を指差して、だらしないおっさんみたいでかわいいとコマチが口にした。どういうセンスだとアンリエッタが即座にツッコミをいれたものの、確かに愛らしさを感じるとフワティーは肯定する構えだ。デイジーもフワフワで抱っこしたら気持ちよさそうだとかわいい側に票を入れた。かわいいと感じるのはよいけれど、もっと的確な例えがあるだろうとアンリエッタが頬を膨らませる。
「あれ? いつの間にか人が……」
これは絶対にかわいい。フクロナマケモノはともかくおっさんはかわいくないだろうと言い争う4人。コマチが気がついた時、フクロナマケモノの館にいるのは自分たちだけになっていた。もしや、騒ぎ過ぎて周囲の迷惑になってしまったろうかと不安に思っていたら、見慣れない藍色の軍礼服を身に着けた一団がゾロゾロ入ってくる。何事かと首を傾げているコマチたちの前で、それぞれが護衛配置らしい位置に陣取った。
「人払いを済ませておくようにと……あら、そういうことでしたのね」
その後からやってきたのは、同じ藍色の軍礼服をまとった金髪の女性がひとりと、灰色の野戦服を着た男性6名。年のころは全員コマチたちと同じく二十歳前後といったところだ。どうやら、先に入ってきた護衛団に人払いするよう金髪女性が命じたのだけれど、どうしてかコマチたちだけ見逃されたらしい。
「なんだこいつらは?」
「その野戦服はスイーラ連合法国軍のものでございますわね。競技に参加する士官候補生の方々でしょうか?」
コマチたちが身に着けているのはドンカーツ分校で制服に指定されている砂漠用の野戦服にキュロットスカートだ。どうして追い出していないのだと灰色の野戦服を着た男のひとりがまなじりを吊り上げ、もしや競技に参加予定の候補生かと金髪女性が尋ねてきた。
「私とコマチちゃんは競技に参加予定で、残りのふたりはモローニ博士のアシスタントでございますわ~」
「それは失礼がなくてなによりでございました。わたくしはメンデヤンス王国軍の士官候補生、ラーメナリーと申します。本日はこちら、パンダネン共和国の方々をご案内しているところでございますの」
フワティーが進み出て競技参加者と特別講演のアシスタントだと答えれば、追い出さなくて正解だったと金髪の女性が笑みを浮かべて自己紹介した。灰色の野戦服を着ている6名はパンダネン共和国の士官候補生たちだという。
「ラーメナリー……もしや、王女殿下でいらっしゃいますの~?」
「存じておいででしたか……失礼いたしました。わたくしはラーメナリー・メンデヤンス。王室に籍がございますが、ここでは一介の士官候補生にすぎませんわ」
外国の王室に詳しいのか、国王の孫娘にいたはずだと首を傾げるフワティー。身分を言い当てられたラーメナリーは改めて自己紹介をやり直し、軍にあっては王室籍など無意味なものと付け加える。
「わかったなら引っ込んでいろ、庶民。我々は貴様らが馴れ馴れしく口をきいてよい相手ではない」
「こちらはコッペーノ・アゲパン候補生様で、パンダネン共和国代表のご子息でいらっしゃいますの。でも、共和国は身分の世襲を否定していらっしゃるのではなくて?」
「私は生まれついた時より指導者となるべく教育を施されてきたのだ。政治を解さぬ愚昧な連中と交わす言葉などない」
ラーメナリーが王女であることを明かしたところで、灰色の野戦服を身に着けたひとりが馴れ馴れしく口をきくなと割り込んできた。パンダネン共和国の元首は国家代表という肩書きを使っており、その息子であると紹介される。共和国は貴族制といった身分制度を否定していたはずだとラーメナリーが問い質すものの、自分が特別なのは教育の賜物だとコッペーノは言い放った。
「では、わたくしたちは先へ進みましょう。護衛をつけるまでもない方々はゆっくり楽しんでいってくださいませ」
お先に失礼と言い残し、ラーメナリーがパンダネン共和国の一団を連れてフクロナマケモノの館から出ていく。今時、あんな選民思想にまみれた人間が実在していたのかとコマチが目をパチクリさせながら見送っていると、通路の向こうへと消える直前に軽く振り返ったラーメナリーがいたずらを楽しんでいるような笑みをみせた。すぐに護衛配置についていたメンデヤンス王国の一団が後を追う。
「あれほどのバカは初めて見た。きっと、王女殿下が最後に言ったことの意味も理解できていない」
「私たちには護衛をつけるまでもないってやつ?」
「メーデル塾長が言っていたでしょ~。あれは護衛じゃなくって、事実上の監視よ~」
一団の姿が見えなくなったところでアンリエッタが口を開いた。どういうこっちゃと尋ねるデイジーに、スイーラ連合法国は行動の自由を与えてもよいくらい信用しているけど、パンダネン共和国のことは片時も目が離せないくらい警戒してるって意味だとフワティーが解説する。最後に振り返って笑みを見せたのは、アイツは言葉に込められた意味を汲み取れず己を重要人物と勘違いしている愚か者。自分も心の中で笑っていますという本音をこっそり伝えてきたのだと教えられ、なるほど合点がいったとコマチが手を打つ。
「共和国が身分の世襲を否定しているって話も~、自国の主張を忘れないよう釘を刺したものよ~。あの国は他国に王室や帝室を廃止するよう口出ししてるから~」
パンダネン共和国は民主連合という民主主義国家が加盟している国際機関の旗振り役で、自らを民主主義の拡大に尽力する教導役と位置付けている。すでに立憲君主制へ移行している国々に対しても、王室は悪しき伝統だから即刻廃止せよと余計な差出口をして、民主連合から少なくない数の国を離脱させたお節介国家なのだと語るフワティー。スイーラ連合法国もメンデヤンス王国もかつては民主連合に加盟していたものの、共和国の振舞いには我慢がならぬと袂を分かつた歴史があるという。
「他国の世襲制は非難するのに、自分は息子に後を継がせるつもりなんですか?」
「アイツはそんな矛盾にも気づかないおバカってこと」
あのコッペーノという候補生は生まれついての指導者を自称していなかったかとコマチが疑問を口にすれば、それがおかしいことに気づかないくらい頭が悪いのだとアンリエッタが吐き捨てた。パンダネン共和国は民主共和制を標榜しているものの、実態は人民民主党という政党がすべてを支配していて、政策に反対する者や非難する者は弾圧されるし、公職へ立候補するのにも制限を受ける名ばかり民主主義国家。今も民主連合に加盟している国々は不正選挙の横行する事実上の独裁国家ばかりだと不満そうに鼻を鳴らす。
「ふたりとも詳しいんですねぇ」
「……コマチちゃん。国際政治情勢は座学の時間に説明されたはずよ」
「野人と不勉強な輩は聞き流していた。これはマルーイ中尉に報告せざるを得ない」
「ええっ? なんでそうなるのっ?」
外国の事情にまで通じているなんてとコマチが褒めたものの、一緒に講義を聞いたはずだとフワティーが目を細める。こいつらには補習が必要だと判断したアンリエッタが、ドンカーツに戻ったら座学教官のマルーイ中尉に報告するという。
「待ってっ。わかってなかったのはコマチだけよっ」
「プーちゃん。あたしを見捨てるのっ?」
このままでは補習が待っていると察したデイジーが、自分は理解していたから何も言わなかったのだと保身を図る。同室の絆はどこへ行ったとコマチがしがみつくものの、教官様のありがた~い講義を聞き逃す方が悪いとそっけない。
「……問題。アーカン王国の政治形態について述べよ」
「ア、アー……アーカン王国ね。アレよ、アレ。王様がいて~」
どうせ答えられないだろうとアンリエッタが問題を投げかけた。宙に目を泳がせながら懸命にアレ、アレと答えになってないことを口走るデイジー。知識がないことは誰の目にも明らかだ。
「残念。正解はズバリ、そんな国は存在しないでした」
「あんた、引っかけたわねっ」
デマカセでごまかそうとしても無駄だぞとアンリエッタが正解を告げる。問題の出し方が悪辣だとデイジーが目を剥いて抗議するものの、適当なことをでっち上げてごまかそうとした罪は消えない。おとなしく補習を受けるよう申し渡される。
「トラさんも赤ちゃんはかわいいね~、プーちゃん」
「じゃれ合ってるのを見ると癒されるわ~」
フクロナマケモノの館を出たコマチたちは、フクロタイガーの砦という展示施設へ場所を移す。母親に見守られながらイエネコくらいの幼獣たちがじゃれ合っているのを見てかわいい、かわいいと意気投合するコマチとデイジー。その瞳は、どこか虚ろな輝きを宿していた。
「仲直りできたみたいでよかったわ~」
「違う。あれは嫌な現実から目を逸らしているだけ……」




