29 出撃、ストライカープリンセス
「15分で戻ります。整備科の候補生で教習用採掘機の出撃準備を進めておいてください。電磁投射砲には徹甲弾を装填。すべて実弾です」
車止めで兵員輸送艇を待つ間にもラーメナリーは情報端末から次々と指示を飛ばす。王女様だけあって人望は厚いようで、教官に制止されても無視してよい。邪魔立てするようなら縛り上げてしまえという指示にイエッサーと快活な応答が返されてくる。
「お待たせしました」
「まって~。置いてかないで~」
すぐにオロネーズの操縦する兵員輸送艇がやってくる。フワティーも自分とコマチのプネウマスーツを抱えて駆けてきた。ラーメナリーとサウメナ、コマチ、デイジー、アンリエッタに続いてフワティーが乗り込んだことを確認し、オロネーズが兵員輸送艇を離陸させる。速度を上げつつ市街地の上空を抜けたら工場の立ち並ぶ工業地帯を飛び越え、王国軍基地に併設されている士官学校へ向かう。
「フワティーさんも出撃する気なんですか?」
「空いている練習機で先行して砂竜の位置を確認しておくわ~」
目的地へ向かう途中、フワティーが自分のプネウマスーツまで取ってきたのを見て出撃するつもりなのかとコマチが問い質す。砂竜の位置はリアルタイムでつかめた方がよいから練習機で索敵に出ると告げるフワティー。それを耳にしたラーメナリーが教習用の護衛機も準備しておくよう整備科の候補生へ通達する。
「砲手席に王国の候補生を乗せておく。それなら、トリガーを引いたのは王国という言い訳がたつ」
「そうですわね。オロネーズ、砲手をお願いいたしますわ」
「了解です」
万が一、発砲することになっても撃ったのは王国の候補生ですと言い訳できるよう、砲手席に手の空いている誰かを乗せておくようアンリエッタが入れ知恵し、ラーメナリーはオロネーズに白羽の矢を立てた。同時に管制機の指令室機能を立ち上げて、防衛部隊の観測データを採掘機へ送信するようサウメナに指示する。指令室のオペレーターにデイジー、情報分析はアンリエッタと役割分担が決定したところで兵員輸送艇が基地の敷地境界線を越えた。
「あれはっ?」
基地の敷地内を通過する際、都市防衛部隊の格納庫前に2機の護衛機が待機しているのを目にしてラーメナリーが眉をひそませた。無反動砲もミサイルポッドも取り払われて、外部のハードポイントにコンテナの様なものが目いっぱい取り付けられている。
「多分、コンテナの中身は爆薬。いよいよとなれば……というわけね」
「あんなものを……」
電磁投射砲で仕留め損なった時は、ありったけの爆薬を積んだ護衛機を突っ込ませる。最終手段の準備をするほど後がないのだとアンリエッタが口にし、使わせてなるものかとラーメナリーは唇を噛みしめた。
「メンデヤンス候補生、指示どおりに……なにをっ?」
士官学校の格納庫前に兵員輸送艇が着陸すれば、整備員らしい作業用ツナギを身につけた青年が駆けつけてきた。すかさずコマチがラーメナリーを羽交い締めにして、パーティー会場からガメてきたナイフを首筋に突きつける。
「採掘機は我々ド……ブネズミ窃盗団がいただきます。王女様の命が惜しかったら言うとおりにしてくださいっ」
「この方々は見境がございませんわっ。わたくしを大切に思うなら指示に従ってくださいませっ」
「だずげでぐだざぁぁぁい」
ドンカーツと口に出しそうになり咄嗟に言い直したコマチが、人質の命が惜しかったら採掘機を差し出せと脅迫する。狂暴な連中だから指示に従うようラーメナリーが告げ、デイジーに腕をねじり上げられたサウメナがお願いだから見捨てないでちょうだいと迫真の懇願を披露。整備員の青年はいったい何事かと目を見開いていたものの、すぐに事情を察したようで暴漢を刺激するな。全員指示どおりにせよと声を張り上げた。
「採掘機の準備、どうなってますっ?」
「最終確認と併せて徹甲弾を装填中っ。10分で出られますっ」
「すぐに着替えてきます。作業を続けてくださいっ」
出撃準備の進捗状況を確認したコマチが、ラーメナリーの背中にナイフを突きつけて更衣室へと案内させる。更衣室に入れば、自分のロッカーからプネウマスーツを取り出したラーメナリーがこれを使うようにと使い捨てのオムツを放り投げてきた。それを受け取ったコマチとフワティーが身に着けているものをすべて脱ぎ、オムツの上からプネウマスーツを着込む。
コマチたちが着替えを終えて格納庫へ戻れば、デイジーとアンリエッタに両側から取り押さえられたサウメナが待機中の管制機へ連れ込まれていくところだった。近づいたら人質の命はないと脅すアンリエッタを整備員たちがサムズアップで応援している。それは殺っちまえという意味のジェスチャーではなかったかと疑問に感じながらコマチが採掘機に乗り込む。操手席に着けば、すぐに隣の砲手席へラーメナリーが飛び込んできた。
「操縦方法はユニバーサル規格を採用しているはずですけど、ご不明な点は?」
「連合法国の機体とレイアウトまで一緒ですね。これなら大丈夫です」
製造メーカーごとの違いなどあったりしないかと心配したラーメナリーが声をかけたものの、シートの座り心地までそっくりだとコマチは手際よく機体側の管制システムを立ち上げていく。その様子を見て安心したラーメナリーは電磁投射砲のシステムチェックに取りかかる。
『先に向かってるわ~。防衛部隊からのデータはいただけないのかしら~』
「管制機の指揮管制機能がアクティブになるにはしばらくかかるはずです。北へ向かってください。市街地の上空を出るころにはデータリンクを確立できるでしょう」
『プリンセスホーク、了解したわ~』
採掘機のコクピットは前面が強化ガラスの窓となっていて、格納庫内を見渡すことができる。模擬戦闘でラーメナリーの使用していた機体がひと足先に動き出し、整備員たちに誘導され格納庫から出ていく様子が見て取れた。同時に通信が入ってくる。コールサインはプリンセスホークで、先行してターゲットを見つけておくという。管制機からのデータを受信できるようになるにはしばらくかかるとラーメナリーが説明すると、了解と言い残して星の瞬く夜空へ飛び去っていった。
「プリンセスホーク。固有コールサインですか……」
「わたくしが考えたのではございませんっ。整備を担当している候補生が変えさせてくださいませんのよっ」
多くの場合、コールサインは所属や機種を表す通称名と機体番号を組み合わせて決められる。機体番号がないのは、このコールサインを使用する機体は一機しかないという意思の表れだ。王女様専用機だなんて、さすがに自己顕示欲が強過ぎではないかとコマチが視線を向けたところ、自分だって恥ずかしいから嫌なのだとラーメナリーは顔を真っ赤にさせた。曰く、整備担当者がデータを書き換えてくれないのだという。
「そういうことにしておきましょう。機体に問題はありません。ストライカープッ……リンセス、浮上します」
「今、笑いませんでしたっ?」
ディスプレイに表示された教習用採掘機のコールサインを読み上げる途中でコマチが思わず噴き出した。笑いやがったなとラーメナリーがまなじりを吊り上げる。
「そんなことより、電磁投射砲の発射準備を進めてください。肝心な時に撃てないんじゃ困ります」
「ぐぎぎぎ……後でゆっくりお話しいたしましょう。砲身及び機関部、予備冷却開始。加速用キャパシター1番から18番まで充電開始……」
反発式浮遊デバイスの出力が上昇し、採掘機の巨大な重量がゆっくりと格納庫の床から離れていく。荷台がリフトになっていて高く持ち上がる作業車に乗った整備員に誘導され、コマチが採掘機を格納庫から星空のもとへと進み出させる。誘導にあたっていた整備員が手にしている誘導灯の色を赤から緑へと切り替え、機体が完全に格納庫から出たことを伝えてきた。
「ストライカープリンセス、出撃しま……通信が入りました」
『こちらパスタデアール基地司令本部。採掘機を動かしているのは何者だっ?』
早くもバレたようで、コマチが機体を上昇させようとした矢先に通信が入った。相手は基地内にある司令本部で、誰が動かしていると問い質してくる。
「あたしはドブネズミ窃盗団のリーダー。コードネームはブラウンです。この採掘機は我々がいただきました。邪魔をすればラーメナリー王女の命はありません」
「あ~れ~。言うとおりになさってくださいまし~」
『しらじらしい茶番につき合っている時間はないっ。メンデヤンス候補生、なにをするつもりだっ?』
候補生たちに出撃準備をしておくよう指示したのが誰かはわかっているのだと、基地司令本部のおっさんが怒鳴りつけてくる。この聞き覚えのある声はクイーンズパレスの広間でラーメナリーが通信していた基地司令官だろう。時間がもったいないので相手をするのはラーメナリーに任せ、コマチはストライカープリンセスを上昇させ北へ向かわせる。機体に保存されていた地形データによれば、都市の北側はしばらく岩場が続く。10キロメートル近く北上しなければ採掘機を設置できそうな砂地がない。
「ご覧のとおり、操手と砲手が揃いました。わたくしたちなら岩場まで上がられる前にトカゲ型砂竜を撃退できます。都市を巻き込む必要はございません」
『市民の非難は予防的措置であって――』
「ならっ、あのコンテナを満載した護衛機はなんのためですっ?」
あくまで念のためだと建前を口にしようとした司令官を、今度はラーメナリーが怒鳴りつけた。もう犠牲を承知で作戦を立案しなければならない状況まで追い詰められていることはわかっている。あの2機を誰に使わせるつもりだと問い詰められた司令官は、それを公表するわけにはいかないのか黙り込んだ。そこに、参謀のものと思われる声が割り込んできた。
『司令官っ。士官学校の管制機から統合情報システムへの接続要求がきていますっ』
『管制機まで?』
「わたくしたちは情報分析を含めた作戦遂行能力を有しています。情報だけいただければ、後はやれとひと言おっしゃっていただくだけで充分。市民を危険にさらすことなく砂竜を撃破してご覧にいれましょう」
足りなかったものは調達できた。あとは活用するだけだと告げるラーメナリー。採掘機の設置さえ間に合ってしまえば、60メートル級のトカゲ型砂竜なんてどうということはない。司令本部はヒラメ型への対応に集中するよう勧める。
『司令官。ストライカープリンセスが基地の敷地から出ました。抑止する手段がない以上、利用するしかないと進言いたします』
市街地上空で採掘機を撃墜したら地上にも被害が及ぶので物理的に止めることはできなくなった。なにを言ったところであいつらはやるつもりだから、せいぜい利用させてもらおうと進言する声が通信から漏れてくる。もう手段を選んでいられる状況ではない。使えるものは何であれ利用しようと参謀たちが司令官を説得しているようだ。
『君の相手ばかりしているわけにもいかない。統合情報システムへの接続要求を許可する。やってみたまえ』
「感謝いたします。司令官」
採掘機を持ち出されてしまった以上、もう留め立てする手段がないとため息を吐き出す司令官。ヒラメ型への対応も同時進行中なので、いつまでもラーメナリーひとりに関わっていられないと王国軍が持つ情報へのアクセスを許可する。すぐに管制機とのデータリンクが確立し、作戦行動中の機体位置や砂竜の進行状況といったデータが送られてきた。
『プリンセスホーク。データリンクを確認したわ~』
『今、アンリエッタが採掘機の設置地点を計算してる。それまではここに向かって』
「ストライカープリンセス、了解」
先行しているフワティーから管制機との接続を確認したと報告が届く。最終的な設置座標は計算中なので、完了するまでの暫定的な目標地点をデイジーが示してきた。そこへ向かってコマチが採掘機を進ませる。
「徹甲弾装填。チャンバーへ液化絶縁ガスの注入を開始……」
後で営倉にぶち込まれるくらいは覚悟のうえ。市民の命と引き換えなら安いものだと砲手席のラーメナリーはふてぶてしい笑みを浮かべながら電磁投射砲の発射準備を始めた。




