26 表彰式の裏側で
「ごめんね~。お姉ちゃん、勝てなかったんだ~」
「どど~ん」
採掘フェスの最終日。模擬戦闘バトルロイヤルでラーメナリーに敗れたコマチは、アストナー整備場で赤ちゃんに慰めてもらっていた。ヨチヨチと抱き上げてあげれば、赤ちゃんはコマチの体をよじ登ろうと懸命に四肢を動かす。あまりの愛らしさに感極まったコマチが、穴にオムツの例えもあるさ、赤ちゃんだけが人生だと頬ずりをくり返す。
「また哨戒機が通過していったわ~。王国軍は大忙しね~」
窓から空を見上げていたフワティーが、今のでいったい何機目だと口にする。昨晩に仕留められた50メートル級のハゼ型砂竜だけど、パスタデアールに接近してきていたのは捕食者から逃げるためだったらしい。仕留めた地点から南方に10キロほど離れた場所で、体長180メートルというヒラメ型砂竜が見つかった。王国軍の情報によれば、獲物を横取りされたせいか苛立っているという。
「ヒラメ型は仕留めるのが面倒だから、採掘機は稼働全機を投入することになるだろうな。私も経験があるけど、その時は三日三晩睨み合いを続けたよ」
平べったい形状をしているから、横から電磁投射砲を放ったのでは砲弾の入射角が浅すぎて跳弾してしまう。高台になっている場所を選んで採掘機を設置し、そこから撃ち下ろせる地点にターゲットを誘導する必要があるのだと語るノリーオ大尉。ヒラメ型は周囲より低くなっている場所を好むので誘導自体は難しくないものの、動くタイミングは相手の気分次第だから砲手はいつ出番がくるかわからない。常に複数の採掘機が発射できる態勢を維持したまま、交代で休んでいたと自身の体験を語る。
「つまり、我慢比べの総力戦になるということ?」
「そのとおりだ。ヘイゲル候補生は察しがよいな」
戦闘状態を維持したまま砂漠に何日間も留まるのなら、後方支援が充実してなければ無理だろうとアンリエッタが問い質す。そのとおり、部隊員に休憩を取らせるために前線キャンプを設置し、毎日のように水や食料を補充しなければならない。ヒラメ型を仕留めるには操手や砲手の腕前よりも、支援部隊の手際が重要になるのだとノリーオ大尉は認めた。パスタデアールは亜熱帯にあるけど、ドンカーツの辺りはもろに熱帯だから日中はもの凄い暑さになる。機体の冷却機能は常にフル稼働なので、プネマドライブにプネウマを供給する操手も相当に消耗するそうだ。
「もっとも、スパイル大尉は3日で3キロ体重が落ちたって喜んでいたがね」
「さすがにそれは不健康だと思う」
ノリーオ大尉の話を聞いて、1日に1キロの減量なんて命に別状があってもおかしくないぞと眉をひそめるアンリエッタ。なお、消耗しきった採掘部隊には作戦終了後に2週間の休養が与えられ、スパイル大尉は5キロ太ったと涙していたという。
「コマチ~。早くお昼ご飯を作ってよ~う」
そして、砂竜よりもご飯だとデイジーがおねだりをくり返していた。ハリー、ハリーとコマチの体をユサユサ揺する。
「うばっ、うばっ」
「ほら、赤ちゃんだってお腹が空いたって言ってるよ」
「お腹が空いてるのはプーちゃんでしょ」
バンザイして何かを伝えようとしている赤ちゃんを指差して、お腹を空かしているのだと通訳するデイジー。適当なこと言いやがってとコマチがしかめっ面を作る。もっとも、整備員の分まで含めると15人前くらい作らなければならないし、午後は国際展示場のイベントホールで表彰式が予定されているので、あまり時間に余裕がないのも事実だった。そろそろ取りかからなければと赤ちゃんをデイジーに託す。
「先生、今日はなにを?」
「本日は五目あんかけパーコー飯。略して、あんパー飯を作ります」
割烹着を着けて厨房へ向かえば、赤ちゃんの母親であるチェルシーがコマチを先生と迎え入れる。業務用の大型炊飯器でお米を炊き、コマチがパーコーを揚げている間、チェルシーにはあんかけの下地を作ってもらう。豚バラ、エビ、イカ、白菜、ニンジン、タケノコ、キクラゲを炒め、鶏ガラスープを注いだらコマチが調味料で味を調え、水溶き片栗粉を入れとろみがついたところにかき混ぜながら溶き卵を注いでいく。ご飯が炊けたら皿に盛り、ひと口大に切ったパーコーを並べ、上から具沢山のあんかけをかければ完成である。
「ボリューム感がすげぇ。やっぱ、食事はこうでなくっちゃ」
「うっ、うっ……採掘フェスが終わったら帰国しちまうなんて」
一度に全員で食べられるほど席がないので、最初はアストナー整備場の従業員たちから食べてもらう。食べたという充足感に満たされると好評で、ひとりは帰っちゃわないでくれと涙を流していた。続いてドンカーツ分校整備科の候補生たち、最後はコマチたち採掘科の候補生がいただく。
「オムツ刑事、参上っ!」
食後のお茶をいただいていると、お漏らしをしたみたいで赤ちゃんが泣き始める。すぐさまモローニ博士がすっ飛んできた。
「ソウチャクッ」
手際よくオムツを取り替えて、パタパタとベビーパウダーをはたき赤ちゃんを上機嫌にするオムツ刑事。ベビーベッドに寝かせてお気に入りのジャガぬいを抱かせてあげれば、安心したのか赤ちゃんはあっという間に寝息を立て始めた。どうして世界的に高名な研究者が育児教室の先生よりも上手なのだと母親であるチェルシーは煤けている。
「お姉ちゃん、出かけてきますからね~。いい子にしてるんですよ~」
そろそろ表彰式の会場へ向かう時刻になり、ドンカーツ分校の一行が準備に取りかかる。出発する間際、名残惜しそうに赤ちゃんのほっぺをナデナデするコマチ。明日にはここを引き払い、機体をフキシオへ搬入しなければならない。お別れの時が近づいてくるのを寂しく思いながら兵員輸送艇に乗り込む。全員乗り込んでいることを確認したら反発式浮遊デバイスを稼働させ、会場である国際展示場へ向かわせた。
国際展示場に到着したコマチはデイジーたちと別れ、フワティー、エイガスと共に競技参加者の控室へ向かう。控室に入ればラーメナリーやオロネーズが各国の候補生たちに取り囲まれヒラメ型砂竜の状況を問い質されていた。もう何度も同じ説明をくり返しているのだろうなと思い、先に到着していたらしいエレガンティウスから話を聞く。なんでも、王国軍の採掘部隊はすでに出撃を始めているとのこと。ノリーオ大尉の予想どおり、出撃可能な採掘機6機をすべて投入する大作戦になったという。
「候補生でも大型機の操縦訓練を受けた者は交代要員として作戦への参加を命じられたそうだよ。まぁ、180メートル級のヒラメ型が都市から70キロの地点まで入り込んできたとなれば、帝国でも全力出撃が発令される。当然の対応ってとこかな」
砂に潜れないのが嫌なのか、砂竜が岩場まで上がってくることは少ない。それが都市を岩盤の露出した場所に築く理由なのだけど、結局のところは相手の気分次第。市民25万人の命をチップにギャンブルはできないので、王国軍としては全力で撃退するしかないだろうとエレガンティウスが口にする。
「事件が起こって欲しいなんて誰かさんが口にしたせいでは……」
「エトロワ。君はもしかして世界33秒前仮説とやらを信じているのかい?」
他人事みたいに語りやがってとエトロワが目を細めていたものの、180メートル級の大物を仕留められるのは電磁投射砲だけ。90ミリの成形炸薬弾なんて針を刺したほどにも感じないだろうから、せいぜい王国軍のお手並みを拝見させていただこうとエレガンティウスは肩をすくめてみせた。
「今の状況下で呑気に表彰式をするなんて不謹慎です。自粛すべきでしょう」
エレガンティウスの言うとおり、大型砂竜が相手では自分たちの出番なんてない。おとなしくしているのが一番だとコマチが考えていたところ、イベントの自粛を呼びかける甲高い声が聞こえてきた。何を考えているのか、黄色っぽい野戦服を着た女性が主催者でもなんでもないラーメナリーに向かって自粛するよう迫っている。
「どなたかご存じですか?」
「あれはナーベナル自由国の候補生だね。自由国なんて名乗ってるけど、~すべきって同調圧力をかけてきて強制はしていないと開き直る。いやらしい連中だよ」
どこの候補生かとコマチが尋ねれば、当事者とはなんのつながりもない第3者のくせに代弁者を気取って口を挟んでくるお節介な連中だとエレガンティウスが説明してくれる。王国軍はヒラメ型砂竜の接近と対処方針を発表したものの、市民に対して注意や警戒を呼びかけることはしていない。にもかかわらず、お祭り騒ぎをするのは不謹慎だと声高に主張していた。
「ラーメナリーさんがすんごい面倒臭そうな顔してますね」
「王国軍はイベントの中止を求めていませんし、予定どおり実施すると決定したのは主催者です。それでも、本人がそう感じれば不謹慎と主張することはできると、しつこく嫌がらせみたいに圧力をかけるのが連中の手口なんですよ」
開催地の候補生だから世話役を買って出てくれたものの、ラーメナリーだってゲストのひとりにすぎない。言うべき相手も見極められないくせに声だけは大きい野良犬みたいな連中だとエトロワが蔑むように鼻を鳴らす。
「それって、ただの口うるさい人じゃないですか」
「人ではありません。喧しいだけの野良犬です」
よっぽど自由国が嫌いなのか、もう酔っぱらったおっさんの吐しゃ物でも見るような嫌悪感に溢れた眼差しを向けるエトロワ。あいつらはヒトではない。知性に劣る下等生物だと吐き捨てるように言い放つ。
「私たちがうろたえても~、みんなが不安に駆られるだけよ~」
「表彰式を自粛すれば危険が目前まで迫っていると受け取られかねない。我々はむしろ、なにも心配はいらないというメッセージを伝えるべきだろう」
さすがに見かねたのか、市民が不安にならないよう表彰式でせいぜい能天気な姿を見せつけるのが自分たちの役目だとフワティーが仲裁を試みる。砂竜が相手では無力だけど、王国軍が余計な対応に手を煩わされないようピエロを演じるくらいは引き受けようぢゃないかとエレガンティウスも申し出た。
「そんなことを言って、もし何かあったらどう責任を取るつもりよっ?」
「責任って、なんの責任かしら~?」
「砂竜を仕留め損なうのは王国軍の責任だし、イベントの最中に事件が起きるのは主催者の責任だろう。常識的に考えて」
君の主張していることは市民の不安を煽ることにしかならないと告げられた自由国の候補生は、ヒステリックに責任などという言葉を叫び始めた。自分たちになんの責任があるのだと首をコテリと傾けるフワティー。王国軍や運営委員会の思惑に協力するだけで、責任はもちろん彼らにある。考えるまでもなく当たり前のことだとエレガンティウスが補足したものの、協力した以上は道義的責任が生じると黄色っぽい野戦服の女性候補生は引き下がらない。
「班長さん。ドウギテキセキニンってなに?」
「ちょくちょく耳にはするんだが、実は俺も納得のいく説明を受けたことはないんだ」
「法的責任を追及しきれなかった犬が好んで使う負け惜しみです。教養ある人間が口にする言葉ではありません」
これまでにも何度か耳にする機会はあったものの、いまいち言葉の意味を把握できていなかったコマチが解説を求めたものの、エイガスも同様であった模様。代わりにエトロワが説明してくれ、なるほど合点がいったとふたりが手を打つ。
「むしろ、市民の不安を煽ることの方が煽動にあたると思うのだけど~」
「そんなつもりはないわっ」
「だが、そうなる公算は強い。外交職員や監督役の士官への相談は済ませているんだろうね。彼らも賛同したのかい?」
最悪、情報工作を疑われて身柄を拘束されることも考えられる。表彰式の自粛を提案しますと打ち明けられた上司は何と言っていたとエレガンティウスが問い質したところ、自由国の候補生は言葉を失ったまま口をパクパクさせた。
「半人前の候補生ひとりの意見など考慮するに値しません」
結果を考慮していない。ただ感情に任せただけの思いつきを得意満面に披露していたのかと呆れたラーメナリーが、話を聞く価値もないと切って捨てる。
「だっ、誰のために忠告していると思ってるのよっ」
「あなたが心配しなければならないほど王国軍は惰弱だとおっしゃりたいのですか?」
検討するまでもないと提案を却下された自由国の候補生があなたのため論法に訴えたものの、王国軍を侮辱するつもりかとラーメナリーに睨み返される。士官の発言は国家の意思を代弁するものと受け取られかねない。国内での意見調整も済んでいないことを軽々しく口にするなんて、本当に士官教育を受けてきたのかと問い質され顔を真っ赤に紅潮させた。
「なら、好きにすればいいわっ。私は忠告しましたからねっ」
「最後はいつもああなるわけです。あの国は……」
自分は忠告した。何があっても聞き入れなかった側の責任だと言い放って、自由国の候補生が立ち去っていく。言い負かされると、親切心から忠告してやったのにと被害者ポジションをとるのがお定まりのパターンなのだとエトロワがコマチに小声で耳打ちする。
「野良犬を気にかけることはありません。私たちは私たちの役割をまっとうしましょう」
エレガンティウスがピエロを引き受けると約束した以上、せいぜい表彰式でヒャッハーと浮かれる姿を披露するだけだと胸を張るエトロワ。浮かれていられるような成績だったろうかという心無い疑問は自分ひとりの胸にしまい、コマチは運営スタッフに案内されるままステージへと向かう。
表彰式ではフワティーとラーメナリーが優勝トロフィーを、コマチとオロネーズが2位の賞状を手に精一杯無邪気にはしゃぐ姿を観衆に見せつけた。




