28 ドブネズミの囁き
『その案はすでに検討済みだ。動かせる士官が基地にいない』
配置済みの採掘機を呼び戻していたのでは時間がかかり過ぎる。教習用でも電磁投射砲を放つことはできるのだから、トカゲ型が岩場へ上陸してくる前に進路へ設置して迎え撃てばよいとラーメナリーが進言したものの、司令官にあっさり却下された。採掘機を動かせる士官は残らずヒラメ型へ対処するため出撃中。ローテーションを組み直し、空いた人員を基地へ帰還させて教習機を出撃させたところで、配置済みの採掘機を再配置するのと時間的にそう変わらない。だから、1機をトカゲ型の対応へ回すことにしたのだと作戦決定の経緯を語る。
「電磁投射砲の発射訓練なら済ませました。私なら15分以内に基地まで戻れます」
『砲手は君がいるとしても、操手はどうする。会場にいる候補生はまだ大型機訓練を受けていないはずだ』
検討済みという言葉に嘘はないようで、サウメナやオロネーズに採掘機は荷が重いだろうと問い質す司令官。その時、「ヒラメ型、移動を開始しました」という参謀のものと思われる声をマイクが拾った。候補生の相手をしている余裕はなくなったと通信を切られてしまう。
「このまま市内に被害が及ぶのを黙って眺めているしかございませんの……」
「その程度で済めば御の字じゃないかな」
悔しそうに唇を嚙みしめるラーメナリー。だけど、それはすべて思惑どおりにいった場合の話だとモローニ博士に告げられる。採掘機の再設置が間に合って、一撃で砂竜を仕留められれば貫通した砲弾が建物を破壊するだけで済むだろう。トカゲ型の移動速度が想定を上回るか、若しくは電磁投射砲で仕留め損なった場合は、おそらく防衛部隊が命がけで時間稼ぎをすることになる。士官たちにも犠牲者が出ると聞かされラーメナリーは拳を握り締めた。
「それも……最悪の想定ではございませんわね」
「そいつを口にしたら、本当にパニックへ発展しかねないからね」
モローニ博士が語らなかった可能性を察してラーメナリーが拳を震わせる。
「最悪の想定って?」
「……トカゲ型に都市内部まで入り込まれたら私たちまで無事では済まなくなる」
ふたりの会話に耳を傾けていたコマチがこっそり尋ねれば、迂闊に口にするなと小声でアンリエッタが答えた。三段構えどころか、残るは最終防衛ラインのみという切迫した状況だと告げられコマチが目を丸くする。電磁投射砲を発射できるのはおそらく2回まで。それで仕留めきれなければ市内を蹂躙されるという。
「それなのに1機だけって少なくない?」
「きっと、設置できる場所が他にないのよ~」
そんな状況なのにトカゲ型への対処に回される採掘機は1機だけなのかとデイジーが頬を膨らませたものの、おそらくは2機以上向かわせても射線をとれる狙撃ポイントがないのだとフワティーにたしなめられる。作戦を決定する段階で候補地点は絞られているはず。王国軍にとっても苦渋の選択だったろうと告げられ黙り込む。
「あの、採掘機を動かしたことなら――」
「待ちたまえ。王国から協力要請があったわけではないのだ。他国の領内で軍が作戦行動を起こせば、それは主権を侵害したことになる」
大型機を扱ったことならある。採掘機を設置する手順も覚えているとコマチが告げようとしたものの、それはカッター大佐によって止められた。メンデヤンス王国の領内で許可なくスイーラ連合法国軍が武力を行使するのは疑う余地のない主権侵害。侵略行為と受け取られてもおかしくないので、コマチの作戦参加はパスタデアールに所在する最上級士官として容認できないという。
「ここに集まっている人たちに協力は要請できないのですか?」
「それを決めるのは議会です。今からでは間に合わないでしょう」
この場には各国の軍人が集まっているではないかとコマチが尋ねたものの、王国政府が外国へ協力を求めるには議会の承認が必要なのだとラーメナリーは首を横に振った。自分や基地司令官が要請しても、それは国家の意思と無関係。どこの国も正式なものとは認めてくれないだろうと口にすれば、外務官僚という男性が誠に遺憾ながらそう判断せざるを得ないと応じる。
「大佐っ、ここにいらっしゃいましたかっ。君たち何をしている。さっさと兵員輸送艇を用意しないか」
自分には何もできないのかとコマチが肩を落としていると、連合法国の本国からきた士官たちを引き連れてイッシャー少佐がやってきた。今すぐ兵員輸送艇で大佐をフキシオへ退避させるようコマチに命じる。あからさまに自分たちも一緒という態度にカッター大佐が呆れたようなため息を吐き出した。
「イッシャー少佐。この都市には連合法国の国民だって訪れているだろう。我々が最優先すべきは自国民の安全ではないかね」
採掘フェスを訪れていた観光客や企業関係者だっているのに、軍人が真っ先に逃げ出すつもりなのかとまなじりを吊り上げるカッター大佐。万が一に備えて、できる限りでよいからスイーラ連合法国民の所在と人数を把握しておくよう指示を出す。
「私もいくつか指示を出しておかなければ……。失礼いたします、王女殿下」
イッシャー少佐たちが大佐の命令を遂行しに会場から出ていく姿を見て、外務官僚のおっさんも仕事を思い出した模様。すませておく仕事があるのだとラーメナリーのもとを辞去する。それぞれの役目を果たしにいくおっさんたちの背中を見送りながら、コマチは隣にいる王女様の拳が固く握りしめられていることに気がついた。
ここには採掘機を動かせる操手と砲手が揃っている。だけど、所属する国家が違う。立憲君主制国家における王室は政府の方針に従って国事行為を遂行するもの。例えるなら国民全体という形のないものを演じる俳優であって、演出家の意図していないアドリブを加えることは許されない。王女という立場ゆえに、己の判断で外国人に手を貸してくれとは口にできないのだろう。
今ならまだトカゲ型の進路上に採掘機を設置して迎え撃つことができる。時間が経てば、それも叶わなくなってしまうことは明白。わかっていて、何もできない己の立場を歯がゆく感じているのだろうとコマチには容易に想像がついた。できることがあるのに、立場がそれを許さないというのは落ち着かない。誰かが犠牲になるかもしれないとわかっていればなおさらである。それでも、カッター大佐に止められてしまったのでは仕方がないとため息を吐いたコマチの背後に、こっそりと忍び寄るひとつの影があった。
「言い訳か、行動か。君はどちらを選ぶのかな?」
いつの間にかコマチの後ろに立っていたモローニ博士が、選択の時はきたと尋ねてきた。質問の意図をつかみきれずにいるコマチが、どういうことだと尋ね返す。
「市民がパニックに陥ったら、あの赤ちゃんだって無事ではいられないだろう。二度と会えなくなってしまっても、組織の用意してくれた言い訳があれば君は自分自身を納得させられるのかい?」
軍組織が用意してくれるのは言い訳だけだ。ハッピーな結末を約束してはくれない。己が望む未来は自らの手でつかみ取るしかないのだぞとモローニ博士が囁いてくる。
「それは……大佐の言葉を無視するよう勧めているのですか?」
「人の心は移ろいやすいものでね。これ以上ない結果を出してしまえば、それが正しかったという理屈なんてお節介な誰かが勝手に考えてくれるさ」
誰だって心の中ではハッピーエンドを期待している。だったら、そいつを実現させてしまえばいい。命令違反を唆すつもりかと咎めるコマチに、言い訳を考えるのは暇な奴に任せてしまえとドブネズミのような笑みを浮かべるモローニ博士。勝てば官軍、それは歴史が証明しているという。
「だから、自分が本当に大切と思うものはなんなのか。後悔しない選択をするといいよ。時間はあまり残されていないけど……」
どうするのが正しいのか。どうするべきなのか。そんなことは自分にもわからない。ただ、あの時こうしていればなんて心残りを引き摺ってもよいことはないとモローニ博士は語り、しゃべり過ぎて喉が渇いたとドリンクを取りに去っていった。
外国の領内で許可なく軍が活動することは主権侵害にあたる。カッター大佐の言い分は、事実そのとおりなのだろう。王室の一員が議会の承認もないまま外国に協力を要請することは、立憲君主制という国のあり方そのものを否定する行為。己の判断を優先させ始めたら、それはもう専制君主そのものだ。ラーメナリーにはけっして踏み越えてはいけないラインがあるのだと、それはコマチにも理解できる。
ならば、誰があの赤ちゃんを助けてくれるのだろう?
コマチが自らの両腕に視線を落とす。遊んでもらおうとしがみついてくる赤ちゃんのぬくもりを、その両腕がはっきりと憶えていた。王国軍の作戦が上手くいくことに期待してそれが叶わなかった時、ルールだから仕方ないで納得できるのかと自分自身を問い質す。上手くいかなかった責任の所在を問うことはできる。だけど、そんなことをしても失われた命は戻ってこない。ルールがくれるのは「自分は悪くない」とする言い訳だけで、幼い命を救ってはくれないのだとモローニ博士の言わんとしていたことがコマチにもわかってきた。
あの笑顔に二度と会えなくなってもよいのかと問われれば、もちろん答えはノー。ならば、この手で護りきるしかない。そのための手段なら目の前にある。こうしている間にもトカゲ型砂竜はパスタデアールに迫ってきているのだから、迷っている時間も惜しい。ラーメナリーが協力を要請できないなら……とコマチが考えをめぐらせる。
「ラーメナリーさん。あたしに協力してください」
「えっ? いえ、そのためには議会の承認が……」
「だから、ラーメナリーさんがあたしに手を貸してください」
採掘機を動かすには操手と砲手のふたりが必要となる。操手は自分がいるとしても、砲手がいなければ電磁投射砲を発射できない。唐突に協力するよう求められ困惑しているラーメナリーに、手を貸すようお願いしているのは自分の方だとコマチは告げた。
「わたくしにいったい何をせよと?」
「士官学校にある採掘機をかっぱらいます。手伝ってください」
自分に何ができるのだと尋ねるラーメナリー。だけど、窃盗働きに手を貸すようコマチから求められ、その意図に気づいて目を大きく見開いた。盗んだ採掘機で夜の街をかっとばし、不条理な世の中への憤りを電磁投射砲に乗せてぶっ放す。そいつは最高にイカした提案だとコマチの手を取る。
「待ちたまえっ。要請もなく軍が作戦行動を起こせば――」
「君の方こそ落ち着くべきだよ、大佐。外国を訪問中の士官候補生が現地で火事場泥棒なんて、たしかに褒められたことではないけどね」
コマチが不届きなマネに及ぼうとしていることに気がついてカッター大佐が制止しようとしたものの、いつの間にか背後に忍び寄っていたモローニ博士に止められる。兵士による火事場泥棒なんて紛争地帯では日常茶飯事ではないか。個人的な犯罪行為の範疇で収めるために、処分を覚悟のうえでかっぱらうなどと言い出した。ひと度、心を決めた人間はもう誰にも止められないと告げられ黙り込む。
「譲れないもの、失いたくないものがあるなら、まず行動しろ。言い訳は後で考えればいい。忘れてしまったかな?」
「いえ、今の私があるのも先生の教えがあったればこそです。彼女にとっては、今がその時なのですね」
もう1秒たりとも時間を無駄にはできない。プネウマスーツを取ってくるとフワティーが駆け出し、ロビーの車止めに兵員輸送艇を回すとオロネーズが走り去っていく。
「若さゆえの無軌道ですか……私も歳を取ったのだと思い知らされますねぇ」
火事場泥棒へ向かう候補生たちの後姿を見送りながら、シーゲル中尉がおどけたような口調でひとりごちる。自分は己の職責をはたせばよい。後のことは他人の責任と、いつしか責任の所在を中心に物事を考えるようになっていた。人は知らず知らずのうちに汚い大人へ成り下がってしまうものかとため息を吐く。
「それもまた成長だ。組織人としてはそうあるべきだからな」
もう心までオバチャンですと落ち込むシーゲル中尉に、それは成長の証だとカッター大佐が答えた。士官たるもの指揮系統と権限の範囲は頭に入っていて当然。責任の所在を考慮しない輩なんて組織人として破綻していると口元に笑みを浮かべる。
「というわけだから、メーデル中佐。監督者である貴官の責任は追及されて然るべきだと思う」
「赤子のオムツを取り替えるのは大人の責任ですからな」
そして、直接の上司はお前だぞとカッター大佐が視線をドンカーツ分校の責任者であるメーデル塾長へと向ける。矛先を向けられた塾長は、部下の尻を拭くのが責任者の仕事。精々きれいに拭ってやろうではないかとふんぞり返った。
「後悔はないのかね?」
「スノウライト候補生を選抜した過去の自分を褒めちぎってやりたい気分です」




