2 釣られたコマチ
コマチが目を覚ましたのはお昼を過ぎたころだった。モソモソとベッドから這い出して身支度を整える。士官学校の本校では候補生用の軍礼服が制服に指定されているものの、熱帯に属するドンカーツ分校では暑くてとても着ていられたものではない。そのため、平時は砂漠用の野戦服を着用することとされていた。どうしてか女子は野戦用ズボンの代わりに膝丈のキュロットという規則があり、誰が定めたのかは不明。「知らぬ間に増えている規則」として分校七不思議のひとつに数えられている。
ドンカーツ分校の建物は男性宿舎、女性宿舎とその間をつなぐ形で教練棟があり、教官室や講義室に食堂といった男女共用の施設は教練棟に配置されていた。まずは腹ごしらえと食堂へ向かうコマチ。タッチパネル式の自動販売機みたいな装置でおすすめメニューの中から海鮮かき揚げ丼風味を選べば、取り出し口からレトルトパウチがふたつ出てくる。片方はご飯で、もう片方が丼もの風味のペースト。何台も並んでいる電子調理器から空いているのを選び、ふたつまとめて放り込む。3分チンすれば食べられるので、できあがるのを待っている間に水とスプーンをトレーに用意しておく。水はパック入りでスプーンは使い捨てだ。ご飯とペーストの容器も使い捨て。再利用を極力避けるのは食中毒が広まらないよう配慮した結果だと、コマチは衛生管理の講義で聞かされていた。
「うえっ……」
できあがった食事を持って空いているテーブルに着き、ホカホカと湯気を立てているご飯の上に海鮮かき揚げ丼風味のペーストをかける。スプーンですくって食べてみれば、香ばしいかき揚げの風味がドロリとした食感と共にコマチの口の中へ広がった。味は確かに海鮮かき揚げ丼なものの、まったく美味しいと感じない。食感も料理の出来を左右する重要なファクターなのだと再認識させられる。
「スノウライトが丼ものなんて珍しいな」
コマチがモソモソと食事をしているところへ、食事のトレーを手にしたふたり組の男性が寄ってくる。最初に声をかけてきた男性はコマチと同じ年くらいだけど、もうひとりは20台前半といったところ。いつもはわざわざ自分で用意しているのにと隣にあるテーブルに着く。ここの食堂は会食やパーティーにも利用されるため、いちおう立派な厨房を備えている。入学するまで実家の食堂を手伝っていたコマチは料理が面倒でなかったので、簡単なものでも丼ものよりはマシと自炊することの方が多かった。
「スパイル教官と採掘部隊の夜間作戦に参加させられたから、な~んにも用意できなかったんよ」
「採掘部隊の作戦に参加なんて、普通は配属が内定した候補生だけなんだが……」
採掘部隊と結託した教官が自分から仕込みの時間を奪ったのだと唇を尖らせるコマチ。その迷惑極まりないとでも言いたげな様子を目にして、作戦への参加が許されるのは採掘部隊への配属が決まった候補生だけなのにとふたり組の年上な方が呆れたようにため息を吐いた。士官候補生としては誇りに思うべきだとコマチに言い聞かせる。
「班長さんはそれでいいかもしんないけど、あたしは荒っぽくない部隊に配属されたいかなぁ。広報とか調達とか……」
「さすが非公式の広報映像を真に受けてドンカーツ分校を志望したスノウライトだ。心構えが違うぜ」
コマチが班長と呼びかけたのは、同期の中では年長者という理由で訓練班長を引き受けているうちに、すっかり班長呼びと立場が定着してしまった士官候補生のひとり。士官学校の採用試験を受けて入学したのではなく、志願兵として採用された後に下士官訓練で優秀と認められ推薦入学してきた候補生だ。従軍期間を経てから入学しているのでコマチとは年齢が離れている。元々、ドンカーツ基地で採用された志願兵にしてみれば採掘部隊は花形かもしれないけど、自分は武器を振り回さずに済む部隊がいいと口にするコマチ。すかさず、常夏のリゾートで資格取り放題なんてキャッチコピーに騙された奴は考えることが違うと、もうひとりの男性候補生がツッコミを入れてきた。
「ぐっ……投稿者のアカウントなんて普通は確認しないよっ」
そもそもコマチが士官学校の採用試験を受けることにしたのは、様々な動画が閲覧できるネットワークサービスで「どこまでも続く真っ白な砂浜ときらめく波打ち際、常夏のリゾートで給与を受け取りながら就職に有利な各種資格を取得できます」という広報映像を目にしたからだった。それはここドンカーツ分校の責任者が個人アカウントで投稿した動画だったものの、それを軍広報の公式映像と勘違いしてしまったのである。
「いや、引っかかったのはスノウライトだけだろ。実際……」
「みんな、隠してるだけだよっ。他にもいるに決まってるんだからっ」
あんなフェイク動画に騙されたマヌケはお前だけだという冷酷な指摘に、たまたまバレてしまったのが自分というだけで他にも絶対いると言い張るコマチ。目の前のふたりだけでなく、食堂中から呆れたような視線が突き刺さっていることに気づきもしない。
「それくらいにしておけ、ザックス。資格目的って点では君も同じだろ」
「俺は最初っから訓練費用を企業に負担してもらう約束で入学してる。軍役に就かない場合は返還金が生じると知って青褪めてたスノウライトと一緒にされたくない」
さすがに見かねたのか班長と呼ばれた候補生が、もうひとりの男子候補生をたしなめる。士官学校を卒業後、軍への任官を拒否した場合には訓練費用の返還義務が生じるものの、それは負担するからと企業から推薦を受けて入学した候補生も存在していた。このザックスと呼ばれた候補生の他、アンリエッタもそのひとり。反発式浮遊デバイスを搭載した大型輸送艇の操縦技術は、ここドンカーツ分校で採掘機の操縦を学ぶくらいでしか身につかない。そのため、将来のダンプドライバー育成に士官学校を利用する企業は珍しくなかった。
そして、そんな背景がコマチにあるはずもなく、任官を拒否すれば莫大な借金を背負わなくてはいけなくなる。もう卒業して軍人になるしかないので、本国に勤務する荒事の少ない部隊に配属されることを期待していた。ドンカーツ分校がμ大陸で活動する部隊専門の訓練機関であることから目を逸らしたまま……
「企業の支援があったところで、操縦技術で遅れをとったままでは安泰とはいかんだろう。大型輸送艇を扱えないようなら、当たり前に梯子を外されるぞ」
「ぐっ……なんでこんなぬけた奴が反発式の機体操作だけはダントツなんだ」
「ひどっ」
同じ資格目的でも将来設計のないマヌケとは違うと主張したザックス候補生だったけど、反発式浮遊デバイスの扱いでコマチに遅れをとっていると班長に告げられテーブルに顔を突っ伏した。ピギー04の重量は兵装まで含めれば十数トンに達する。実戦でその操手を任されたということは、もう中型機までの操縦は教えることが残っていないと判断された証拠。すぐにでも採掘機の訓練が始まるだろう。一方、ザックスは機体重量が3トン未満の小型機演習を修了し、ようやく練習機を使った訓練に取りかかる段階だった。
「機体のコントロールなんて、丸底鍋の中で食材を回すのと同じなんだけど……」
「それで理解できるのも、実践できるのもお前だけだ」
反発力に傾斜をつけることで思いどおりの方向へすべり落とす。反発式浮遊デバイスの扱いに関してコマチが理解しているのはそれだけだ。左手の操縦桿を鍋の把手に見立て、機体の周りに形作られた反発力の丸底鍋を動かす感覚で操縦している。機体重量の増加も、鍋に入れる食材の量が増えたようなもの。それで上手くいってしまったため、そんな説明でわかるかと言われても他の言葉は見つからなかった。これだから感覚派はアテにならないのだとザックス候補生がため息を吐き出す。
「班長とビビリがコマチをナンパしている」
もっとロジカルに説明できないのかと問い質すザックス候補生と、イメージできないのは想像力が足りないせいだと言い張るコマチが睨み合っているところへアンリエッタがやってきた。ひとりでいるところを狙ってふたりがかりでナンパしてんのかと表情をしかめさせる。デイジーとフワティーも一緒だ。
「ナンパじゃねぇよ。あとビビリって呼ぶな」
ザックス候補生のフルネームはザックス・ビビリアントといった。おかしな略し方をするなとアンリエッタに抗議する。
「あらあら、エイガス班長まで……コマチちゃんの返還金を負担する覚悟ですの?」
「誤解するな、ペコハラ。たまたま食堂でひとりなところを見かけただけだ」
士官学校は卒業して軍に任官することを前提としているから、妊娠した候補生は退学処分なうえ費用の返還を求められる。ちゃんと責任をとる覚悟はあるのだろうなとフワティーに問い詰められたエイガス班長は、候補生同士の恋愛がご法度であることくらい承知していると手をヒラヒラさせた。野獣はコマチに近づくなとデイジーたち3人が男性ふたりを威嚇して追い払う。
「輸送艇は確保できたから、午後の訓練を終えたら買い出しよ」
食材調達は手伝うから、ぜひ腕を振るってくれとコマチに向けて両手の親指を立ててみせるフワティー。今晩はご馳走にありつけるとデイジーとアンリエッタも喜んでいる。もちろん、コマチにも嫌というつもりはない。かき揚げ風味のヌルヌルペーストを口にするくらいなら、作る食事が数人分増えることくらい何てことはないと快く了承した。
「やっぱり輸送艇が使えると早いわね~」
「この味を知ったら、地べたを走る車両なんて使っていられない」
訓練終了後、街へと向かう輸送艇の中で実に快適だとフワティーが機嫌よさそうに鼻歌を奏でていた。タイヤで走る車と違ってルートが制限されないうえ渋滞にはまる心配もないとアンリエッタも上機嫌だ。船に似た底面を持っているので艇と呼ばれているものの、水上用ではなく反発式浮遊デバイスを搭載した砂漠用。μ大陸の砂は粒が細かくタイヤはもちろん履帯すら沈みかねないので、砂漠で使用される乗り物は船のような構造をしている。もっとも、ドンカーツは岩盤が露出した場所にあって街路が舗装されているため都市内は艇よりも車両の方が多い。
「だからって、装甲兵員輸送艇を借りることないと思うんですけど……」
輸送艇を操縦しながらコマチが苦笑いを浮かべる。小銃弾ではビクともしない装甲で覆われたこの輸送艇はピギー04と同じくらいの重量があるため、候補生の中で扱えるのはコマチひとりだ。装甲のない小型輸送艇なら3人とも扱えるのに、どうしてわざわざ中型機にカテゴライズされる輸送艇を選んだのだと疑問を口にする。
「一番、冷房の効きがいいからよ。せっかくの食材が暑さで痛んだら嫌でしょ」
防弾仕様で窓は最小限だから室内の温度上昇が緩やか。生ものが痛んでしまわないようにとの配慮だとデイジーが言い張った。保冷箱があるだろうとコマチはツッコミたかったものの、それだと容量や大きさが制限されてしまう。装甲兵員輸送艇を使うことにも利点はあると思い直し黙っていることにした。
目的地であるショッピングモールに到着したので輸送艇を駐機場へ下ろす。駐車場とはつながっていないため車両が侵入してくることはなく、割と空きスペースが多い。輸送艇を着陸させたコマチはさっそく買い出しに取りかかった。掘り出し物はないかと鮮魚店へ向かう。
「生きのよいエビが安いですね」
「エビ、Fuuuu――――ッ!」
桶の中を泳いでいるエビに目をつけるコマチ。ドンカーツの港は貨物がメインだけど漁港も併設されている。カゴ漁で獲れた天然モノという話で体長は15センチから10センチ弱とまばら。小振りなものが多いと思ったら、大きくて形の揃ったエビを抜いた後の残りなので安いらしい。これはお買い得だと購入すれば、エビ料理にハズレなしとデイジーたち3人が奇声を上げながらあやしげな踊りを披露した。
「皆さんはエビを剥いて背ワタを抜いてください」
「「ラジャーッ!」」
他にも様々な食料品や調味料などを買い込んでドンカーツ分校のある基地へ戻った4人は、さっそく人のいない厨房を占拠して晩ご飯の下拵えに取りかかった。助手3名にエビ剥きを命じ、コマチは炊飯器をセットし他の食材を用意する。
剥き終えたエビは塩と片栗粉で揉んでからよく洗い流した後、水気を切っておく。丸底鍋に油をひいてコンロで熱しエビを投入。軽く炒めたらひき肉と刻んだ長ネギを加える。全体によく火が通ったら調味料と水を加えてヒト煮立ちさせ、水で溶いた片栗粉を注いでとろみをつければひと品は完成。隣のコンロを使ってもうひとつの丸底鍋に油をひき、溶いた卵を注ぐ。卵が若干固まってきたら炊き上がったご飯を4人分投入し、パラパラになるようよく混ぜながら炒める。みじん切りにしたタマネギとベーコンを加え、調味料で味付けすればふた品目もでき上がった。
「本日はエビマーボーかけ炒飯っ。略して、エビマボチャでございますっ」
最後にお皿に盛った炒飯の上からエビ入りマーボーをかけてコマチが差し出せば、食事とはこうあるべきだと3人は揃って瞳を輝かせた。丼ものの夕食をとっている候補生たちから憎しみのこもった視線を投げつけられるものの、まるっと無視して食堂のテーブルに着く。
「もう香りだけで美味しいのが伝わってくるわね~」
「さすがコマチ。我らが女神」
「同室の絆は永遠よ。今すぐ結婚しましょう」
味に間違いはない。香りだけでそれがわかるとフワティーが微笑む。神降臨とアンリエッタが祈りを捧げ、一生傍にいてくれとデイジーはプロポーズしていた。冷めてしまわないうちに食べるようコマチが勧める。
「お前らには人の心ってもんがないのか?」
そこに、たまたま近くにいたザックス候補生が見せつけんなと声をかけてきた。
「私たちは祖国のために戦うと誓った鋼のソルジャー」
「心なんてとっくの昔に捨てているわ」
「他人に何かを期待しているようじゃ、戦場で生き残ることはできないわよ~」
だけど、アンリエッタ、デイジー、フワティーの3人はご馳走から顔を上げることなく、モシャモシャかき込みながら自分たちは戦闘マシーンですと言い張った。こんな食欲にまみれた兵器がどこにいるとザックス候補生が抗議したものの、ひとりとして耳を傾けようとしない。手が止まらんとプリップリのエビを口へ運ぶ。
「厨房をひとり占めするつもりはないから、いつでも好きな時に使って構わないよ」
そして、料理が作りたいなら遠慮することはないと抗議のポイントを勘違いしたコマチが口にする。丼ものが嫌なら自分で作ればいいじゃない。口元にマーボーをつけた笑顔で反論の余地もないド正論を叩きつけられ、ザックス候補生と心の中で彼を応援していた候補生たちの握り締めた拳にポタリと涙が零れ落ちた。




