27 迫りくる危機
表彰式を含む最終日の見どころ振り返りイベントは何事もなく終了し、採掘フェスは幕を閉じた。その晩にはクイーンズパレスの広間で最後のパーティーが催され、集まったビジネスマンたちがお別れの挨拶と再会の約束を交わしている。
「ドンカーツ分校の士官候補生が活躍してくれたおかげで商取引は順調に進んだようだ。ワルトロン社以外からも感謝の言葉が届いている」
「お力になれたのなら幸いです」
トンデモ大発明を発表したモローニ博士に競技で活躍したコマチとフワティーはゲストの目玉。主催者側からの要請もあって、もちろん参加する運びとなった。スイーラ連合法国の関係者が集まっているテーブルでコマチが生ハムを巻いたキュウリスティックをモリモリ齧っていると、外務官僚だというおっさんとカッター大佐の会話が聞こえてくる。あの機体に採用されているのはわが社の製品ですと売り込んで、連合法国の各企業はシェアを伸ばせそうな雰囲気だという。
「シーゲル中尉もご苦労だった。いくら操縦技術がすぐれていようとも、候補生に報道陣の相手は厳しいからな」
「そのための広報アテンダントですから。でも、ペコハラ候補生は高い教養に加えて胆が据わっておりますよ。のんびりとした口調に気を許すと痛い目にあいます」
専門家が目を光らせていたから、候補生が揚げ足を取られるような発言をしなくて済んだとカッター大佐がシーゲル中尉を労う。小型機レースが終わってから、すっかりフワティーの指導者ポジションに収まってしまった。どうせなら、広報アテンダントに配属してもらえるよう自分を指導してくれればいいのにとコマチが残っている生ハムキュウリをポイと口へ放り込む。おかわりをと軽食が盛られているお皿に目を移せば、2羽のウサギがモリモリ肉料理をあさっていた。
「プーちゃんもすっかりオムツバニーが板についたね」
「ついてないわよっ」
デイジーとアンリエッタのふたりは当然、オムツバニーガールの衣装である。場数を踏んだせいかこなれてきたとコマチが褒めたところ、こんな格好に慣れるかとデイジーはまなじりを吊り上げた。こいつ、調子に乗ってやがるとアンリエッタも厚切りステーキをモグモグしながら頬を膨らませる。
「スイーラ連合法国の方々。皆様のおかげで開催国としての体面を保つことができました。お礼申し上げます」
ドンカーツに戻ったら、こんな高級食材を使った料理は食べられない。今夜が最後だとコマチたちが食欲を満たしていると、オロネーズとサウメナを引き連れてラーメナリーが挨拶にまわってきた。競技を含むイベントが盛り上がったおかげで採掘フェスは好評のうちに幕を下ろせたと感謝を伝えられる。会場周辺の宿泊施設や食事処の稼働率は事前予測を上回っており、都市経済への波及効果が期待できるという。
「それはなによりです。おかげさまで、わが国の企業も商談が順調に進んだと喜んでおりました。展示施設の充実ぶりには舌を巻くほかありません」
設備の整った商談の場を提供してくれたことに感謝しますと外務官僚のおっさんが挨拶を返す。続いてカッター大佐が接近してきているヒラメ型砂竜の状況を尋ねた。
「採掘機は予定した場所に設置を完了いたしました。今は相手が撃ち下ろせるポイントにくるのを待っている状況です。ヒラメ型が活動するのは夜という話ですので、今晩中にでも片が付いてくれるとありがたいのですけど、こればっかりは……」
砂竜がいる場所を取り囲むように10キロから15キロほど距離をとって採掘機を設置した。ヒラメ型は夜行性らしく日中は砂に潜って動かない。陽が沈むと餌を探し始めるという話なので、王国軍は確実に仕留められるポイントに入ってくれるのを待ち構えている状況。ただ、いつになるのかは相手次第だとラーメナリーが答える。
「そういえば、教官が三日三晩睨み合いを続けた経験があるといってましたね」
「基地の参謀も同じような話をしておりました。その日の夜に片付くこともあれば、いつまでも動かない時もあると……」
コマチがノリーオ大尉から聞いた話を伝えれば、王国軍の参謀もやっぱり同じような経験があるようだとラーメナリーが困ったように肩をすくめる。採掘機が全機出払っているので、別の方向から接近してくる砂竜を見落とさないよう警戒監視も厳重にしなければならない。採掘部隊だけでなく、都市の防衛部隊まで動員しての総力戦だという。
「埠頭への着岸スケジュールに変更などは?」
「そちらは予定どおりでございます」
採掘フェスの期間中、接岸させっぱなしというわけにもいかず、コマチたちを運んできた輸送艦フキシオは積み荷を降ろした後、埠頭を離れて指定された海域に錨泊している。スケジュールどおり港に入れるのかカッター大佐が尋ねたところ、港湾施設の使用予定に影響はないとラーメナリーが回答した。だけど、ならば安心と思った矢先に警告のような電子音が鳴り響く。即座にオロネーズとサウメナが情報端末を取り出して確認を始め、何があったのか顔色を青褪めさせる。
「メンデヤンス様、こちらを……」
「これは由々しき事態でございますわね」
サウメナが差し出した情報端末を確認したラーメナリーが眉をひそませる。緊急事態でも起きたのかとカッター大佐が尋ねたものの、それには回答せずオロネーズに運営委員会のスタッフを呼びに行かせた。
「報道発表があるようですので、会場のモニターで確認できるよう手配いたします」
スタッフが到着したところで、会場内にあるすべてのモニターに軍からの報道発表を表示するようラーメナリーは指示を出した。マイクを受け取ると内容には触れないまま、緊急の報道発表があるのでお近くのモニターでご確認くださいとアナウンスする。
『軍より緊急の報道発表があると通達されました。市内にある広報事務所では記者会見の準備が着々と進められております』
それまで採掘フェスの見どころを流していたモニターの映像が切り替わり、なにやらバタバタと机やマイクなどのセッティングが現在進行形で行われている様子が表示される。どうやら、報道機関のニュース映像らしい。市内中心部に基地とは別の広報事務所を構えているようで、そこからの中継であると解説する男性アナウンサー。パーティー会場にいた人々が、何事かとモニターの近くに集まってきた。
『軍広報のパイターンです。ただいま軍では南西より接近中であった180メートル級砂竜の対処にあたっているところでございますが、本日になって北側より急速に接近するシロアリ種の群れが発見されました』
パスタデアールの北側150キロの地点にて南下してくる巨大シロアリの群れが発見されたと広報担当のおじさんがカメラに向かって語る。
「真っすぐ向かってきているの~? 餌を探してウロウロしてるんじゃなくて~?」
砂漠に生息するシロアリ種は唾液などで砂を固めて巣を形成し、そこを中心に行動する生物。どうして集団で向かってくるのだと、誰もが不自然に感じているであろう疑問をフワティーが口にした。
『シロアリの群れと同時に追われていた無登録の輸送艇が発見されました。軍はこれを盗掘者と判定。パスタデアールに接近される前に輸送艇を破壊しましたが群れが止まらなかったため、防衛部隊が出動し撃退する運びとなりました』
フワティーの疑問にモニター内の広報担当者が回答をくれる。こっそり巨大昆虫を倒して非正規のルートで粗悪なプネウナイト化合物を流通させている犯罪者が、巣に近づき過ぎて防衛反応を引き出してしまったらしい。
「身柄を拘束じゃなくて破壊なんだ……」
「盗掘者は虫や砂竜を街へ擦りつけて助かろうとする害悪な連中。現行犯で射殺が砂漠の掟」
輸送艇にミサイルを撃ち込んで破壊したという説明を聞いて、容赦ないなとコマチが感想を漏らす。それを聞きつけたアンリエッタが、いちいち保護していたら調子に乗って毎回のように虫の対処を押し付けてくるようになるから、軍に見つかったら助からないというルールを徹底しておく必要があるのだと説く。都市に向かって逃げるのは自殺行為でしかないと思い知らせておかなければ、市民に被害を擦りつけられるという。
『シロアリの撃退には成功したものの、防衛部隊がその群れを追いかけてきた砂竜を発見しました。頭胴長60メートルほどのトカゲ型で、シロアリを捕食するため追いかけてきたものと推測されます』
本題はここからのようで、頭からお尻まで60メートル。尻尾まで含めれば100メートルはあるトカゲ型砂竜がパスタデアールに向かってきているらしい。会場にいた幾人かが驚くような声を上げ、無言で報道発表を聞いていた人々の間にざわめきが広がっていく。
「爬虫類型は魚型ほど岩場を苦手としないし骨格も頑丈にできてる。電磁投射砲でなければ歯が立たないけど……」
報道発表を耳にしたモローニ博士が難しそうな顔で、王国軍はどう対処するつもりだと呟いている。砂竜を仕留めるには神経が集中しているところか心臓を撃ち抜くしかない。強力な爆弾で全身バラバラに吹っ飛ばすという方法もあるものの、資源として利用できなくなるうえ下手をすれば都市にも被害が及ぶ。そんな強力過ぎて使いどころの限られる兵器なんて普通は用意していないという。
「報道発表に踏み切ったということは対処方針も定まってるんだろう。聞かせてもらおうぢゃないか」
「なんだか偉そう」
「僕は君の雇用主だからね。実際、偉いんだ」
新たな砂竜が発見されましたと発表しただけで終わりにするほど王国軍も無能ではあるまい。どうするつもりなのだと腕を組んでふんぞり返るモローニ博士。どうしてそんなに偉そうなのだとアンリエッタがツッコミを入れたものの、雇われアシスタントはご主人様が誰か忘れたのかとツッコミ返された。
『軍は新たに発見されたトカゲ型砂竜に対しパスタデアールから離れるよう誘導すると同時に、ヒラメ型砂竜の対処にあたっている機体からの遠距離砲撃を敢行。加えて、電磁投射砲を搭載している機体のうち、作戦行動中の1機を呼び戻しトカゲ型砂竜の対処にあたらせる三段構えの作戦を立案いたしました』
都市防衛部隊による誘導で離れていけばそれでよし。電磁投射砲の射程距離は150キロを超えるから、接近してくるならヒラメ対策に配置されている採掘機から都市をまたいでの曲射砲撃を加える。ふたつの作戦が首尾よくいかなかった場合に備えて1機を呼び戻し、北方面へ再配置してトカゲ型を撃破させると軍の広報担当者は語った。話を聞いたモローニ博士が納得いかないというように首をコテリと傾ける。
『ただし、砂竜を電磁投射砲で直射した場合、貫通した砲弾により都市に被害が及ぶ可能性があります。そのため、軍は予防的措置として砲弾が通過するおそれのある地区から市民を避難させるよう市長に要請しました』
砂地にアンカーアームを突き立てて機体を固定する仕組み上、採掘機は砂漠にしか設置できない。岩場では発射の際に反動でひっくり返ってしまう。なので、再配置といっても都市のすぐ外側というわけにはいかず、北東側へ8キロほど離れた一番近い砂地へ設置することになる。トカゲ型の移動速度にもよるけれど、場合によってはターゲットの後方にパスタデアールの都市がある状態で発射せざるを得ず、念のため市民をあらかじめ避難させておくことにした模様。今の説明で納得がいったのか、そういうことかとモローニ博士が鼻を鳴らす。
「軍の司令官は市内に被害が及ぶことを覚悟したみたいだね」
「どういうことでございますの?」
三段構えなんて言ってるけど、最後のひとつが本命だなと呟くモローニ博士。そのひと言を聞きつけて、ラーメナリーが説明してくれと小声で尋ねた。
「防衛部隊による誘導は相手任せ、曲射砲撃は運任せでどちらも確実とは言い難い。というか、結果に期待する方がおかしいレベルだ。つまり、ブラフだね」
行動の選択権は砂竜にあるので誘導は上手くいかない前提で考えた方がよい。電磁投射砲による曲射砲撃だけど、そもそも砲手ひとりのプネウマで発射できるのは2発が精々なうえ、交代要員はヒラメ型が動いた時に備えて温存しておく必要がある。命中弾が得られるまで着弾観測射撃をくり返すなんてできないのだから、これはやりましたってアリバイ作りのために1発撃ってみせる程度だろう。
もう都市へ被害が出ること前提でトカゲ型を狙い撃つしか手段がない。それはわかっているものの、危機感を煽り過ぎて市民がパニックに陥ったら避難が進まなくなる。だから、あくまでも念のためですと説明するために三段構えなんて言い出した。そんなところだろうとモローニ博士が推測を語れば、すぐにラーメナリーは情報端末を取り出してせわしなく操作し始めた。
「司令官、クイーンズパレスのメンデヤンス候補生です」
『君か。会場の方は落ち着いているか?』
連絡した先は基地の指令室だったようで、基地司令官と思しき男性がパーティー会場の状況を尋ねてくる。
「驚いてはいるようですが、騒ぎ出す方は見当たりません」
『よかった。何か用か?』
砂竜2体が都市に向かっているのだから指令室が暇なわけない。それがわからないラーメナリーではなく、わざわざ連絡してきたということはそれなりの用件があってのことと司令官も察している模様。手短に頼むと尋ねてきた。
「士官学校に教習用の採掘機が残っているはずです。使わせてください」




