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熱砂の採掘戦場から  作者: 小睦 博


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3 座学のお時間

 士官学校のカリキュラムは反発式浮遊デバイスを搭載した機体の実習だけでなく、もちろん座学も含まれている。歴史や数学など一般教養科目もあるものの、中心となるのは物理学や工学だ。電力を生み出すプネマドライブ、機体を動かす反発式浮遊デバイスの他、兵器の仕組みや基本構造に関するものが多い。


「生物の体内に蓄積されているプネウマを抽出して電力に変換するのがプネマドライブです。仕組みとしては燃料電池に近いですね。プネマドライブの普及によって、一般の家庭や小型店舗では外部から電力の供給を受ける必要がなくなりました」


 今、コマチが受けているのはプネマドライブに関する講義。家庭で消費される程度の電力を生み出すのに必要となるプネウマは人間ひとりで供給可能だから、プネマドライブに高密度バッテリーを組み合わせた電力供給モジュールの登場によってご家庭に電気をお届けする仕事はなくなった。発電所から送電線で電力の供給を受けているのは工場やデータセンターといった産業用途で大量の電力を必要とする施設だけだと座学教官のマルーイ中尉が説明している。


「また、腕時計に組み込めるほど小型化も進みました。我々が日常的に使用している携帯型の機器もひとつ残らずこの電力供給モジュールを搭載しています」


 プネマドライブが普及する以前は個人が携帯する情報端末を建物の電力系統へ接続して電気を充填することが必要とされ、その行為は「充電」と呼ばれていたのだとマルーイ中尉が講義室に備え付けられている大型モニターにひとつの映像を映し出す。そこには真っ黒い板切れのような情報端末へ細いコードのつながったプラグを差し込むシーンが流されていた。


「ヒトからプネウマを抽出するのに注射針を刺し込んだりする必要はありません。情報端末であれば手に持っているだけで、乗り物であればシートを通してプネマドライブへプネウマが供給されます。例外は皆さんが教習中の護衛機や採掘機ですね」


 日常生活で使用する程度なら意識してプネウマを供給する必要はない。機械の方で判別して自動的に必要量を抽出してくれる。ただし、反発式浮遊デバイスだけでなく複雑な航法装置や火器管制装置に加え兵装にも電力を必要とする兵器だけは例外。素肌から効率よくプネウマを抽出する専用のスーツを着けていないと出力不足に陥るおそれがあるとマルーイ中尉がモニターの映像を切り換えた。全身タイツのような身体へピッタリ密着するスーツを着けた男女の写真に、素肌に直接触れている面積が重要なので下に着けるのはオムツだけにしましょうという注意書きがされている。


「そういうわけで、皆さん――」


 にっこりと微笑みを浮かべたマルーイ中尉がパシンと口元で手を叩いた。


「――ここからはオムツの時間です」

「うえぇぇぇっ?」


 これより、正しいオムツの着け方講座を始めるとの宣言に受講していた候補生たちが驚きの声をあげる。もちろん恥ずかしいなどという抗議が受け入れられるはずもなく、着け方が甘く作戦中に漏洩させた者は最悪な結末を迎えることになるとマルーイ中尉は拳を教卓に叩きつけた。なお、採掘部隊の作戦に参加したコマチはオムツもプネウマスーツも経験済み。長時間にわたるコクピット内待機でオムツが必要不可欠なことは身をもって理解させられているので今さら騒いだりしない。


「この前の夜間作戦ではコマチもオムツを着けてたの?」

「まぁね。結局、基地に帰投するまで8時間近く操手席についたままだったから……」


 デイジーに小声で尋ねられたコマチが、砂漠にお手洗いなんてないしコクピットから離れられる時間もないと明かす。オムツは極めて合理的な判断の結果だから、代わりの方法を探すのは時間の無駄と告げられてデイジーがこめかみを引きつらせた。


「デイジーは士官になるのでしょ~。聞き分けの悪い兵卒に命令する立場になるのだから、オムツを嫌がっていては規律を維持できないわよ~」


 この歳になってオムツだなんてとイヤイヤするデイジーに、お前は規律を守らせる立場になるのだぞとフワティーが言い含める。配属先にもよるけれど、士官学校を卒業したら分隊指揮官に任命され、半年から1年後には小隊指揮を任されるのが普通。オムツを嫌がる兵卒がいるなら、お尻を撃ち抜いてでも着けさせるのが士官の役割であると微笑みを浮かべた。その瞳はどこか嗜虐的な雰囲気を宿している。


「さすがにペコハラ軍曹はわかってるわね」

「そういえば、フワティーさんは班長さんと一緒に下士官の教育課程から推薦を受けてきたんでしたっけ……」


 聞き分けの悪い奴はお尻に穴を増やしてやると笑うフワティーを見て、これこそ軍曹のあるべき姿だと教官のマルーイ中尉が満足げに頷く。コマチの同期ではフワティーとエイガスのふたりが従軍期間のある志願兵。候補生として士官教育を受けている間は予備役扱いなものの、階級は軍曹とされていた。


「ペコハラは新兵訓練のころから周りを仕切るのに長けていてな、きっと入隊前はレディースの頭をはって……」

「エイガスくぅん。他人の過去をねつ造しないでいだだけるかしらぁ」


 一緒に講義を受けていた班長ことエイガスが、新兵訓練の時から慣れた態度で訓練班を仕切っていた。彼女はきっとスケ番と呼ばれていた存在で、戦いを忘れられず軍へ志願したに違いないと小声でコマチに耳打ちする。しっかり聞こえていたようで、根拠のない憶測を垂れ流すなとフワティーがエイガスの喉をグワシとつかんだ。


「死人に口なし。黙っていられない輩は喋れなくするのがここでのやり方よぉ」

「わがっだっ。許しでぐれっ」


 余計な茶々を入れて中尉殿の講義を中断するな。息の根を止めてしまうぞと脅され、もうしませんとエイガスが泣きを入れる。オムツに抗議していた候補生たちをフワティーがおとなしくさせたところで、いつか育児の役にも立つから知っておいて損はないとマルーイ中尉がオムツ刑事と名乗る特別講師を紹介し、正しいオムツの着け方講座が再開された。






「あのオムツ刑事って特別講師、基地に居候している軍大学教授じゃないの?」

「男性でコマチより背が低いのは珍しい。オムツで顔を隠してもすぐわかる」


 正しいオムツの着け方講座を修了したコマチたちは、食堂に移動して冷やしサラダ麺をズルズルすすりながらオムツ刑事の正体について語り合っていた。あれは絶対にモローニ博士だとデイジーが言い張り、男性であんなに背が低くては採用条件に引っかかるから正規の軍人であるはずがないとアンリエッタが賛同する。コマチはスイーラ連合法国女性の平均身長よりやや背が低い程度なものの、オムツ刑事は男性にもかかわらずさらに小柄だった。


「下手に探っても藪蛇になるだけよ~。博士は基地司令官とも親しいんだから~」


 一方、相手が正体を隠したがっているならバレバレでも気づいていないフリをするのがマナーだとフワティーはふたりをたしなめる構えをとった。居候中のモローニ博士は基地司令官、採掘部隊長、ドンカーツ分校責任者のいずれにも顔が効く。研究実績は数知れず、採掘部隊の主力兵装である電磁投射砲で撃ち出す対大型砂竜用徹甲弾も博士が開発したもの。基礎研究はバンバン公表し、完成した成果物を惜しみなく軍へ提供してくれるありがた~い教授様なので、機嫌を損ねてもよいことはないとサラダ麺を食べ終えて口元を拭う。


「そんなに偉い教授だったの? 変質者にしか見えなかったんだけど……」

「エラい人っていうのは、どこかしら変わっているものなのよ~」


 どうして逮捕されないのか不思議なくらいだとコマチが口にしたものの、とび抜けた人間というものは独特な感性を持っているから、どこかしら変質的な一面があるものだとフワティーは笑ってみせた。


「誰かさんが機体の操縦を鍋で食材を炒めるのと一緒って感じるのと同じよ~」

「そういえば、ここにも変態がいたわね」

「あうっ……」


 感性のおかしな奴は目の前にもいるとフワティーに指摘され、言われてみればそうだったと納得するデイジーとアンリエッタ。オムツ刑事と同類扱いされたコマチが表情をしかめさせる。余計なことを言わなければよかったと席を立ち、食器を片付けに厨房へ向かった。冷やしサラダ麺を食べ終えた3人も後を追う。


 午後からは採掘工学の講義。もちろん一般的なものでなく、ここμ大陸での採掘に関する内容だ。指定された講義室で待っていれば座学教官のマルーイ中尉が入室してきて講義が始まった。


「皆さんもご承知のとおり、ここμ大陸で採掘される資源といえばプネウナイトです。他の大陸にまったく分布していないわけではありませんが、あまりにも微量過ぎてとても採算の取れるものではありません」


 こんな砂漠の大陸でわざわざ危険極まりない巨大生物を仕留めて死骸から資源回収を行っているのは、プネウナイトと呼ばれる希少鉱物がμ大陸でしか採れないからだと説明するマルーイ中尉。通常、このプネウナイトは他の元素と結合した化合物の形で散在している。砂漠を形成している砂のほとんどはプネウナイトと酸化ケイ素が結合したプネウ珪砂で、反発式浮遊デバイスが重い機体を支えられるほどの反発力を生み出せるのも地盤や砂中に含まれるプネウナイトのおかげ。土壌にプネウナイトがほとんど含まれていない他の大陸では軽車両を数メートル浮かべるのが精々だという。


「では、この砂を大量に採取すれば危険を冒してまで砂竜を仕留める必要はないと思うかもしれませんが、そうは問屋が卸しません。プネウナイト化合物は化学的にとても安定していて、人類はまだ分離させる化学反応を見つけていないからです」


 プネウナイト化合物からプネウナイトを精錬する技術はない。実現させることができれば世紀の大発見になるだろうとマルーイ中尉が解説を続ける。そのため、ドンカーツの主力産業は製材加工。得られたプネウナイト化合物を扱いやすい形状に加工して本国へ出荷しているそうだ。企業からの推薦組であるアンリエッタやザックスは、このあたりの事情に詳しいらしくウムウムと頷いていた。


「ですが、μ大陸に特有の生物群は体内でプネウナイトを精錬していることがわかりました。砂竜からは高純度のプネウナイト結晶が採取できます」


 砂から採取できるのは酸化ケイ素と酸化鉄のプネウナイト化合物くらいなものの、砂竜の死骸からは純度の高いプネウナイト結晶に加え、カルシウムやリンなど様々なプネウナイト化合物が採取できる。これらの物質はプネマドライブや高密度バッテリーの製造に必要不可欠な原料であり、μ大陸における我々の任務はすなわちエネルギー資源の確保に他ならないと語るマルーイ中尉。急に話が大きくなったと目をパチクリさせたコマチがこっそり周りを確認してみれば、フワティーもデイジーも納得顔で中尉の説明に耳を傾けていた。いきなり国家戦略の話なんて持ち出されて実感が湧かないのは自分ひとりなのかと不安そうな表情を浮かべる。


「安全を確保し効率よく資源を回収するためには、砂竜を仕留める位置が重要となります」


 だけど、マルーイ中尉の説明は目的や理念から具体的な採掘方法へと移っていった。ターゲットの砂竜は最大級のもので体長数百メートルに達する。仕留めた後に移動させることはできないので、民間の事業者が資源を回収しドンカーツまで輸送可能な位置でとどめを刺さなくてはならない。もろもろの条件を考慮すると、ドンカーツの都市から100キロ圏内がひとつの目安になると中尉は大型モニターに周辺の地図を表示させた。


「スノウライト候補生が参加した夜間作戦で仕留めた砂竜の位置がここです」


 地図の中心にあるのがドンカーツで、半径100キロのラインがここだとモニターの地図に緑色のラインで円が描かれる。円のちょっと内側に赤いバッテン印がつけられ、その下に「ミナミハゼ鉱山」と名称が表示された。資源回収の対象となる砂竜の死骸には、~鉱山という名称がつけられるとのこと。やっぱりハゼだったのか。久しぶりにから揚げが食べたくなったから鮮魚店で探してみようとコマチが笑みを浮かべる。


「コマチが気持ち悪い顔してる」

「うえっ?」


 どうやって料理しようか想像していたところ、めっちゃ得意気な笑みを浮かべていやがったとアンリエッタからツッコミが入る。自分の参加した作戦が取り上げられて、そんなに嬉しいのかと受講していた候補生たちの冷たい視線がコマチに集中した。


「ちっ、違うよっ。ハゼをどうやって食べようか考えていただけだよっ」


 焦って本当のことを白状してしまうコマチ。巨大な砂竜を食べたくなるなんて、どこまでも食い意地の張った奴だと突き刺さってくる視線が冷たさを増した。居たたまれなくなったコマチが、ハゼは油で揚げて食べるのが美味しいのだと熱弁を振るう。


「あら、ハゼを調理できるのならちょうどいいわ。スノウライト候補生は採掘部隊のビーチバーベキューへ参加するように。あなたも出撃した夜間作戦の慰労会よ」


 ところが、唐突にマルーイ中尉がドンカーツ基地のプライベートビーチでバーベキューパーティーが開かれるから参加するようコマチへ申し渡す。巨大ハゼを仕留めた打ち上げなのだけど、魚釣り大会もあって手軽に釣れるハゼはいっぱい集まる。採掘部隊のアホゥどもは下処理もできないのに際限なく釣り上げると、参加予定のスパイル大尉が料理人を探していたらしい。


 そして、またコマチだけなのか。依怙贔屓にも程があると猛抗議がなされ、デイジーとフワティーにアンリエッタの3名はお手伝いとして派遣されることが決定した。


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魂が汚れ切っている…洗浄が足らなかったんだ
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