1 やる気のない候補生
星明りに照らされた砂漠。夜風が吹き抜けていく砂丘の上に、全面がくまなく金属製の装甲板で覆われ上部に2本の長い筒を背負った機体がふたつ並んで鎮座していた。胴体から左右へ張り出したアームの先端には細い金属筒を3本束ねたような機械が取り付けられている。その相手を威圧するような厳めしい形状をした機体の狭いコクピットの中で、士官候補生に過ぎない身で夜間作戦への参加を命じられたコマチは憤慨していた。
どうして自分ばかり面倒な任務に駆り出されるのか。同期の候補生たちは、今ごろ快適なベッドの中でスヤスヤと熟睡していることだろう。候補生の中からひとりだけ出撃を命じられるなんて納得がいかないと、不満を表すかのように頬を膨らませる。
「これってイジメですか? 軍のコンプライアンス部門に訴えることはできますか?」
「作戦時間は実機での演習時間にカウントされてます。他の候補生より優先して機体が使えるのですから、あなたはむしろ優遇されているのよ。スノウライト候補生」
もしかして不当に過酷な扱いを受けているのではないかと、複座の砲手席に着いている訓練教官のスパイル大尉を問い質すコマチ。優遇されていることを自覚せよとの返答を受けて、ふて腐れたように表情をしかめさせた。候補生の数だけ練習機が用意されるはずもなく、訓練には当然順番待ちが生じる。ひと晩中、機体を占有できるなんて贅沢が許されるのは作戦行動に随伴することが許された者だけの特権と言われれば、反論の余地など残っていなかった。
「作戦指示きたわよ。確認して」
「ポイントJS315に採掘機を設置するので索敵と掃討の後、周辺警戒だそうです」
ポヨ~ンという気の抜けた効果音と共に、コマチが座る操手席のディスプレイに未確認の通信がある印が表示された。指揮管制機から作戦内容が送られてきたのだろう。タッチパネル式のディスプレイに触れれば、ふたりに与えられた作戦指示が表示される。内容は採掘機を設置するポイントの安全確保。今は練習機として使用されている旧型の護衛機に与える任務としては順当といったところだろう。
『こちらパタス01。ピギー04、作戦指示は受信したな?』
練習機のシートに内蔵されているスピーカーから男性の声が響いてくる。ピギーは士官学校で使用している練習機に割り当てられたコールサインで、コマチの搭乗している練習機には04という機体番号が振られていた。パタス01は隣にいる僚機で、この護衛機2台からなる分隊の指揮官機でもある。
「こちらピギー04。任務了解」
『作戦行動を開始する。ついてこい』
作戦指示は確認したとスパイル大尉が返答すれば、砂の丘へ着陸していたパタス01の機体が浮き上がった。機体に付着した砂を振るい落としながら、ゆっくりと垂直に上昇していく。
「プネマドライブ出力上昇。反発式浮遊デバイス起動します」
操手席にあるスイッチをコマチが操作すれば、体から何かが吸い出されていくような感覚と共に機体へ電力を供給しているシステムが出力を上げ始める。砂中に含まれる鉱物との間に指向性を持った反発力を生じさせる装置へ電力が接続され、パタス01を追いかけるようにピギー04の機体が浮き上がった。左手の操縦桿を前へ倒すと機体後方の反発力が高まり、斜面をすべり下りるような感覚と共にピギー04が前方へと進みだす。
『候補生にしては滑らかな操縦だな。部隊の操手と比べても遜色ない』
「反発式の扱いに関しては候補生の中でトップですよ。やる気がないので勇み足を心配する必要もありません。安心して部隊に随伴させられます」
遅れることなくついてくる僚機を確認したパタス01から通信が入る。功を焦らないから作戦に参加させられるのだというスパイル大尉の言葉を耳にして、明日からはもっとやる気があるフリをしようとコマチは決意した。ひとりだけ実機を使った演習時間が突出すれば、同期の候補生たちからズルイ、ズルイと恨み言を聞かされること間違いなしだ。
『まもなく指定されたポイントだ。索敵を開始……するまでもなかったな。虫が3体だ』
パタス01とピギー04が指示された座標へ到着すれば、この砂漠に生息する巨大昆虫の姿があった。コクピットに備え付けられている星明りを増幅して映し出すモニターには全長が4メートルはありそうなサソリが3体映っている。
『ターゲットから逃げてきたかな。さて、どうするか……』
護衛機はおおよそ全長8メートル、幅4メートルといった大きさで、目の前にいる巨大サソリなんて敵ではない。機関砲の一掃射で片付けられる。そうとわかっていてパタス01は迷っていた。作戦のメインターゲットは目の前にいるサソリを捕食する生き物。大きく育ってもらうための餌を減らすことは本意でない。
「サソリを見逃したと知ったらモローニ博士がヘソを曲げます」
『仕方ない。ピギー04、片付けてくれ。撃ち漏らすようなら援護する』
見つけたサソリは1体残らず駆逐せよ。それが基地に居候している軍大学教授のオーダーだと告げるスパイル大尉。まったく面倒なことだとパタス01が撃破指示を出す。ピギー04の両サイドへ取り付けられた機関砲が砂地を這うサソリへと向けられた。
「右側へ回り込むように移動してちょうだい」
「了解」
搭載火器を操るスパイル大尉の指示に従って、機首をサソリたちへと向けたまま一定の距離を保ちつつ弧を描くように機体を横滑りさせるコマチ。機関砲が砲弾を吐き出し始め、10秒とかからず巨大なサソリは3体とも動かなくなった。作戦指示のとおり、他に危険な生物が潜んでいないか警戒を続ける。しばらくして、後方から護衛機の数倍はありそうな機体が空中を進んできた。コマチたちの確保したポイントへ到達すると4本ある脚を大きく広げ、それを砂地へ突き立てるように着陸する。
「あれが採掘機ですか?」
「そうよ。主兵装は口径150ミリの電磁投射砲。反動が大きいから、しっかり機体を固定しておく必要があるの」
採掘機と呼ばれる機体の上部には、機関部まで含めれば全長が10メートルを越えそうな大砲と、それを旋回させる機構が搭載されていた。写真や図面で説明を受けたことはあったものの、動いているところを見るのはコマチも初めてになる。モニター越しに興味本位でジロジロ眺めていたら、発射の際に衝撃波が発生するので離れているようパタス01から指示が飛んできた。
ピギー04を採掘機の後方へ下がらせたコマチが、手元のディスプレイを操作して今夜のターゲットを表示させる。砂竜と呼ばれる体長80メートルに及ぶ超巨大生物が2キロメートル離れた場所を移動していた。軍隊がこんな生き物を狙うのは、食糧確保のためでも都市に住む人々を護るためでもない。その死骸から鉱物資源を得るためだ。ゆえに、この作戦は討伐でも防衛でもなく採掘であり、実行にあたる部隊は採掘部隊と名付けられている。
「砂竜って呼んでますけど、これってハゼじゃないんですか?」
「形状は様々なのよ。まぁ、魚に似てるのが多いのは事実だけどね」
ディスプレイに表示された砂竜の映像を目にしてコマチが思い浮かべたのは、河口付近でよく釣れる夏が旬の油で揚げて食べると美味しい魚だった。サイズがトチ狂っていること以外はそっくりだと首を傾げている教え子に、爬虫類型もいるのだけど多いのは魚型だとスパイル大尉が説明する。話をしているうちにピギー04の機体が震えるほどの衝撃音と共に電磁投射砲が発射され、映像の中で巨大なハゼがひっくり返った。
μという謎に満ちた大陸がある。地表のおよそ9割が砂漠に覆われたこの大陸には、他に類を見ない生物群と極めて貴重な鉱物資源が眠っていた。多くの国家がμ大陸を領有すべく軍を派遣したものの、特異な生物群と過酷な環境は人類による陣取りゲームをあざ笑うかのように拒んだ。それぞれの国家は海岸線近くに拠点となる都市を築き上げ、手の届くわずかな範囲で細々と活動するのが精一杯だったのである。
スイーラ連合法国の都市ドンカーツもそんな拠点のひとつ。露出した岩盤によってリアス式海岸が形成されている湾に港を整備し、採掘した資源を本国へと送り出す海運の拠点として発展してきた。今では駐屯している軍隊も含めて10万人を超える人々が暮らしており、学校に病院、ショッピングモールやレジャー施設に至るまで民間資本で経営されている。そんな地方都市に連合法国軍士官学校ドンカーツ分校もあった。
「あ゛~、朝風呂が気持ちい゛ぃ~。朝風呂って言ってよいのかわかんねけど……」
そろそろ朝食の時間というころ、ドンカーツ分校女性用宿舎の浴場に疲れ切った顔で浴槽に浮かぶひとりの士官候補生の姿があった。栗色をしたセミロングの髪が湯につからないようヘアバンドでまとめ、浴槽の縁に置いたタオルを枕代わりにして、太ってはいないものの引き締まっていると言ったらお世辞になる微妙な体をだらしなく弛緩させ底からブクブク湧き上がってくる気泡の感触を楽しんでいる。連合法国軍ドンカーツ基地に駐屯している採掘部隊の夜間作戦に駆り出され、ほんの数十分前に帰宅したばかりのコマチ・スノウライト候補生だ。凝結した湯気がポタリと落ちてくる天井を見上げながら、徹夜で労働させられた後にいただく湯は朝風呂なのだろうかと疑問を口にした。もちろん、答えてくれる者など誰ひとり存在しない。
「あっ、コマチ。戻ってたんだ」
「あ゛ぁぁぁ~。プーちゃん、おはよ~」
ボコボコとわき腹や内ももに沿って湧き上がる気泡の感触をコマチが楽しんでいると、新たに3人の女性が浴場へ入ってきた。そのうちのひとりがすっかりオッサンと化しているコマチへ声をかける。3人はコマチと同期の士官候補生たち。日課である早朝のランニングを終えて汗を流しにきたところだった。
「プーちゃんはやめなさいって言ったでしょ」
「ええ~? プーちゃんはプーちゃんだよぅ~」
コマチからプーちゃんと呼ばれたのは灰色の髪を頭の後ろでお団子にしたスレンダーな体型の娘で、年齢もコマチと同じ18歳。プーコット様とお呼びと告げながらシャワーブースへ入っていく。
「夜間作戦、お疲れ様~。何時間になったのかしら~?」
「10時間ですよぉ。フワティーさん」
色の濃い肌に腰まである長い黒髪とエキゾチックな風貌が印象的で、4人の中では最も年上に見えるお姉さん的雰囲気をまとった女性が、何時間分の実機演習になったのだとコマチに尋ねる。作戦に参加した場合はブリーフィングや待機時間も含まれるので、コマチは10時間分の演習をこなしたものとみなされていた。
「実機演習を10時間なんて、私たちでは7日か8日かかる。それがたったひと晩なうえ手当まで支給されるなんて、これはもう依怙贔屓と非難せざるを得ない」
「あたしに言わないでくださいよ~ぅ」
「アンリエッタちゃん。コマチちゃんを責めてもしかたないわよ」
練習機を10時間もひとり占めしたうえ夜間作戦の割り増し手当までもらいやがってと頬を膨らませているのは砂色の金髪をおかっぱにした娘だ。士官候補生を作戦に参加させるか決めるのは指揮を執る部隊長と教官たち。コマチには選択権なんてないのだと、フワティーと呼ばれた女性にたしなめられている。
「コマチ、朝ご飯の仕込みなんてしてないよね?」
「ないよ~。だから今日は丼もので済ませてちょうだ~い」
汗を流した後、脱衣所でコマチの髪をタオルで拭きながらプーちゃんと呼ばれた娘が尋ねていた。昨日の夕刻から夜間作戦に駆り出されていたから、朝食の準備なんてひとつもできていない。今日は支給品の丼もので済ませるよう告げられて盛大にため息を吐き出す。軍から支給される糧食は丼ものと呼ばれているレトルトパウチされたペーストを電子調理器で温めご飯にかけて食べるもの。かつ丼風味、天丼風味、親子丼風味、鉄火丼風味などバリエーションは豊富なものの、味が異なるだけで中身は全部ペースト状のナニカだ。栄養は摂取できても心が満たされないと、とても評判が悪かった。
「とろろ風味とネギトロ風味なら、まぁ許せる範囲内じゃないかな?」
「期間限定のカレーなんばん風味はもう誰か試したかしら~?」
「タマネギや肉のエキスが混じったルゥだけのカレー。オススメはしない」
とろろかネギトロなら食感も変わらないしイケるのではないかと作り笑いを浮かべるコマチ。限定メニューがあったはずだとフワティーが口にしたものの、ただの具なしカレーだったとアンリエッタがしかめっ面になった。あんな食事では朝からやる気が下がると不満を漏らす。
「どうせ今日は4号機が整備で使えないはず。指定されたカリキュラムを終えた後は街へ食材の買い出しに行く」
実戦に出たピギー04はメンテナンスで使えないだろうから、夕方から買い出しに行こうとアンリエッタが提案する。晩ご飯はまともな食事が食べたいと満場一致で受け入れられ、輸送艇の手配はしておくとフワティーが請け負った。これから就寝タイムなコマチは寝る前に食べるのは太るからと食堂へ向かう3人と別れ自室に戻る。コマチ・スノウライト、デイジー・プーコットと名札の掲げられている部屋へ入り、ようやくグッスリ眠れると自分のベッドにもぐりこんだ。




