5 採掘フェスに向けて
「御三方はこちらへどうぞ。すぐに配膳いたします」
できあがったタコ飯天丼が並べられる様子を目にした採掘部隊員たちが3人前をいっぺんに仕上げるなんてと驚くものの、実家の食堂を手伝っていたコマチにしてみれば毎日やっていたことでしかない。スパイル大尉がトップ3をテーブル席へ案内し、TmTとビールを配膳する。すごく美味しそうだと部下たちが固唾を飲んで見守るなか、まずは基地司令官がハゼの天ぷらを口にした。
「うむ……あの手際の良さとこの味は――」
目を閉じてムグムグと味わいながら咀嚼する基地司令官。ゴックンとのみ込んだ後、ゆっくりとまぶたを開き鋭い視線をコマチへ向けてくる。
「――素晴らしい。プロポーズに値する」
妻と知り合う前であれば間違いなく結婚を申し込んでいた。若い連中が羨ましい。もう減給処分をくれてやらねば腹の虫が治まらないと基地司令官が口にする。表現はともかく、お口にあったようでなによりと安堵の表情を浮かべるコマチ。一方、軍人にあるまじき職権濫用であると採掘部隊員たちは抗議の声をあげた。
「衣はサクサク、中はふんわり……家庭料理のレベルではないな。隊員が美食に慣れたら作戦行動に支障を生じかねん。やむを得んが我々だけで……」
「はんた~いっ。ひとり占め、はんた~いっ。ご馳走の独占を許すな~」
砂竜を探して砂漠にキャンプを張っている間の食事はもちろん丼もの。こんなお店が開けるレベルの食事を求められるようになられては堪らないので、不本意ではあるものの自分たちだけで平らげてしまおうと、キスの天ぷらをモグモグしながら採掘部隊の部隊長が口にした。周囲から凄まじいシュプレヒコールがわき起こる。
「それでは隊員の慰労にならんのではないか?」
「うぅむ、仕方ありませんな」
だけど、そもそも慰労のためのバーベキューパーティーではなかったのかと基地司令官にダメ出しをもらってしまう。広大な砂漠に監視網を敷き、資源を回収できる位置まで砂竜をおびき出して仕留めるのが採掘部隊の仕事。釣り役と呼ばれるおびき出し担当者は1か月近く砂漠でキャンプ生活を強いられることも珍しくない。基地へ帰還した時くらいご馳走を食べさせてあげるよう言われ、採掘部隊長が隊員たちへタコ飯天丼を許可する。ヒャッハーと歓声が上がり、10名ほどの隊員がTmTを求めコマチの前へ列を作った。
「あんな娘が水着割烹着で私に料理を……もう思い残すことはない」
「俺、次の作戦から帰還したらあの娘にプロポーズするんだ……」
「縁起でもないフラグを立てるなっ。このバカものどもっ」
できあがったTmTを受け取った採掘部隊員たちが口々に怪しげな台詞を呟き、それを聞きつけたサルーナ大尉が作戦を失敗させるつもりかとバシバシ引っ叩いていく。相手が相手だけに採掘作戦は初手が肝心。最初の一撃で仕留め損なったら、後は損害覚悟で都市や採掘機から怒り狂う砂竜を引き離さなくてはならない。そのため隊員の中には験を担ぐ者も多く、死亡フラグや失敗フラグと呼ばれる台詞を口にすることは禁忌とされている。
「今日は揚げ物の得意な士官候補生がきてくれてるらしいぞ」
「この前の作戦に参加してた娘で、基地司令官の評価はプロポーズ級って話だ」
コマチの受け持つ揚げ物コーナーの隣には酒類などを提供するドリンクコーナーがあり、その向こうは焼き物コーナーとなっていた。大きな焼き網の上に肉の串焼きが並べられ、炭に落ちた脂がジュウジュウと香ばしい煙をあげている。本日は揚げ物が充実しているという評判が知れ渡ったようで、肉串を手にした隊員たちもコマチの前へ集まってきた。そろそろ味も染みた頃合いだろうと、調味料に漬け込んでおいた小さいキスとハゼをから揚げにしていく。
「こんなちっさい魚のから揚げがさぁ、作る人が違うだけでこんなに美味くなんのか」
「前に食ったのと違ってカリッカリだわ。なんか手が止まんねぇ」
ドバッと大量のタネをいっぺんに投入することで油の温度を下げじっくりと揚げたのち、いったん鍋から取り出し油が再び高温になってきたら少量ずつ二度揚げしてカリッと仕上げる。チマチマした火力調整を何度もくり返すのは面倒臭いとコマチが編み出した、投入するタネの量で揚げ油の温度をコントロールして大雑把にたくさん揚げるやり方。通称おたく揚げは、屋外かまどのような火加減の難しい場所でも厨房と変わらぬ仕上がりを実現していた。こいつはビールのつまみに最高だとおかわりのオーダーが次々と入る。
「水着エプロンも背徳的だけど、水着割烹着は正面と背面のギャップがヤバいな」
「それ以上にママ味がすげぇ。溢れ出る母性を浴びて赤ちゃんにされちまいそうだ」
「安心しろ。俺たちはとっくに赤ちゃんだ。バブー」
揚げ物をするコマチは袖のある割烹着なものの、他の3名は水着の上にエプロンを引っかけた格好だ。揚げ物コーナーから離れた隅の方にあるテーブルへフワティーが給仕に向かったところ、隊員たちのけしからん会話が聞こえてきた。
「あ~ら、いけない赤ちゃんにはミルクの方がよかったかしら~」
「俺たちは成人した赤ちゃんだからビールで構わない。バブー」
18歳のコマチに母性を感じてバブバブ言ってる変質者にビールは早かったかとフワティーが問い質す。テーブルについていた隊員の内ふたりはバツが悪そうに目を逸らしたものの、ヒトは例外なく生まれつき赤ちゃんなのだと最後のひとりがから揚げとビールを受け取った。誕生したばかりの命を赤ちゃんと呼ぶのだから、それは当たり前のこと。哲学者みたいな顔で語ることかとフワティーが呆れたようにため息を吐く。
まったく口の減らない士官様だと給仕を続けているうちに、料理とお酒が行き渡って隊員たちの胃袋も満たされた模様。追加のオーダーを受けることなくフワティーが揚げ物コーナーへ戻れば、忙しかったコマチも手が空いてきたのかメーデル塾長が撮影を再開していた。水着割烹着姿のコマチがハゼの天ぷらを揚げながら、油から上げるタイミングは音で判別できるのだとカメラに向かって説明している。
「コマチ~。お腹空いたよ~ぅ」
「すぐに出来上がるから、プーちゃんは串焼きをもらってきて。フワティーさんとアンリエッタさんはドリンクの用意をお願いします」
メーデル塾長の演技指導を受けたデイジーがお腹ペッコペコだとコマチにすがりつく。4人分のどんぶりを手にしたコマチは、デイジーに串焼き肉の確保。フワティーとアンリエッタに飲み物の用意を命じた。
「できあがりました~」
「いいぞ、この絵はサムネに使おう」
センター右側のコマチはタコ飯天丼、左側のアンリエッタは大皿に盛ったハゼとキスのから揚げ、右端のデイジーは串焼き肉で左端のフワティーがビールの注がれたジョッキを手にカメラへ向かって笑顔でポーズを決める。これはサムネイルに使えるとメーデル塾長は上機嫌だ。その方がリゾート感が増すからと、食事シーンでは割烹着とエプロンは外しておくよう指示を出す。
「まぁ、美味しぃ。ドンカーツ分校に入学してよかったわぁ」
元は志願兵なので採用試験を受けて入学したわけではないフワティーが、これ見よがしにキスの天ぷらを咀嚼する。もちろん、メーデル塾長によるヤラセだ。波打ち際を背景に水着のまま獲れたての海鮮とバーベキューに舌鼓を打つ4人の姿は、もうリゾート地でバカンスを満喫しているようにしか見えない。
「協力に感謝する。来季の志望者が増えること間違いなしだ」
撮影を終えて、ゲヒヒヒ……と意地の悪そうな笑い声を漏らすメーデル塾長。フェイク動画の製作に手を貸すなんてとコマチの胸中にはわずかな後悔があったものの、フワティーに言われたとおり志望者が集まらなければ将来自分が苦労する。それを避けるために仕方なくであって、けっして騙された仲間を増やす意図はなかったのだと自らを納得させた。
バーベキューパーティーの翌日は砂漠で実機を用いた訓練となった。大型機の訓練が始まったコマチは、今では旧式となった採掘機の操手席に着いている。砲手席で指導にあたるのは大型機教官のノリーオ大尉。中型機までの指導を担当していたスパイル大尉だけど、本来は射撃教官であり採掘機は砲手しか経験がない。
中型機の訓練も同時に行われていて、コマチの操る採掘機の後を3機の練習機がフラフラと進路を蛇行させながらついてくる。操手席に着いているのはデイジー、アンリエッタ、ザックスの3名。後続の様子をモニターで確認したノリーオ大尉は、指定された進路から外れないことばかり気にして、ちょっとでもズレた途端に焦って修正していやがるなと楽しそうに笑みを浮かべていた。
「スノウライト候補生は大型機を扱った経験があるかのように落ち着いているな」
「初めてですけど、動きの鈍さをつかんでしまえば中型機と変わらないですね」
一方、コマチは初めての採掘機でも扱いなれた機体であるかのように操縦していた。反発式浮遊デバイスの扱いを丸底鍋の中で食材を回すようなものと理解しているので、調子に乗ってドカ盛りにし過ぎた時の力加減と把握できてしまえば、後はこれまでの機体と同じ。重いな~、重いな~と呟きながら、きっちり指定されたとおりに採掘機を進ませいき、ノリーオ大尉の突発的なリクエストにも慌てることなく応じてみせる。
「実際そのとおりなんだが、それを言葉で理解させるのに毎年苦労しているんだ。あっさりこなされると、それはそれで悔しく感じる」
機体が大きくなっても基本は変わらない。コマチの感覚は正しいものの、ほとんどの候補生がそのことを理解できずに苦労するのだと苦笑するノリーオ大尉。あっという間にコツをつかまれて悔しがる様子を見て、訓練が順調に進むのは好ましいことなはずなのに、ヒトとはなんてわがままな生き物なのだろうとコマチは呆れていた。
「よし、それじゃ射撃体勢に入ってみよう。やり方はわかるな?」
「手順は覚えてきました。アンカーアーム展開します」
採掘機の必殺武器である電磁投射砲はしっかりと機体を固定していなければ、反動で姿勢を崩されどこへ飛んでいくかわからない。コマチが小声でトランスフォームと呟きながらレバーを操作すれば、採掘機が折りたたまれていた4本の脚を伸ばし始めた。変形が完了したところで反発式浮遊デバイスの出力を落として高度を下げ、脚の先端が砂地に接触したら反発力をカットする。採掘機の自重で砂漠に突き立てられた脚がズブズブ沈んでいく。
「接地圧ありません。振動掘削装置を稼働させます」
途中までは自重で沈んでいたものの、採掘機本体の底部が砂地に着く前に止まってしまった模様。操手席にあるモニターには赤い文字で計測不能と表示されている。慌てることなく、それぞれの脚がブルブルと細かく振動する機能をコマチが稼働させた。採掘機が再び沈降を始め、赤かった計測不能の表示が黄色い数値へと変化する。
「接地圧、基準値へ達しました。振動掘削装置を停止。発射体勢整いました」
採掘機の底部と砂地との間にかかる圧力が一定の値を越え、黄色だった表示が緑色に変わったところで電磁投射砲発射体勢への移行完了とコマチが告げる。砲手席に着いているノリーオ大尉が機体の状態をモニターへ表示させれば、発射に必要な手順で残っているのは安全装置の解除や砲弾の装填といった砲手の側で操作する項目だけとなっていた。
「なるほど、塾長とスパイル大尉が採掘フェスの候補生代表に推薦するのもわかる」
コマチの腕前を確認したノリーオ大尉が納得したようにウムウム頷く。知らぬ間にドンカーツ分校の代表候補に挙げられていた。しかも、メーデル塾長が関わっていると耳にしてコマチの顔がしかめっ面になる。
「採掘フェスって外国と合同でやる輸送艇なんかの見本市ですよね?」
「表向きはそうだが、展示品に兵器も含まれているため各国の軍人も多い。一堂に会するのならと現場レベルの交流も盛んで、士官候補生同士の競技も開催される」
採掘フェス。正式名称は国際μ大陸採掘機材展といって、プネウナイト資源の回収や運搬に使用される様々な機材を展示し、併せて商談を行う場とされている。ただ、機密性の低い輸出用兵器なんかも含まれているので、スイーラ連合法国と同じくμ大陸に拠点を構えている国はどこも軍人を派遣してくるのだと語るノリーオ大尉。現役士官同士の競技にするとマジになり過ぎる国家が現れるので、お祭りの余興で済むよう候補生による競技を開催しているという。
「兵器なんて売ってたんですか?」
「自国で開発、製造をしている国ばかりじゃないからね。我が国の企業も数多く参加しているし、中古機体のオークションも開かれているよ」
もしや、死の商人と呼ばれる連中が集まるブラックマーケットなのではないかとコマチは不安を感じたものの、兵器を購入していくのも国家なのだとノリーオ大尉が笑う。機密の塊である最新兵器を売りに出す国があるはずもなく、展示される多くは現行よりひと世代前の機材。旧型と呼んでは聞こえが悪いけれど、それは充分な運用実績があって信頼性が高いという意味でもある。工業生産力に自信のない国にとって採掘フェスは、実運用していた相手から使用感を聞き取りながら採用する機材を選べるまたとない機会なのだと告げられ、だから毎年お祭り騒ぎになっているのかとコマチも納得した。
「μ大陸に派遣されている軍はいがみ合う理由がない。交流を深めておいて損はないよ」




